次の目覚めは辺境伯領で。 〜辺境伯爵嫡男は破滅の未来から生き延びたい

五月野メイ

#1 前世の記憶

 俺は子どもの頃から漫然と過ごしていたけれど、二十歳を迎える前に焦りを覚えて一念発起して何者かになろうと頑張ってみた。

 自堕落な生活でぶくぶくと太った体をまずは減量しようと思ってジムに通って、食生活も改めたが、どういうわけか痩せない。


 一年経って体組成計で計量して愕然とした。

 筋肉量が増えていないどころか、体脂肪率も体重も増えている。

 誰かがイタズラで設定をいじったのか?

 ジムのスタッフに見てもらったが、どうも異常はないらしい。

 むしろ俺の食生活に疑念すら抱いている。

「本当に食生活気をつけてる? 間食とかいってハンバーガーをばくばく食べてんじゃない?」

 そう言われたときは流石に憤りを覚えた。

 覚えた……が、元来から感情を露わにして怒ることができない性分で、俺はへらへらと笑うしかできなかった。


 体型がどうにもならないなら、絵を描いて上手くなってみようと思った。

 が、これもダメだった。

 毎日十二時間以上絵を描いてみて半年経っても一向に上手くならない。

 なんというか、手がずっと震えてまともな線が引けない。

 これは何かの病気じゃないかと病院で診てもらったが、至って健康体。

 神経に何も異常は見当たらないと言われてしまった。


 何に手をつけても上達しないし、もちろん勉強だって何かしら資格を取ろうとしてみた。

 これは本当につらかった。

 覚えたそばから底の抜けたバケツに水が入らないように、何かを入れ込もうとしても忘れてしまう。

 再び病院で診てもらって、「異常なし。ただの怠惰」とレッテルを貼られる始末。


 そんな日々だから、話せる相手も少ないだろうに成人式で開かれた同窓会なんかでは行かなきゃ良いものを、どうして行ってしまったんだろう。

 高卒デキ婚でもそれなりに恵まれて暮らせている奴や、元々周りから天才と呼ばれた子が平然と東大でも才能を発揮している将来有望な外科医志望、国体からそのまま世界的な大会を狙っているアスリート。

 かたや俺は義務教育が始まってからずっと勉学も運動もできない最底辺。

 周囲に見下されているチー牛にさえ見下される始末だった。

 同窓会が始まって三十分もしないうちに、俺はひっそりと会場を立ち去った。


 そして三十歳を迎えた今年。

 俺は毎日通販サイトの倉庫で年下のSVスーパーバイザーにキツめの「指導」をされながらピッキングの仕事をしている。

 この歳になっても、非正規雇用の超薄給で働く俺は、紛れもなく弱者男性だろう。


 趣味といえば、AIで作ったイラストを眺めて股間を慰めることだけだ。

 アニメを観る元気もなければ、マンガの字を追えるほど集中も続けられなかった。


 ある日、いつものようにだらけた態度で仕事に勤しんでいると、急に胸の部分が痛み出した。

 やがて呼吸すら苦痛になって、たまたま近くにいたSVに訴え出るも「テメエ怠けようとしてんじゃねえよカス!」と思いきり蹴飛ばされる。

 俺は受け身すら取れずに地面に倒れ込み、そこから起き上がることができなかった。

 SVの怒号がぼんやりとしたノイズのようになって、視界がぼやけ、呼吸できているのかすら怪しくなってきた。

 今、目を閉じたらきっと死んでしまうだろうな。

 そんなことを考えながら、俺は三十歳の生涯を閉じた。

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