051 冬に備えて



 さて、今日はちょっと長めの旅支度を整える日だ。


 まだ晩秋と言ったところだが、朝晩は結構冷え込むようになってきていて、ひしひしと冬の足音が迫っているのを感じる。

 入念に対策せねばなるまい。

 ましてや我々が向かうのは更に寒冷と思われる北東方面なのだ。


 昨日はその場のノリと勢いで引き受けてしまったが、いきさつはどうであれ受けた依頼を達成してこその冒険者である。

 いくら相手が腹黒老司祭であろうとも、約束は約束。

 その約束を果たすために、奇病が発生していると言う村へ行かねばならない。


 本来なら、お金だけを受け取ってトンズラしたところで、イリーナ老司祭は何も言えまい。

 悪行を王都のネメシアーナ大神殿に密告されれば身の破滅であるし、司教相当の権限を持つメルシェラに罷免されれば終わりだ。

 だがそこは善人のわたし。

 馬と馬車は用意してもらうが、報酬は後払いな上、きちんと現場へも向かうと言うのだからお人好しにも程がある。


 ま、これは司祭のためじゃなくて、ネメシアーナの名誉のためなんだけどね。

 あんな婆さんのせいでネメシアーナが貶められるのは納得いかないもん。

 あとは、メルが行きたがってるってのも理由のひとつだね。


 と言うわけで、ファトスから北東へ7日ほどのアダン村を目指すための準備をしなくては。


 でも、あの婆さん、マジで性格悪いよ。

 昨日、神殿の帰りに冒険者ギルドでアダン村の位置確認に行ったんだ。

 そしたら、7日は7日なんだけど、馬車で7日だって。

 徒歩だと20日近くかかるらしいよ。

 それなのに婆さんは、ファトスの街から北東へ7日ほど行った村、としか言わなかった。

 一介の冒険者が馬車なんか持ってるはずがないって知っててだよ?

 しかも、現状の神殿側では解決できもしない案件なのに、村からの要請を引き受けたのって、婆さんはファトスにメルシェラが来ているのを知ってたからっぽいんだよね。

 メルシェラの絶級治癒魔術(世間的にはそう言うことになっている)であれば村を救えると踏んだんだろうね。

 聖女見習いのメルシェラなら、奇病が発生した村と聞けば無条件で村へ赴くはず、そうすれば労せずして村から謝礼金を毟り取れるって考えたみたい。


 これはギルドで聞いたんだけど、アダン村と言うのは王都やファトスの金持ちたちに避暑地として人気の別荘地で、村はその管理費やらチップやらでかなり潤ってるとか。

 冬が近付いた今はオフシーズンだとしても、多額の謝礼金をふんだくれるわけだ。

 全くもー、悪知恵が回りすぎだよ婆さん。

 村の名前すら教えてくれなかったし……みみっちいと言うか、心が狭いと言うか……

 意地悪婆さんかっての。


 ネメシアーナもさぁ、ろくでなしの信者には天罰を与えるべきじゃないの?

 雷チュドーンとかやればいいのに、なんでやらないんだろ?

 ……まさか、わたしに天罰を下す役目をしろってことじゃないよね……?

 あははは……いくらネメシアーナでもそれはないか……いや、でも、まさか……

 言っとくけど、やんないよ。そんなめんどくさいこと。


「ミーユ、何をボーッとしてるんです?」

「食べ疲れじゃないのか? この服屋までにいったいどれだけ食えば気が済むんだ……ゲフッ」

「ラウララウラ。ミーユの食欲に付き合っていると体重が増えますよ」

「全くだな。私もこの数日で身体が重くなった気がするぞ。メルシェラもだろう?」

「はい……なのにミーユはズルいです。全然太らないですし」

「うむ。この小さな身体のどこにあれだけの量が入って行くのか謎だ。腹の中に悪魔でも飼っているのか?」


 少し考え事をしていただけなのにこの言われよう。

 二人はわたしを何だと思っているのか。

 誰が食欲魔神かっ!

 うん、我ながら否定できない。

 今も左手には串焼きが4本あるので。

 ちなみに右手はメルシェラの左手を握っている。


 エネミーサーチがあるのだから、もう迷子対策の手繋ぎはしなくていいとは思う。

 パーティメンバーのみが、ミニマップにオレンジ色のマーカーで表示されると知ったからには。

 気付いたのは昨日だけど。

 ただ、今のファトスはやたら人が多い。

 こんな人混みで迷子になられちゃマーカーがあっても捜すのは手間だ。

 と言うか、手を繋ぐのが段々と癖みたいなものになりつつある。

 街ゆく人には、姉に手を引かれる妹と映っているのかもしれないが、逆なんですと言いたい。


「もぐもぐ、じゃあ、むぐむぐ、冬用の、もぐもぐ、服を探そう、むぐむぐ」


 流石に店内では串焼きが邪魔になるので一気に咀嚼する。

 お肉と野菜を交互に刺した串焼き、所謂バーベキューみたいな食べ物は美味しかった。

 甘じょっぱいタレの中にもピリリとした辛みがあって……

 いや、串焼きの感想はどうでもいい。

 目的は温かな服なのだ。

 なんでもアダン村は避暑地だけあって高原に位置し、秋口から雪も降り、冬場はかなり寒いと言う。

 前世で言えば軽井沢みたいなイメージか。

 まぁ、近年の日本は夏が暑すぎて、避暑もへったくれもないのだが。


 東京だと夏場の平均気温が35度から40度とかだもん……

 2040年ごろには猛暑日を超える『激暑日』ってのが制定されたしね。

 この国ドミニオンの夏なんて、暑い日でも体感で25度くらいじゃない?

 日本と比べたら湿度も低くて全然快適だよ。

 その分、冬の寒さが怖いけど。


 前世のお爺ちゃんやひい爺ちゃんの昔話だと、かつては東京でも雪が降って当たり前だったらしいし。

 わたし、地元では雪って一回しか見たことないや。

 しかもチラつく程度のやつ。あはは。

 今じゃ北海道でもあんまり降らないんだよね。

 でも、こっちの世界は容赦なく降りそう……


 うん、やっぱり厚手の冬服を買おう。

 備えあれば患いなし、って言うじゃん?

 ちなみにこのお店は領主邸に行く時にも利用したとこ。

 なかなか品揃えも良くて値段も手頃なの。

 王都から商品を仕入れてるんで、デザインも最新なんだって。

 どれどれ、どんなのがあるかな?


「ん、このコート可愛い~」


 ダッフルコートに似た真っ白なコートは裏地が起毛してあり、もふもふだ。

 子供向けなのか、サイズもわたしに近い。


「やめとけやめとけ。お前さんに良く似合うとは思うし防寒性も高いだろうが、戦闘時に邪魔だぞ。それに、そんな真っ白では返り血を浴びたら大変なことになる」


 グサッ!

 ラウララウラの的確過ぎる助言が胸に刺さった。

 た、確かに……


「じゃあ、ラウラはどんなのを選ぶのよ?」

「私か? 私ならこれだな」


 はい、出た。

 お約束の真っ黒なヤツ。

 革製に見える無骨な長い外套だった。


「か、可愛くない……」

「何故だ!? 別にいいだろう!? 私は機能性重視なんだ!」

「こんなペラいマントじゃ寒いでしょーが」

「フッ、ミーユはまだまだお子ちゃまだな。外見だけに拘るからそうなる」

「なにおう!? 冒険者だって見た目を気にする時代だよ!」 

「大人は性能を重んじるものだ!」

「ぐんぬぬぬ!」

「ふぬぬぬぬ!」

「はいはい、そこまでにしてください。お店で騒ぐのは迷惑になりますよ。全く、二人とも子供なんですから。私はお会計を済ませてきますね」

「……」

「……」


 馬鹿な……

 メルシェラが一番大人に見える、だと……?

 しかも彼女はちゃっかり可愛い茶色のコートを選んでるし。


「……で、ラウラ。それのどこが機能的なの?」

「あ、あぁ、このマントは裏地に火蜥蜴の皮が張ってある」

「え。わたしの手袋も火蜥蜴の皮だよ?」

「ほう。良い品を持っているな。火蜥蜴の皮は炎に強いだけでなく、保温性も高いのだ。だから薄手に見えてもかなり温かく、そして軽い」

「なるほど、だから機能性重視なわけね」

「うむ。戦闘を生業とする者には何よりも重要なことだ。まぁ、その分、値は張るがな」

「いくら?」

「金貨3枚だ」

「たっか!」

「だが、マントなら着たまま戦えるぞ」

「うーん……」

「ま、先程はああ言ったが、お前さんの技量なら返り血など浴びることもあるまい。好きなものを選ぶといい。ただし、防寒性だけは重視してくれ。幼子は腹を下しやすいからな」

「うん。そうする」


 何の心配をしているのかと問い詰めたいが、せっかくのアドバイスなので一応頷いておく。

 ラウララウラなりにわたしを気遣っているのだろう。

 とは言え、さっきの白いダッフルコート以外に目ぼしいものが無い。

 あってもサイズが大人用だったり、生地が薄手だったり、色が派手だったり、値段が高かったり……コロスケナリ……


 うむむ……結構軽めのが多いのは、都市部だとそんなに寒くないからかな?

 わたしたちが行くのは高原だもんね。

 重装備じゃないと凍え死ぬかも。

 他のを見れば見るほど最初のが気になってしょうがない。

 ボタン部分も白いポンポンみたいになってて可愛いんだよね。

 手触りもいいし、うん、やっぱりこれにしよっと!

 あとは、防寒帽も買おっかな。

 あ、忘れちゃいけない、タイツも買わなきゃ!

 コートに合わせて白いのにしよ。

 毛糸のパンツもあったほうがいいよね。

 お腹冷やすと下すってラウラが言うし……


 会計を終えて店の外に出ると、既にメルシェラとラウララウラが待っていた。

 二人とも大きな袋を抱えている。

 当然わたしもだ。


「後は何が必要なんだっけ?」

「そうだな……馬車があるとは言え、基本的には野宿となる。毛布は必須だろう。出来れば更なる防寒対策として、テントもほしいところだが」

「あー、そっか。そういや、わたしも欲しい食材があるんだった。上手く出来たら二人にも食べさせてあげるよ。わたしの前世くにのお菓子なんだけどね、とっても美味しいんだー。んしょ」

「なっ!?」

「えっ……?」


 無意識だった。

 完全に無意識だった。


 両手が塞がっていてはメルシェラと手を繋げないと思い、わたしは大きな袋を何気なくアイテムボックスに仕舞ってしまって、しまった! と思ったのだ。

 いや、決してダジャレではなく。


「何だ今のは……? 荷が消えた……?」

「ミーユ、荷物はどこに行ったんです……?」


 わはーい!

 やっちゃったぁ!!

 せっかく今まで隠してたのが水の泡だよ!

 わたしのバカバカ! アホ! ちんちくりん! ぺたんこ!

 そこまで言わなくてもいいでしょーが!

 オロオロ。


 ええい、こうなったら仕方ない。

 自分で蒔いた種だ。

 身から出た錆だ。

 自業自得だ。


 わたしは二人の腕を掴んで路地裏に引っ張り込んだ。

 これで人目からは逃れられる。


 断わっておくが、別に二人を乱暴したり、口封じに始末しようとか思ったわけではない。

 いずれ話すべきだったことを今話すだけだ。

 大筋は変えず、詳細をぼやかしてだが。


「あのね、これは内緒なんだけど」

「ふんふん」

「ふむふむ」

「さっきのは大魔術師アルカンティアナ師匠が編み出した最新の魔術なの」

「ほう!」

「そうなんですか」

「シッ! 静かに。わたしも原理はよくわかってないんだけど、自分の荷物を別の場所に入れたり出したり自由にできるんだ」

「そりゃすごい!」

「便利ですね」

「そう、便利なの。これがあれば、食料でもテントでも何でも持ち運びが出来ちゃう。だからこそ大魔術師アルカンティアナは恐れた」

「む?」

「どうしてです?」

「これが広まると仕事を失う人がたくさん出てくるからだよ」

「! そうか、荷運びや荷下ろしの……」

「なるほど、言われてみれば確かにそうですね」

「うん。だから二人もここだけの秘密にしてくれる? 情報が漏れると、わたしが狙われるかもしれない」

「無論だ」

「勿論です」


 ホッ。

 超テキトーな説明だけど納得してくれたみたい。

 この二人なら口も固そうだし、これで何とかなったかな。


「しかし、これを使わない手は無いな。冒険者にとってみれば、この上ない魔術だ。下手な高位魔術よりも余程優れている」

「ですね。以前、迷宮探索の折に、莫大な金貨に目の眩んだ冒険者がその重さで逃げ遅れ、魔物に金貨ごと飲み込まれたのを目撃しました」

「さもあらん、だな。では早速だが、ミーユよ。私の荷物を宿に戻るまでそれに入れておいてくれ。他にも調達せねばならん物もあるしな」

「あ、私のもお願いしますね、ミーユ。手を繋げなくなってしまいますので」

「……はい」


 全然伝わってなかった!


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