第16話:夕暮れ時のトウモロコシ

夏の大磯駅のノスタルジックな風情がとても好きだ。

シンプルな古い駅。長いホーム。暑苦しい蝉の声と、伸びた夏草の短い影。


何年か前の夕方に、大磯駅から大磯プリンスホテルまで歩いたことがある。

想像していたよりも、とてつもなく長い距離だった。

軽い気持ちで歩き始めてしまったが、もう二度と歩かないと心に誓う。

東海道を行った昔の人と箱根駅伝の走者には、こころから敬意を表したい。


大磯は静かな町だ。

この夏の夕方、大磯ロングビーチの周辺を少し歩いてみた。

沢の水音、鳥の鳴く声、畑で育つトウモロコシ。

プール上がりの疲れた体にはすべてが心地よく、いつかここに住みたいと思った。


「俺はあそこには入ったことねよ、楽しいのかい?」

真っ黒に日焼けした地元の畑のおじさんが、ロングビーチの方を指さしながら、そう話しかけてくれた。

「俺らはずっとここにいるけど、東京の方が楽しそうに思うけどな。」

笑ったおじさんが言う。

そういえば、私も東京の混んでいる賑やかな場所には行かないし、大磯の方が楽しそうに思う。


「楽しそうな場所」であり続けたい。夏が近づくたびに 毎年ワクワクしたい。

私の思いが変わらぬように、この先の夏も 大磯にお邪魔をさせていただく。

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