2023年12月

12月2日 翻す 浴槽 逃がさない


1 「きゅっ…急用を思い出した」体を翻した獲物の顔は蒼白だった。僕は彼を容赦なく広い浴槽に突き飛ばす。1年も前から目を付けていた。彼好みの外見にして羊の皮を被り、それとなく好意を匂わせる。馬鹿で可愛い彼はすぐに罠に飛び込んできた。「逃がさないよ」夜はまだ、始まったばかりなんだから。


2 ワンルームの浴槽は狭すぎる。「逃がさない!」「うひひっやめろよ!」互いに擽り合いっこすれば、案の定あちこちで体をぶつけてしまった。「続きはベッドで」「それな」息を荒げ、青痣だらけになった俺たちは2人揃って体を翻し、廊下を濡らしながら第2ラウンドの会場に意気揚々と向かっていった。




12月4日 眩しいくらい キーホルダー 魔法


1 守護アイテムだと偽り、好きだという猫のキーホルダーを贈った。眩しいくらいに清らかな君は俺のところまで堕ちてきてくれない。だから、禁忌といわれている魔法をキーホルダーに仕込んだ。次に会う時、君の魂はどれだ穢れているのだろうか。早く確認したくて堪らない。俺は疼く下半身に手を伸ばした。


2 魔法なんか使わなくたって彼を俺に惚れさせる。そう意気込んだ暗闇で、眩しいくらいに光る懐中電灯のキーホルダー。「よくそんなの持ってたな」「ガチャガチャなんだけどさ、馬鹿にできねぇわ」明るすぎるが故にやけにリアルな仕掛けが網膜に焼き付く。肝試しはこれで怖くない。怖くなんかないからな!



12月14日 触る 腕をとる 軋む


1 「離せ!」振り払ったはずの腕をとられ、ダンッと壁に押し付けられた。背中に回った腕が軋む。「逃げんなよ。遊びはこれからだろ?」悦びに震える声がどろりと耳に流し込まれ、言葉を紡いだ唇が項に触れた。「遊び?本気なのはお前だけだろ」首を捩って嘲ると、無言のまま無防備な耳朶に噛みつかれた。


2 彼と離れなければならないと思うと胸が軋む。「さよならだ」そう言った俺の腕をとると彼は指を絡め、その胸に触れさせた。「俺をこんなにさせといて消えるって?この卑怯者」手に伝わる彼の鼓動。「お前がいないとこの心臓は止まったも同然だ」彼に抱き締められ俺の涙腺が壊れた。嫌だ、離れたくない。



12月15日 花言葉 濡れる チョコレート


1 チョコレートの表面に埋められた青色の花。その花の名も花言葉も知らない愚かな彼は虚構の笑顔を僕に向ける。裏切りを後ろめたく思ったのか、僕の目の前で一粒口にしたあなたは、苦悶と憎悪を浮かべて崩れ落ちた。床がその口の端から流れた赤で濡れる。僕はそれを指先に絡め、愛しい人の命を頬張った。


2 バレンタインではバラの花束を受け取り、その花言葉に舞い上がった俺はホワイトデーこそはと気合いを入れていたんだけど。キッチンに乱入してきた彼は湯煎中のチョコレートに手を突っ込み。「お返しは3倍返しでしょ?」チョコレートで濡れた指先を突きつけられた。ちょい待て!これ舐めろってこと⁉︎



12月19日 あまりにも カーテン 限界


1 君の思わせぶりな態度があまりにも酷くて。そうじゃないとわかっていながら、俺の劣情は限界を迎えた。カーテンを閉め切った部屋に閉じ込めて、ネクタイでベッドに縛りつけ、泣き叫ぶ口を唇で塞いだ。だって、好きだから。それ以外に理由なんてない。君はずっと、今世は、いや、永遠に、俺の恋人。


2 喧嘩して2日。仲直りのきっかけは見つけられず、あまりにも辛い状況に僕の精神は限界だった。仕切りカーテンを開け放ち宣言する。「仲直りしようぜ!」「ぶふッ」「うわ汚ねえ!」「お前のせいだろ」炭酸を吹き出し咽せる彼の口元をTシャツで拭う。近づいた顔。2日ぶりのキスは炭酸の甘い味がした。



12月25日 憐憫 逃がさない 掠れる


1 くるぶしから滴る赤が足の甲で伸ばされ、地面に掠れた痕を残す。暗い鍾乳洞を息を切らして足を引き摺る様は憐憫を誘う。でも、それだけじゃない。白無垢を着た中年の、頻繁にこちらを振り返るその顔はぐちゃぐちゃだ。それが堪らなく劣情を滾らせる。私はね、100年ぶりの花嫁を決して逃さないよ。


2 逃さないと言った父は僕を金持ちに売り飛ばすのだと聞いていた。でも、牢に囚われていた僕の前に現れたのはかつての学友だった。「なんでここに?」掠れた声に応えるのは憐憫の眼差し。「君を迎えにきた」同情なんかいらないと動かない僕に痺れを切らした彼は牢の中に入り、汚い僕をそっと抱き締めた。



12月27日 掠れる 羨ましい 隣


1 掠れた声はテノールにかき消された。王子はさりげなく幼馴染の隣に立ち並ぶ。羨ましい。妬ましい。彼の隣は俺の定位置だったのに。俺は邪魔者扱いされ蚊帳の外。「利害は一致した。私たちは共犯者だよ」取り巻きの1人のはずの彼は俺の耳に謀を吹き込み、俺はそれを受け入れた。それが罠だと知らずに。


2 自由奔放な彼が嫌いだった。羨ましいという気持ちだったと気付いたのは大人になってから。成金と罵られようと歯牙にもかけず社交界を泳ぎ回る彼は眩しいまま。「君の隣に並びたくて、俺はここまできたんだよ」ちびりとワインを舐める彼は照れ臭そうに笑った。僕の鼓動が跳ねたのは気のせいじゃない。



12月30日 ベッド 誘う ホットケーキ


1 偶然を装い何度も会いに行き、親しくなるにつれて少しずつ素を曝け出して彼の心を擽った。交際に至るまで面白いように予想通りだ。俺の家で宅飲み中、さりげなくベッドに誘うと彼の瞳がギラついた。俺を押し倒す彼からホットケーキの匂いが溢れ出す。本当の捕食者は誰か、知るのは俺だけだ。


2 子供の頃にはできなかった贅沢をしよう。提案したのは彼だと言うのに。「ベッド行こうぜ」発案者はサボるどころかホットケーキを焼く俺の服の中に手を突っ込んで妨害してくる始末だ。「誘うならタイミング考えろ」「我慢できんの、これ」「この野郎」俺はコンロの火を止め、イタズラな手に噛み付いた。

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