第29話
「…やっぱもう帰る」
「帰すわけないじゃん。やっと実花とこうなれたのに」
「怖いのよ…、あんた」
「大丈夫。実花が怖がるようなことはしないから」
「それが怖いって言ってんの…」
実花は俺と向かい合うように躊躇いがちに身じろいだ。
「さっき唇舐めたくせに…」
「あれ?気づいてたんだ?」
「…そこまで鈍くない」
凭れた肩からフッと力が抜けて、不満げに眉根を寄せた実花が諦めたように溜息を吐いて俺を見つめる。
しかし、そこに言葉はなく、ただ"キス"を許されていることは心地よい沈黙の中に身を浸せば分かった。
幼馴染から変化した関係。埋められていく距離に気持ちが追いついていないのか、心もとない瞳は決心と羞恥の狭間で揺れている。なるべく怖がらせないようにゆっくりと眼鏡を外せば、実花は少しだけ顔を持ち上げた。
顔を傾けながら目を閉じればコク、と息を呑んだ音が聞こえ、触れた唇から実花の緊張が伝わってくる。
今はまだ、ほんの一瞬。
捕らえた唇を解放すれば、そろりと目線を外した実花は気まずげに手の甲で口元を覆った。
「…今さら冗談だって言ったら怒る」
「実花こそいい加減にしなよ。何度好きだって言えば分かんの」
「…っ、分かってるよ」
相変わらずな憎まれ口すら愛おしい。
本音を求めるように再び目を瞑れば、混ざり合う吐息は甘く秘めた想いで溢れていた。
-End-
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