16
あれから数ヵ月が経ち、私は無事に元気な女の子を出産した。
「お母さん、本当にお疲れさまでした。」
「はい・・・・・」
看護師さんがいなくなると同時に母が病室に入ってきた。
「舞、お疲れさま。」
「ごめんね、お母さんに迷惑かけて。」
「それはいいのよ。でも、本当に一人で育てるの?
まだ匠吾さんとは籍は入ったままなんでしょ。」
お母さんは心配そうに私に問いかけてくる。
「・・・・生まれてきたあの子の事は、ちゃんと守るから安心して
。お母さんには迷惑かけないから。」
「舞・・・・・」
そう言って俯く私の手をお母さんは優しく握った。
「生まれてきた子だけじゃなくて、舞も幸せにならないとダメなのよ。一人じゃないんだから。」
「・・・・ありがとう。」
お母さんの優しい言葉にまた涙が零れた。
どうにかしなくちゃいけないのも分かってる。
匠吾の事も。
すると、病室の扉が小さくノックされた。
「はい、どうぞ。」
看護師さんかと思い返事をすると、そこには久しぶりに見る姿があった。
「匠吾・・・・・・」
匠吾は深くお辞儀をすると、お母さんは私の方を見た。
「お母さん、お水買ってきてくれる?」
「・・・分かったわ。」
お母さんは立ち上がり、病室を出ていった。
匠吾はゆっくり病室に入ってくると、お母さんの座っていた椅子に座った。
「ごめんな。仕事で間に合わなくて。」
「ううん。大丈夫。」
気まずい空気が流れる。
おもむろに匠吾が口を開いた。
「俺は舞の事、まだ好きや。舞さえ良かったらもう一回一緒に暮らしたいと思うとる。今生まれてきた子含めて家族になりたいと思っとる。」
「・・・・ありがとう。でも、私もう戻れないよ。」
「俺、舞が嫌だと思ってる所あったら直せるようにするから。それでもダメか。」
懇願するように言う匠吾を見つめ、心が揺れる。
でも、もう私にはこの誘いに乗る資格がない。
「・・・・ごめんね。もう、あの頃には戻れないんだ。匠吾の事好きだった。でも、このまま匠吾と一緒に居たら、多分また私壊れちゃうと思うんだ。私、自分の事好きな自分で居たいし、生まれてきた子も大切に出来る自分になりたい。」
「舞・・・・・・」
「この選択が間違いかもしれない。でも、今の私はこの選択が良いってなってるの。ごめんなさい・・・・」
ワガママで、面倒くさくて、自分勝手な私を許してだなんて言わない。
もっと最初に分かっていたら。伝えられていたら。
そう後悔を何回もするけれど、もう戻れない。
これが私なんだって、やっと分かってきたから。
分かっているのに、涙が止まらない。
「ごめんなさい、匠吾の愛に、彼女としても、奥さんとしても応えられなくて。本当に、本当に」
「謝らんでええ。」
私の声を制して匠吾は私の肩に手を置いた。
「立派な赤ちゃん生んでくれてありがとうな。たまに会いに来てもええか。」
「匠吾・・・」
「舞と一緒に居たい気持ちが舞の重荷になってしまったんやね。俺、舞の気持ちも知らんで自分の物差しで見てしもうて・・・・。舞が苦しんでいるのも分からんで。」
匠吾は立ち上がると、悲しそうな顔をしながら納得するように頷いた。
「幸せになるんやで。そうじゃないと俺が身引いた意味あらへんから。」
「え・・・・・」
匠吾が視界からどくと、そこにはいつもの様子とは違った人が立っていた。
「裕太・・・・・」
裕太はおもむろに歩いてくると匠吾は裕太の肩を手で叩いて、病室を出ていった。
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