第5話

アデルは、薄暗い大広間の隅に佇み、手元のネックレスに目を凝らした。そこには、月の光を受けて煌めく大きな水晶が吊るされており、その周りを繊細な金細工が取り囲んでいた。両親が彼女のために買い与えたその宝石は、まるで小さな宇宙を抱え込んでいるかのように、神秘的な美を放っている。


彼女はその水晶を見つめながら、心の奥で思いを巡らせていた。ネックレスの輝きが、彼女の心に渦巻く期待と不安を映し出しているかのようで、彼女は思わずその美しさに酔いしれてしまった。どれほどの時間が経ったのか、彼女はその存在に取り憑かれ、現実から解放されたかのような気分に浸っていた。


しかし、その美しさに惹かれながらも、彼女の心は他の思いに捕らわれていた。あの青年は、果たして自分を見つめてくれるのだろうか?その視線を感じることができたなら、彼女の心はもっと軽やかになり、華やかな舞踏の輪の中で自信を持って踊れるだろう。彼女の想いは、ただ単に彼に認められたいという願望から生まれるものではなく、自分の存在が誰かにとって意味のあるものであることを、心のどこかで求めているのだ。


アデルは、ネックレスの水晶を指先で優しく撫で、その触感を確かめる。冷たい金属と、温かい肌の感触が混ざり合い、彼女の心に小さな鼓動を与えた。この宝石は、彼女にとって両親の愛の象徴であると同時に、彼女の心の奥に秘めた夢や希望を映し出している。それが青年の視線を引き寄せるための、ひとつの助けとなるのだろうか。


「どうすれば、彼はこちらを見つめてくれるのか。」アデルはその問いを自らに繰り返し、心の中でじっくりと考えた。ネックレスの輝きのように、自分も彼の心に煌めきを与えたい、そんな思いが彼女の胸を締め付ける。彼女は、他者に愛されることで初めて、自らの価値を実感できると感じていた。


その瞬間、アデルは自らの内面を見つめ直す。果たして、彼女が本当に求めているものは、ただ彼の視線を引き寄せることなのだろうか?それとも、自らの心に秘めた魅力を信じることから始めなければならないのか。彼女の心は、愛されるための条件や期待に囚われることなく、ただその瞬間を生きることの大切さに気づき始めていた。


ネックレスの水晶が輝くたびに、アデルはその美しさを心に留め、彼女自身の内なる強さを思い起こす。彼女は、どのように彼に認められるかではなく、彼女自身が何を求め、どのように愛を与えることができるのかを考えることにした。そうすることで、彼女は自らの存在が決して無駄ではなく、価値あるものであることを理解し、未来に向けての希望を胸に秘めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る