第2話 事故物件ビンゴゲーム

 山根さんという男性から聞いた話だ。


 おれ、事故物件に挟まれて暮らしてんの。上の部屋と下の部屋に、死人が出てる。上の部屋のじいさんの死因は知らん。下の部屋のばあさんは……ミイラになって死んでた。

 冷蔵庫には食いもんがある、水道だって止まってねぇのに、絶食状態で干からびていたらしい。洗面台の前で倒れて、こと切れていたって。廊下には爪で引っかいたあとがあった。水が飲みたくて、這っていったのかな? 怖いねぇ。


 ──なんでも、小指の先がなかったってよ。ミイラになってるわ、遺体の一部が欠けてるわで、変死扱いになってさ。警察が捜査した。


 気持ち悪くないかって? そりゃあ、いい気持ちはしないよ。でもおれ、あの部屋に学生のときから住んでるもん。十年になるかな。引っ越す金もないし。


 上の部屋も下の部屋も、やたらと住人の入れ替わりが激しい。半年もすりゃ、出ていく。

 ああ。なんかあったんだろうねぇ。きっと、死んだじいさんとばあさんが、今でも居座ってるのさ。そんで、新しい住人を追い出しちまう。


 珍しく、一年以上住み続けた住人たちがいたな。けっこういいひとたちでさ。上の部屋は二十代のサラリーマン、下の部屋は新婚夫婦だった。

 年も近かったから、顔を合わせたら、世間話くらいはしたよ。

 ──でも、いつのまにか、上の部屋のサラリーマンは仕事を辞めて、引きこもるようになった。好青年だったのに、見る影もなくやつれて。急に引っ越していった。

 下の部屋の新婚夫婦は、けんかが絶えなかった。あんなに、仲がよかったのに。ある日、奥さんがおれを呼び止めて、尋ねた。

「うちの部屋、どなたか亡くなっていませんか?」って。


 教えてやったほうがいいのか、迷った。だけど、住人が何人も入れ替わっているし、数年経っているし。

「わかんないっす。不動産会社に電話してみたら?」って伝えただけ。

 ついでに、「盛り塩しとくといいっすよ」って。


 それから、新婚夫婦は行方知れず。不動産会社の奴らは、「夜逃げだ、家賃を踏み倒された」って言ってたけど、どうなんだろうね? 真相は藪のなか。


 ──実はおれ、下の部屋のばあさんと、やりあったことがあるんだ。まだ、ばあさんが元気だったとき。引っ越した初日に、おれの部屋の配管が詰まってて。そんなの知らないもんだから、洗濯機を回して、近所のスーパーへ昼飯を買いに行った。帰ったら、えらいことになってた。部屋が水浸しよ。

 下の部屋にも浸水があったみたいで、ばあさんが怒鳴り込んできた。

 いや、素直に謝ったよ。すみませんって。実際、迷惑かけてるもん。だけどさ、「引っ越しの挨拶がない」だの、「風呂の浴槽を新しくしたんだろう、見せろ」だの文句たらたらでさ。はあ? ってイラついたね。水漏れと関係ないだろって。

 ばあさんがしつこく上がり込もうとするから、言い合いになった。


 結局、配管のつまりは不動産会社の落ち度ってことで、下の部屋への補償は、保険から支払われることになった。

 ところが、ばあさんは納得しない。ずっと、おれを目の敵にしてくるわけ。

 それを、住人の誰かが、リークしたんだろうね。ばあさんを殺したんじゃないかって、警察に疑われたよ。冗談きついぜ。

 そりゃあ、ムカつくばあさんだったけど、さすがに殺そうとまでは思わない。まあ、すぐに疑いは晴れたけどね。

 ばあさんは、老衰で死んだってことになった。小指の先は見つからないまま。


 ──ばあさんが死んでからさぁ、妙な物音がするんだよ。ばあさんとおれの部屋、間取りが同じなんだけど、ちょうど洗面台のあたり。

 コツコツ、コツコツ……指で叩くような音が聞こえるんだわ。たまったもんじゃない。

 やっぱりあのばばぁ、まだ下の部屋にいるんだよ。さっさと成仏しやがれ、くそばばぁ!


 おまけに、上の部屋まで騒がしいんだよ。四六時中、念仏みたいな声が聞こえてくる。空き部屋なんだぜ?

 上の部屋も下の部屋も様子がおかしい。おれの部屋は大丈夫なのかって不安になってくる。

 だって、やべぇ部屋に上下挟まれてるだろ? 必然的に、おれの部屋もやばくならん? ビンゴゲームみたいに。

 とりあえず、今はリーチの状態なのか、それともビンゴになっちまったのか、知りたいね。これからなにかが起きるのか、すでに手遅れなのか……それによって、心構えが変わってくるからさ。


 そう言って山根さんは、生ビールを飲み干した。

 喉が渇いて仕方がないんだとぼやいて。




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