第10話

半分くらい足を入れたところで、あま兄のセリフに躊躇いを覚えた。


ピタリと止まる動作。



温めてって言ったのはそっちのくせに。てか、素直に従うあたしもあたしだけれど。





「まぁ、今さらか。」




そう言われ、結局はあま兄のベッドに寝転んでしまうんだ。





今さらと言えば、確かに今さらなのだ。


まだ小学生の頃、眠れない日には、よくあま兄のベッドに潜り込んだっけ。



独りぼっちは慣れっこだったはずなのに、それでも母親が近くにいるのといないのでは、心の持ちようが全然違うものなのだ。





突然母親が消えて、小学生の子供が平気でいられるわけがない。


たくさん泣いて、たくさん母親の名を呼んだ。



それでも戻ってきてはくれなくて、まるで真っ暗な暗闇に置き去りにされた気分だった。





「…里菜子?」




あの夜もそうだ。


こんな風に、名前を呼ばれたんだっけ。





「ぼーっとしてる。考えごと?」



『違う。昔のこと思い出してた。』




気がつけば、肩を並べるようにしてあま兄も寝転んでいた。


狭いシングルベッド。当然のように肩が触れる。



わずかな緊張を隠すように目を瞑り、真っ直ぐに身体を固定した。





[里菜子。泣くなよ]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る