ラスボスより愛を込めて。

あおかばん

第零章『二章 四話 英雄の卵が孵る時』

「おーい! いたいた! スキャットくーん‼」


 スキャットと呼ばれた少年は、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた後、庇うように・・・・・一歩だけ前に出た。


「おっと。頼むよスキャット君。頼むから、少し落ち着いてくれないかな?」

「心遣い感謝します、クソ勇者さま。おかげさまで俺は至って落ち着いてます」


 深い森。

 ほんの三十分前の空は美しかったはずなのに、今ではうねりを上げるような雨が降り注いでいる。

 大粒の喧騒が少年――スキャット・デルバルドの黒髪を濡らす。

 冷えた体を起こすため、大きく肩で息を吸う。 

 スキャットは濡れた顔をぬぐいながら青年――勇者ゆうしゃの言葉を聞いた。


「クソだなんて汚い言葉遣いだなぁ。そういうのは優雅じゃないよ」

「これは失礼を致しました勇者様。あいにくまともな教育を受けてないもんでね」

「まぁいいさ。冷静なら分かるだろ? こんなガルディア国を――世界を敵に回そうなんて間違ってる。ほらこれを読んで!」

 

 勇者は難解な文章で書かれた紙を突きつけ、わがままな子供を説得するように語尾を強め説明する。

 だがスキャットはちらりとだけ紙を見て、


「あいにくですが勇者さま、俺は文盲なもんで。文字は読めませんよ。まぁ読めても読む気にはなりませんが」


 と言った。


「じゃあ聞かせてあげるよ! この命令書はね、ガルディア国王の勅命そのもの。命令は単純。”魔女は抹殺・・・・・”だ。分かるかい? 抹殺だよ抹殺」

「すみませんが、実は耳も聞こえないんです。都合が悪いことは特に」


 トントン、と木刀を持った左手で耳を指す。


「それはズルいなースキャットくん」

「ズルいこすいぐらい見逃してくださいよ勇者さま。これから『人類最強』対『村人』の戦いなんですから」


 スキャットは左手の木刀を強く握った。

 

「戦い? 戦いになると思ってるの?」

「さぁ、やってみなきゃわかりませんよ」

「まさかスキャットくん、勝つつもり? 英雄のボクに? たかが村の少年の君が? 木刀ひとつで?」

 

 冗談にしても笑えないよ、と勇者はため息をつく。


「勝ちますよ、そりゃ。そうしないとならないならね」 

「はぁ……きみはやっぱり冷静じゃないね、率直に言って、頭がイカれてる」

「さぁ? どっちがイカれてるんでしょうね」

「いいかい? この勅命はこの国の法律だよ。そして君はそれを破ってる。そんな横暴を許されるのは悪魔だけだ」

「それで結構。悪魔でも神にでも、なんなら魔神にだってなれますよ俺は」

「大きく出たねスキャットくん。神……ね。いい響きだ。じゃあ神様ならこの戦況を勝ち抜けると?」

「もちろん」

「神なら海でも割ってみるかい? それとも水をワインに変えるかい?」

「必要なら海をワインにしてみせますよ俺は」

「はは、いいね」


 勇者はようやく笑った。

 けれど、スキャットは本気だった。 

 唯一この場で、彼だけが命を懸けている。

 勇者は彼の目をみて、もう言葉では伝わらないと悟った。


「『海をワインに』いいね。素敵な表現だ。君のことをますます好きになってしまったよ。はぁ……理解してくれないかなぁ。出来るなら、戦いたくはないんだ」


 言葉とは真逆に勇者は背中に背負った大剣の柄を握った。


「起きろ『自重で自壊する白鯨グラビティホワイトホエール』」  

 

自重で自壊する白鯨グラビティブホワイトホエール

 グランドの証を持つ勇者と遂になった白の大剣。 

  

「俺も好きですよ勇者様、あなたのことが。なんてったって俺は――国のために、世界のために戦うあなたたち英雄に、憧れてたんです。憧れていました。何度もあなた方の英雄伝を読みふけりました。だから出来ることなら――そう出来ることなら。俺だって戦いたくない」


 雨で滑らぬよう、木刀を万力のように強く握る。


「でも……約束したんです。死んだ母と。たったひとつの約束を。だから――出来ません。避けられません。あなたのお願いを、俺は聞けません」



「”君の妹を殺させて欲しい”なんて――到底無理なんです」


 勇者達は、スキャットの大切な妹を、背に隠れ怯える妹を、奪い殺そうとしているのだから。




参考文献

『召喚術師と世界の果て』

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