ハーモニー(第3話)

藍玉カトルセ

第3話

 重厚な扉を開けると埃っぽい匂いが鼻孔をくすぐった。辺りを見渡すとうず高く積まれた本の壁。ここはローゼンメイト屈指の蔵書数を誇る図書館・セレナーデ。だが、この図書館にはいくつか変わった特徴がある。一つ目、開館時間は夜中のみ。「夜中」とはいつを指すのか。それは日が完全に沈み、闇が空を覆いつくしたとき。だから幼子が訪れることは滅多にない。来ることがあっても、大人と一緒である。二つ目、図書館を取り仕切きるのは、特殊能力をもった老婆・ステラ。彼女は気難しい性格故、ローゼンメイトの町民たちから敬遠されている。いつもタワーのように重なった本の後ろに隠れ、一人読書に没頭しているため本を借りたくても自力で目当ての書物を見つけ出さなくてはならない。絶対に本探しの頼みを承諾しない訳ではないのだが、協力する場合、1000メゾ(ローゼンメイトの紙幣)をステラに払わなくてはならない。

「...いつ来ても不気味なとこだな、ここ。…うわっ!!蜘蛛の巣が張ってるじゃねーか。あのばあさん、ちゃんと掃除してんのかよ」

「はいはい、余計な小言は抜きにして、とりあえず手掛かりになりそうな本を手あたり次第探していくよっ!」

ぶつくさと不満を漏らすザックをたしなめて、2階の書架へと続く階段を上るミア。

「え。でもお前さっき、地下蔵書室がどうとかって言ってなかったか?そっちを先に調査するべきなんじゃないのか」

「あのときはそう言ったけど、まずは地上階の書架を入念に調べるのが得策だと思ったんだ」

小型ランタンで足元を照らしながら、慎重に一段ずつ上がっていく。一応照明はついているものの、段数は多い。怪我をしたら大変なことになる。ミアは入り口で記憶に留めた館内マップを思い出しながら、「音楽」の書棚を探す。「音楽」の書棚にも、「作曲」、「編曲」、「作詞」、「歌唱」、「管弦楽」など数多の種類の書籍が番号ごとに分類されている。

「『ピアノ音楽』の棚は165番か...。辿り着くまでまだまだだな。」

「ミア、お前は165番の書棚に行くんだな。俺は「楽譜」の棚に行く。二手に分かれて探そう」

ミアとザックは二手に分かれ、「ピアノ音楽」と「楽譜」の棚に向かった。


ーーーーー★★★★★1時間後★★★★★ーーーーー


 2人は目についた音楽関連の本を開いては入念に調べていったが、双子が弾くピアノ曲についての情報は皆無だった。50年、100年、それ以前に書かれた本も見つけ出すことができたのだが、どれもローゼンメイトの音楽の歴史であり、クルヴィアの双子が関わっていそうな記述は見受けられなかった。

「どうだ?なんか良さげな本は見つかったか?」

「いや、全然さ。あんなに文字ばっかり書かれている本を見ていると、目がチカチカしてくるよ...。あー、疲れた」

「ミア...普通本ってもんはそういうもんだぞ」

首をコキコキと鳴らしながら、あくびをかますミアを半ば呆れながらツッコみを入れる。

 階段を下りながら、ミアはポケットの財布に1000メゾが入っているかまさぐった。もう、最終手段だ。ステラに本探しを頼むしか方法はない。

「あーあ、このお金で新しい衣装を手に入れるつもりだったんだけど…そろそろバーゲンをやるんだよ。絹織物が半額になるんだよ?!次の舞台で着たかったのに」

ミアは踊り子として生計を立てている。ダンスの腕は一流で、ローゼンメイトでは結構名の知れた存在だ。

「お前は良いなぁ、お気楽で。俺なんか探検家として食ってかなきゃいけないんだぞ。珍しくて高価な鉱石を見つけたら、薬屋に売りつけて金を稼ぐ。この繰り返しだ。ときには崖を上り、ときには鍾乳洞をくぐりぬけお目当ての鉱石を探し当てにゃならん」

生業として探検家の名を背負っているザックは、危険な目に合うことが少なくはない。3ヵ月前、黒曜石を入手するため離れ小島の洞窟に出かけたことがあった。黒曜石は洞窟内の奥にあったのだが、一足早く盗賊の一味が持ち帰ろうとしていた所だった。そこからの展開は言うまでもなく、決闘になった。護身術と武道を心得ていたザックだったが、相手は一人や二人の話ではなく「一味」である。羽交い絞めに合い、左わき腹に全治一か月の大怪我を負った。

「そう言えば、盗賊との戦いはどうだったのさ?結構ヤバかったんだろ?また聞かせておくれよ」

「ああ、また今度な。そんなことより、ステラのばあさんのとこへ行くぞ」


 カウンターに沿うように、うず高い本の壁が立ちはだかっている。奥ではステラが背中を丸めながら何やら分厚い本を読んでいる。文字に目が釘付けになっていて、中に入ってきた二人に気づいていない。白髪頭は団子結びでまとめられており、黒ぶちメガネをかけている。眉間にしわを寄せ、ぶつぶつ呟きながら読書をする様は、魔女が呪文を唱えているようだった。だが、「魔女」という言葉はもしかしたら彼女を形容するのにぴったりの表現かもしれない。と、いうのもステラは特殊能力を用い、何人もの町民を助けてきた経歴があるから。

「ステラばあさん、今、ちょっと良いかい?」

カウンターの本を床に置き、台から身を乗り出してザックが大声で呼びかける。

「ザックか。ミアも来たんだね。珍しい」

「あのね、聞いてほしいことがあるんだ。クルヴィアから訪問者が来.…」

「双子のラファ―タとレシータだろう?知ってるさ」

右手を軽く挙げ、ミアの言葉を遮り続きを言う。

「え...。ど、どうして…。ステラばあさんは、あの子たちをまだ見たことないだろう?だって、ここにはまだ来ていないはずだ。なのに...」

「私はねぇ、大体のことはお見通しなんだよ。お前さんたちが双子の弾くべき曲を探していることを」

「もしかし、噂の超能力とやらで分かったの?」

「そう。大まかだけどね。ここに来る町民たちは何かしら悩みや問題を抱えている。自分たちだけじゃ解決できない課題をね」

「そういうことなら、話は早い。本探しを手伝ってくれよ。あの双子がスピネルとシトリン、ラリマールの運命を握っているんだ。ぐずぐずしている暇はねえ」

「私も、フレアとジルの子どもらの事件は知っているよ。週刊誌にも新聞にも取り上げられるくらいの大事件だからね」

「じゃあ、早速手を貸してよ。こっちは1時間も大量の本とにらめっこしたっていうのに、何も手掛かりは掴めていないんだから」

ミアが地団駄を踏みながら、急かすように言う。

「まあ、そう慌てなさんな。じゃあ、代金は持ってきているんだろうね。私に本探しを頼むには...」

「はい!1000メゾでしょ。ちゃんとあるわよ!ほら、これを渡すから早く教えてよ!」

勢いよくカウンターに1000メゾ紙幣を叩きつけて、ミアは鼻息を荒くしながら本についてのヒントを促した。

ステラは、まじまじとメゾ紙幣を舐めるように見つめた後、にんまりと笑みを浮かべ真鍮の小箱に大事そうに納めた。

「ありがとさん。では、きっちりお金ももらったことだし、本探しをするとしよう」

ステラは、カウンタ―上部にある備え付けの戸棚から、大きな水晶玉が付いている長い杖を取り出した。水晶玉は淡い紫色を帯びていて、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。今にも玉から恐ろしい魔物が飛び出てきそうな感じだった。杖の部分はタブノキでできており、とても丈夫なつくりになっている。

「これはね。探し物を見つけるためのヒントを映し出してくれる水晶杖だよ」

「じゃあ、これが楽譜の在りかを教えてくれるってことかい。早いこと映し出させてよ」

「これこれ、『ヒント』と言っておるだろう。何も、探し求める物の正確な持ち主だとか方角を示すわけじゃないんだ」

その言葉を聞くなり、気落ちした表情を浮かべるザックとミア。そんな二人の心情を読み取ったかのようにステラは言葉を続ける。

「落ち込むには早いよ。もしかしたら、水晶が映し出すものが今後、呪いを解くにあたって重大な役割を果たす可能性だってあるんだ」

「そうか。じゃあ、白魔術でも黒魔術でもいいから、早く水晶にヒントを映してくれ」

ステラは深い呼吸を1つした後、何やらブツブツと呪文のようなものを呟き始めた。が、あまりにもその声が小さいせいで端から見ると瞑想をしているようにしか見えない。

「...フェウェル、ドッピオ、リッケンバッカー、ドッピオ、フェウェル...」

何度か同じような文言、いや呪文を唱え終えた後、水晶玉に不思議な文様がぼんやりと浮かび上がってきた。


 それは、ローマ数字の2を示す、「Ⅱ」のマークだった。2人はこの印が一体何を暗示しているのか、皆目見当もつかなかった。

「おい、これは一体何だっていうんだ。変な形の紋章だな」

「こんな形状の印、私、見たこともないよ」

心に湧きあがった困惑がそのまま言葉として口から出てくる彼らをよそに、ステラはきびきびとした口調で告げた。

「こら!お前さんたち、本を床に置いたねぇ?!すぐに元の位置に置き直すんだよ。ほら、ぐずぐずしない!!」

「す、すいません...…」

バツが悪くなり、ステラの顔を見ないようにしながら本をカウンターに置いていく。時間はかかったが、再び顔をのぞかせた本の壁の向こう側にステラは再び身を隠してしまった。


 ミアとザックは「Ⅱ」のマークの謎を早く突き止めたい一心だった。まさか、楽譜探しの手掛かりがたった一つの紋章だとは夢にも思わなかったため、キツネにつままれたような心地だった。

 ステラはもう姿を見せることはなかったので、館外に出て家路に着くしかやることはなかった。ザックは思い出したようにこう言った。

「そういや、あの不思議なマーク、「Ⅱ」だったっけ。忘れないうちにどっかに書き留めておこうぜ」

「ああ、そうだね。じゃあ、このメモ帳に書いておこう」

ミアは財布と一緒にポケットの中に入っているメモを取り出し、「Ⅱ」のマークをペンで書き留めた。

「しっかし、あんだけ本を調べたのにもかかわらず収穫はこれだけか…。酒場の皆をがっかりさせちまうだろうな」

「仕方ないよ。今度はピッコロさんの店にお邪魔して、調べ物をしなきゃ」

夜空には小さく星がいくつか瞬いている。それらを仰ぎながらミアはつぶやいた。


 このとき、まだ2人は知らなかった。セレナーデ図書館で見た「Ⅱ」のマークが、呪いを解くカギになることを。


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ー第4話へ続くー


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