図柄は現実も変わらない
ぱんつ07
誰も覚えられない
俺が初めてパチンコ店へ入ったのは友人に誘われて…だった。
最初は遊び方さえ分からず、友人から金を借りて教えてもらった事だけしてぼーっと飛んでいく球を見ているだけだった。
しかし、ある日…俺が遊んでた台が、派手な光と画面で球が多く出始めた時に隣で遊んでいた友人が在り得ないくらい喜んでいて、それが気持ち良かったのか俺も一緒になって喜んだのをきっかけに友人から誘われなくても、自分の足でパチンコ店へと向かうようになった。
だが、友人に言われた事だけしてきたせいで一人で行ってみたら台の選び方から分からなくなってしまい、取り合えず気になる作品の台で遊ぶ事から始めた。
その日偶然、俺の隣に座るおじさんから声を掛けられ、俺が遊んでいる台がよく当たるらしく隣で見させて欲しいとの事でおじさんの話し相手をしつつ本当に当たった時は友人といた時と同じくらいに一緒になって喜んだ。
その次の日もその時のおじさんがいた。
挨拶をして今日はどれを打つのかと聞かれ、まだ何も決めていないと答えたらスロットには興味ないかと誘われた。
スロットは経験ないことを伝えると、どうやらおじさんはスロットしかしたことなく俺とは反対だった。
だからか昨日はほんの興味でパチンコ台を選んで打つ流れから終わりまで見たかったとのことだった。
俺はこのおじさんになら教えて頂きたいと思い、スロット台が置かれたブースへと足を運ぶ。
おじさんが座ったのは昔からあるメジャーな台だった。
それはスロットをしたことがない俺でも見覚えのあるサーカス風のイラストが描かれていた。
その隣に失礼して俺も遊んでみようとした時、おじさんが五千円を渡してきた。
「せっかくワシが誘ったんじゃから、試しに遊ぶならこれで遊びなさいな。」
申し訳なくて一度断ったが、おじさんはまるで子供にお小遣いを渡すかのような温かい目で震えた五千円をずっとこちらへ向けている。
「じゃあ、お言葉に甘えて…。」
俺はおじさんから五千円を受け取り、投入口へと入れる。
おじさんに教えてもらい、貸出のボタンを押すとメダルが出てきた。
「あとはここに、このメダルを投入口に入れて打つだけじゃな。」
そう言い終えたおじさんは自分の台で打ち始める。
「あの、これって…当たった時の演出ってどんな感じなんですか?」
「あぁ…当たるまでは特に何もない、若モンにはつまらん遊びかもなぁ…。」
おじさんは台を見つめながら動く手は止めない。
確かに回してて思ったが狙おうとして狙えるような作りではないようで、パチンコと違って派手な演出が無いからか暇な気分がずっと続いている。
だが、おじさんはそんな暇潰しの相手をしてくれるかの様、たくさんお話をしてくれた。
近所に住んでいることと昔はこんな店があったとかで地元の歴史を知れたし、最近は何が流行っているかとか自分の趣味を晒して褒められたりもして、あっという間に時間は過ぎていった。
メダルがあと一枚になった時、隣からリズミカルで明るいBGMが流れ始めた。
どうやらおじさんは当たった様子だった。
多くのメダルが出始めて、俺は隣から見ているだけだった。
が、パチンコと比べたら地味なのに微かに感じる胸の高鳴りは…。
不思議と何も考えず見てしまった。
「続きはお前さんがやってくれ。ワシはそろそろ帰らんと家内がうるさいんでね。」
おじさんは折り畳み式の昔の携帯の液晶を見ては唐突に席を立つ。
「え、あの…いいんすか。」
「あぁ、構わんよ。」
わずかに残った黒ずんでしまっている歯を剝き出しにするかのようニッと笑って、その場からおじさんは離れていった。
俺は遠慮なくおじさんが座っていた席へ座り、途中のゲームを再開させた。
ある日、俺をパチンコへ誘った友人から結婚したとの報告を聞き、結婚祝いに友人の家へ遊びに行こうと考えている。
が、現在金が無くて困っている所だった。
結局おじさんに譲ってもらった台はあの当たり後、次の当たりを期待してメダルを全て使い果たしてしまったことで実質タダで遊んで帰ったのだ。
更に、給料日は一週間後で全財産は3万円ほどだ。
あまり余裕があるわけではない。
そこで、俺は約1年ほど付き合っている彼女からお金を借りた。
「ごめん!俺の友達が結婚して祝いに金が足りなくて…貸してくれないか…?」
そう言う事なら…と、彼女から3万円を借りて友人の家へ向かった。
その帰り…。
「今日も!?まだ貸したお金返してないじゃん!」
「ごめんって…。とりあえず貸して、ちゃんと倍にして返すから。」
「……最後だからね?」
「マジ助かる!さんきゅっ!!」
俺はこの頃、当たり前のように彼女から金を借りてはスロットを打ちに行く頻度も増えていった。
給料日当日は必ず打ちに行き、休日も打ちに行き、正直彼女とのデートも断ってまでスロットの沼にどっぷりと浸かっている。
借りた金で行きつけのパチスロ店へと向かい、そしていつものおじさんと一緒に打つのが日常と化した。
しかし、この日は何故か見慣れた顔のおじさんは見えなかった。
身内の不幸か偶然予定が入ったのだろうと、そこまで気にせず俺は台を選んでスロットを打ち始める。
次の日も、何も変わらず店へと向かったがおじさんの姿が見えない。
気分で店を変えることもあるだろうなと思い、初めて打ったスロットの台を選ぶ。
また次の日も、その次の日も…。
俺の日常からおじさんが消えた。
回る絵は何も変わらないのに隣でいつも打ってくれていたおじさんは変わってしまった、死んでしまった。
この日におじさんの奥さんが店員へ、代わりに俺宛に手紙を渡して欲しいとお願いしたらしく、俺はその手紙を読んで現実を知った。
だからか、初めて俺は閉店まで席から離れず、手持ちのある限りを全てメダルへ変えた。
約1か月後、いつものように店へ向かった。
が、今日は何かを忘れている気がした。
鍵は持ったし携帯だって持っている。
もちろん、金が入った財布はしっかり手に持っている。
何かが心を引っ張っているような気分だったが、俺は自分自身を家から無理やり引き剝がすようにしてパチスロ店へ向かった。
いつもの台の席に座って、携帯を片手に打っていたら…忘れ物を思い出した。
モバイルバッテリーだ。
20%を示すポップアップが携帯の真ん中に表示されてから気付いた。
誰かから連絡来たら対応できるようにと、画面を閉じて携帯をポケットへしまう。
今日はよく当たる日の様だ。
俺は気分が上がり、普段なら何も変わらない絵が揃うのを考え無しで押していたが、暇潰しがないせいかこの日はしっかり見ていた。
いくら稼げるか、データカウンターと見比べ現状の数を頭の中で計算する。
すると俺の隣に珍しく誰かが座った。
俺は横目でどんな人が座ったのか確認すると、見慣れた金色の長髪を揺らす…。
俺の彼女だった。
その時、急いで携帯を取り出して画面を見る。
まだ12%で携帯は生きていた。
俺は彼女からの不在着信の数と日付、時間を見てモバイルバッテリーより大事なことを思い出した。
「ごめん!」
咄嗟に謝るが、声が聞こえない。
周りがうるさいせいで聞き取れないのだろう、彼女の反応を確認する。
まるで俺たちだけ時間が止まっているかのような空気が俺の息も止める。
何とか唾を飲み込み彼女の名を呼ぶと、やっと口を開いた。
「記念日をすっぽかしてまで…。こんなとこで遊ぶ方が大事なんだね。最低。」
そう残して彼女は離れてしまった。
家に帰れば彼女の服や化粧道具、カバンや靴が消えていた。
何度も俺の家に泊まっては毎度、物を置いていく彼女。
あの荷物が全て消えていた。
良い所で終わらせられず、彼女が立ち去ってから1時間はその場に留まってスロットを再開させてしまったのだ。
日常から彼女が消えてしまった。
将来を考えて貯金していた金をスロットに注ぎ込み、彼女から借りた金もまだ一円も返せてない。
それなのに、俺から彼女が離れてしまった。
もう家には自分しかいない自由な空間だというのに、落ち着かなくなった俺は閉店まで久しぶりにパチンコを打った。
数年後、俺は新しい彼女を作っては彼女から金を借りてスロットを打つ生活が当たり前になっていった。
俺を理解してくれない女であればあっさり別れて、すぐ別の女と寝ては付き合って貢いでもらったりもした。
中には隣で一緒に打ってくれる子もいたが、破産して捨てた子もいる。
俺はいつからこんなに女の扱いが雑になってしまったんだろうか。
最近は酒を飲みながらスロットを打つが、昔より当たらなくなってきている。
「テンパイばっかじゃねぇか!どうなってんだ台は!」
俺はイライラすることが増え、台に八つ当たりするほど荒れていた。
「今日は当たるって言った奴ぶっ殺してやる!」
酒を一気に飲み干して缶を強く握って潰す。
目押しをする体力も酒のせいで皆無。
ただ金と酒が消えていく。
「クソがよ!」
俺は叫ぶ。
誰も俺の隣で打つ者はいない。
周りを見ればスロットでは下皿にメダルを貯めている奴らばかりで、すぐ近くのパチンコ台では椅子の後ろにドル箱が重なっている。
俺だけが何も変わらない事に余計腹の奥から何かがぐつぐつと湧く感覚に襲われる。
無性に腹が立っていれば、財布に入っていた札はもう消えていた。
「また借りてくるか…。」
俺は真っ先に女の家に向かった。
「明日給料日で…。だから、今は貸せないの、ごめんなさい。」
ぐつぐつと胃の奥で煮える何かがより激しくなる。
「金はあんだろ?返すから貸せって。」
「もう四千円くらいしかないのよ…。お願い、明日まで待って欲しいの…。」
「は?お前、月に30万も稼げてて何で貯金もねぇんだよ!」
「だって!あなたが使うから…。」
「俺のせいだって言うのかよ!」
彼女へ怒鳴った瞬間まるで沸騰した水へ塩を突っ込んで中身が溢れ出るかの様、俺は信号を送る前に先に彼女へ殴ってしまった。
流石に彼氏として暴力を振るいたくはなかった。
「あ、ごめ…。」
「ごめんなさい…!全部出すから、許して…ごめんなさい!」
殴ってしまった頬を触れようと伸ばした手へ、彼女は急いで四千円を向ける。
俺はやっと落ち着いた胃の中を痛めながら、黙って彼女の元から離れた。
また数年後、俺が行くパチスロ店は店内も台も大きく変わらず、ただ客層だけは変化しつつあった。
俺は仕事を辞めて女からの借金はもっと増える一方だった。
いつものように女から金を借りては遊び、勝つこともなく外を散歩して帰る。
早朝から行った日のことだ。
俺がいつも打つ台に別の男が座っていた。
まだ若そうだが、ぱっと見て大学生くらいだろうなと感じる。
若い男は座ったまま、手に持った千円札をうろうろと揺らしていた。
投入口が分からない、スロット初心者かと馬鹿に思ってしまったが…。
俺はそいつに話しかける。
「お前さんがやってんの、隣で見てていいか?」
図柄は現実も変わらない ぱんつ07 @Pants
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