第8話 帰りのクレープ



 麗華の宣言通り、俺たちは下校中に寄り道をしてクレープ屋に来ていた。


 


「………………うーん」



 クレームの看板メニューとじっと睨めこしている麗華。


 まぁ、たくさん種類もあるんだし、悩むのも当然だろう。俺は……チョコバナナか……いや、あずきクリームもいいな。



(ピザチーズか……それともツナマヨネーズか……ウィンナーチーズという手も……)



 まさかのスイーツ系ではなく、おかず系のクレープだった。



「なっ!? 厚切りトンカツチーズマシマシマヨネーズ特盛りスペシャルクレープ? これ下さい!」


「デブの食うやつじゃん」


「ででで、デブじゃない!! それに!! 今、猛烈にお腹が減ってるの!! 誰かさんのせいでお昼食べれなかったせいで!!」


「そっか、そっか。うんうん。分かってる分かってる」


「絶対わかってないし! そもそも! 私、今日朝から何も食べてないから12時間くらい何も食べてないの! これは実質断食ダイエットをしている状態のようなもので、今の私はオートファージ状態になっていてー」



 麗華の熱弁を脳内スルーしつつ俺も店員さんにチョコバナナクレープを注文する。


 麗華の熱弁が一区切りついた頃、麗華の厚切りトンカツチーズマシマシマヨネーズ特盛りスペシャルクレープが出来た。



「わぁ!!」



 目を輝かせ、厚切りトンカツチーズマシマシマヨネーズ特盛りスペシャルクレープに頬張りつく麗華。


 おかしいな。美少女がクレープを食べる。本来ならラブコメの定番だが、どことなく残念感が滲み出ている。


 あれ? こいつのクレープもう俺のクレープより減ってるんだけど……? 俺の方が出来上がったの早かったはずなのに……しかも、ほっぺにマヨネーズめちゃくちゃついてるし。



 ため息をつきながらポケットティッシュを麗華に渡す。


 それにしても、周りをみるとカップルが多いな……



 ふと、隣から視線を感じる。



「なんだよ……」


「つーくん、私のクレープ食べたいんでしょ? しょうがないな……一口分けてあげるよ」


「いや別に……」


「隠しても無駄だよ。私、洞察力には自信があるから」



 そうか、お前の目は節穴だな。



「ん」



 麗華が俺にクレープを差し出してきた。



「………………」



 これはあれだ。食べないと話が進まないやつだ。恋愛ゲームをやっていたからわかる。

 

 周りの目を気にしつつクレープにかぶりつく。


 口に広がるトンカツとソースとチーズとマヨネーズの味。うん……あれだ。カロリーがとんでもないやつだ。



「どう? おいしい?」


「ああ、すごく太……こってりしてて美味しいんじゃないか?」


「でしょ? それじゃあ……あーん」



 今度は口を開けて顔を近づかせてきた。


 何をしているんだ? こいつは。



「……ねぇ、まだ?」


「まだって……何が?」


「はぁ……いい? 相手にクレープを分けてもらったらお返しに自分のクレープも分けるのが普通なんだよ」


「そういうのは恋人とかがするものでは?」



 反論すると麗華はやれやれとため息をつきながらこちらを見てくる。



「わかってないね。親友同士ならクレープの食べさせ合いとか普通なんですけど」


「まぁ、俺もよくたこ焼きとかシェアーしてたから……それと同じものか」


「…………分かればいいんだよ」



 納得したのになぜか不機嫌な表情をする麗華。



「……いっしーの交友関係とかどうでもいいけど、たこ焼きとかシェアーしてたのって男? 女?」


「男だけど……」


「ふーん……ま、どうでもいいんだけどね?」



 なんだ? いきなり機嫌が直ったぞ? 不機嫌になったり、機嫌が直ったり、忙しいやつだな。



「それよりも早くちょうだい。私、今甘いものが食べたいんだよ」



 お前、ただ単に俺のチョコバナナクレープを食べたかっただけだろ。


 クレープを差し出すと麗華は目を輝かせながらチョコバナナクレープに齧りついた。


 あ、結構持っていかれた……


 ちょっと不満に思いながらクレープを食べていると周りのカップルたちの視線が俺たちに向けられていた。



 ……やっぱり、男女でクレープの食べさせ合いは目立ったのだろうか。


 次々と食べさせ合いを始めるカップル達。


 なんだ? もしかしてクレープの食べさせ合いって流行ってるのか?



「……ご馳走様でした」



 クレープを食べ終えた麗華をみると、ほっぺには先ほど食べたチョコバナナクレープの生クリームの拭き残しがあった。



「……なに? いっしー」


「動くなよ」


「へっ!?」



 俺は左手を麗華の肩にポンと置いて、彼女に顔を寄せる。



「ちょ、いっしー!? ちょ、ちょっと待って!?」



 頬を赤くさせながら裏返った声を出しながら、わたわたし始める麗華。



「ま、周りがカップルだらけだからって……その、いきなりは……!! 私にも心の準備がっ」



 こいつはなに言ってるんだ?



「いいから黙って大人しくしろ。すぐ済む」


「え、ぁ……は、はい」



 ぎゅっと目を瞑る麗華。


 ティシュを取り出して優しくクリームを拭き取る。



「……ん?」



 怪訝そうな顔をしながら目を開ける麗華。



「ああ、もう終わったぞ。ほっぺにクリーム拭き残しがあった……いたい!?」



 なぜか俺のわき腹を思い切り突いてきた麗華。


 こいつ……今どき暴力系ヒロインなんか流行らないぞ……むしろ嫌われる傾向があるくらいだ。



「い、いきなり何するんだよ……」


「はっ!? いっしーが悪いんでしょ!?」 



 なんてことだ……理不尽要素まで加わりやがった……!!



 周りのカップル達の視線を感じながらクレープ屋を後にした。

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