009 新生活を始めよう!



「ふわ~っ、きれーい!」


 行き交う馬車や人々。

 真新しい石畳の道路と建物群。


 わたしは感動と共に街の中へ踏み出した。

 それは同時に、転生してからようやく掴み取った新たな人生の第一歩でもあるのだ。


 思えばせっかく異世界に来たと言うのに、この世界を知る機会も余裕もなかった。

 今後はゆっくりと見て回ろう。


 うぅ~……ワクワクするー!

 あ、キャルロッテもうんうん頷いてる気がする。

 だよねー。


「新興の街ファトスへようこそ~っ! 只今、ファトス青年会では若い力を募集していま~す!」

「そこのお兄さん! いいガタイをしているじゃないか! その身体はぜひ警備兵として活かすべきだ!」

「いらっしゃいませ~! ファトス名物になりそうなカイカイ焼きはいかがでしょうか~!」


 ふーん。

 ここは新興された街なんだ?

 いいねー、全部新しくて。

 わたしの新生活にぴったりだよ。

 ……それにしてもこの街、アニエスタの王都より立派なんじゃない?

 うちの城ってまともな城壁すらないもんね……あはは……


 何もかもが新鮮に見え、わたしはキョロキョロしつつ、威勢の良い呼び込みの声を聞きながら歩く。

 勿論、物騒な長剣はアイテムボックスに仕舞い、薄汚れたドレスも小川で洗ってある。

 だがヨレヨレだ。

 王女さまの衣服なんてものは、およそ旅向きになど作られているはずがないのだ。

 みすぼらしいとまではいかないはずなのに、それでも結構な確率で奇異の目を向けられる。

 やはりドレスは目立つのだろうか。

 それとも幼女の一人歩きが珍しいのだろうか。


 うーん。あんまり目立つのもねぇ……

 まずは普通の服を買わなきゃ。


 あ、いや、待って。

 それ以前にどうやって生活しようか……

 やっぱりお金がないと厳しいよね……でも9歳の女の子に出来る仕事なんてあるのかな……?


 ……ん?


 悩めるわたしの碧眼に飛び込んできたのは────


「冒険者ギルド、ファトス支部!?」


 堅牢そうで見上げるほどに大きい建物の看板であった。


 こ、これだよ!

 腕ひとつで食べていける職業、それが冒険者!

 依頼をこなせば報酬が!

 ダンジョンや遺跡を探索すれば財宝が!

 怪物を倒せば賞金が!

 あぁ……【DGO】でブイブイ言わせていた(死語)わたしにピッタリじゃん!

 よーし、そうと決まればまずは装備だよね!


 わたしは一軒のお店を見つけると、迷わず足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは品の良さそうな中年男性であった。

 妙ななりのわたしを見ても眉ひとつ動かさない。

 うん。プロだね。


「何かご入り用で?」

「あ、えーと、その」


 しまった。

 勢いで入ってから気付いた。

 わたしはお金を持っていない。

 しかも入ったこの店は、武具屋ではなく雑貨屋のようである。


 おバカなわたしを笑うがいいさ! あははーだ!

 ネメシアーナもちょっとくらいお金をくれれば良かったのに!


 だが、しどろもどろになりながらも、ひとつ思いついた。

 上手くいけばお金が手に入るかもしれない。


「あのう」

「なんでございましょう?」

「ここのお店は買い取りもしていますか?」

「ええ、それは勿論」

「じゃあ、これを買い取ってほしいんですけど……」

「拝見いたしましょう」


 ニッコリと微笑んでくれる優しい店主さんに、わたしは耳から外した一対のイヤリングを手渡す。

 これはキャルロッテわたしが最初から身に付けていたものだ。

 金色の台座に、なにやらピンク色の宝石が嵌め込まれている。

 だが、はっきり言って価値などさっぱりわからない。

 だから店主さんの言い値で構わないと思っていた。


 背に腹は代えられない。

 先立つものが無ければ生きていけないのだ! のだ!


「ふーむ。台座は純金のようですな……宝石がちょっとよくわかりませんが……」


 店主さんは目に装着したルーペで真剣に査定してくれているようだ。

 しかもよくわからないとか言っちゃう相当な正直者。


「では、このくらいの額でいかがでしょう?」


 そう言って店主さんは金貨を二枚ほどカウンターから取り出した。


 またしても失敗した!

 わたし、貨幣価値も知らないよ! 金貨二枚でパンはいくつ買えますか!?

 でも、この店主さんは幼女のわたしを見てもバカにしたりしなかったよね。

 実直そうな人だし、信用してもいいかも。


「わかりました。それでお願いします」

「ありがとうございます。ではこちらをお受け取りください」


 店主さんは小さな革袋に金貨を二枚と銀貨を50枚入れてくれた。

 当然驚くわたし。


「あの、増えてますけど」

「はい。それはこのイヤリングの価値を推し量れなかった未熟な私からのお詫びです。なのでどうぞ遠慮なさらず」

「は、はぁ。ありがとうございます」


 よくわからないが、せっかくのご厚意だ。

 有難く受け取っておこう。

 わたしは店の前で見送る店主さんに深々とお辞儀をしてから、今度こそ武具屋へ向かった。



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「ファトスの街はいかがでございますか」

「うむ。良い街だ。忍んで視察にきた甲斐があったと言うものよ」


 鷹揚に頷きながら車窓に流れる街並みを見やる立派な身なりの男性。

 最先端の構造を取り入れたこのファトスは、隣国アニエスタとの国境沿いの街として発展していくであろうと彼は思う。

 ここをアニエスタとの流通を結ぶ拠点とすることも当然視野に入れていた。

 無論、一方的な搾取ではなく、両国の共栄を願ってのものである。


 なにせアニエスタとは遠戚関係だ。

 アニエスタ王のグレンと幼馴染でもある。

 しばらく会っていないが、彼とその家族は息災だろうか。


 それに、東の帝国が何やらキナ臭い動きをしているとの報告もある。

 もし仮に我が国への侵攻作戦などと言う馬鹿げたものであるならば、ドミニオンの東の果てに位置するこの街が、最前線の防衛拠点となるだろう。やはり完成を早めたのは正解だ。大臣共を黙らせるのには苦労したが、な。


 男がそんなことを考えていた時、視界の隅に金髪の少女が映った。 

 む……? 今の幼子はどこかで……まさか!?


「馬車を止めろ!」

「は、ははぁっ! どうどう!」


 御者に向かって叫ぶとすぐに馬車は停止した。

 飛び降りて周囲を見渡すが、人混みに紛れたものか見当たらない。


 余の見間違いでなければ先程の童女は、アニエスタ王女キャルロッテだ。

 金髪碧眼が揃った者は、そう多く居ない。

 近隣では我がドミニオン王家と隣国アニエスタ王家、それに親戚関係くらいのものであろう。


 男は少女を見かけた付近まで来ると、一軒の店を見つけた。

 『ルーベンス雑貨店』

 躊躇なく店のドアを潜る。


「いらっしゃいませ」

「さきほど小さな女の子が来なかったか? 金髪碧眼の」

「ええ、おいでになりましたが……えぇっ!? あ、貴方さまはまさか……!? こ、これはとんだ御無礼を!」

「よい。面を上げよ。そなたの兄とは旧知だ」

「ははぁーっ!」

「彼女は何をしにここへ?」

「こちらの品を買い取ってほしいと」


 店主は跪いたまま、両手で捧げ持つように男へイヤリングを見せる。

 男はそれを手に取り眺めた。

 

 宝石はアニエスタ特産のピンクローズ。

 そして純金台座の裏側には意匠と同化したアニエスタ王家の紋章。


 やはり……!

 間違いない。

 しかし彼女は何故このようなところへ……確か今年で九つの幼子が、たった一人で訪れるなど……

 馬鹿な。あり得ぬ話よ。余の目が節穴だったのであろう。

 ……だが、このイヤリングは紛れもなくアニエスタ王家の品。

 そして売りに来たのは金髪碧眼の幼女……


 何だ? 余の与り知らぬところで何が起こっている?

 この激しい胸騒ぎはどこから来るのだ?

 ……急ぎ調べてみるべきかもしれぬ。


「これをいくらで買い取ったのか?」

「査定いたしましても、私にはよくわからぬ品でございましたゆえ、金貨二枚にて……」

「……倍額で買い取る。良いな?」

「ははぁーーっ!」


 男は金を払いながら、この弟は善人であるが兄より品物を見極める目は無いのだなと思いつつイヤリングを懐へ納めて店を出る。

 イヤリングは世界に名高いアニエスタ王家お抱え細工職人謹製の品。

 見る者が見れば、金貨100枚はくだらぬと言うであろう。

 店主の兄であればひと目で見抜いたはずだ。

 まぁ良い。これは余が直々に王女へ返還しよう。


 そして男が足早に馬車へ戻ると、執事が慌てふためいてこう告げた。


「陛下! 王都へお戻りください! 急報を持った早馬が先程参りました!」

「何事か!」

「隣国アニエスタにてクーデターが発生した模様です!」

「なんだと!? すぐに戻るぞ! 馬車を出せ!」


 男……大国ドミニオン王は御者に怒鳴りつけると、居ても立っても居られぬ様子で唇を噛みしめた。

 先程の早鐘のような胸騒ぎはこれだったのか、と。



 こんな風に、キャルロッテわたしの知らないところで事態は動いていたのである。


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