7. 空のパレード

 晩餐会の日の空のパレードは、仙界の人々にとって、最大のイベントである。

何千、何万という仙師やその家族が、そのパレードを見るために雲集世家と智修世家の領地に集まる。朝早くから、弁当を持ってやってきて、陣取り合戦が行われる。


 竹香は自分の家の領地の林の沿道に場所を見つけて、ゴザを敷いて座った。自分は飛べなくても、冬氷の飛行が見られると思うだけで、わくわくする。


 パレードが始まると、まず地上から、仙師楽団が演奏する音楽が流れる。いよいよ始まるのだと、仙師と家族は胸を高鳴らせて、空を見上げる。


 先頭で空に現れたのは総仙督の山豪大世家の宗主。さすが貫禄のある飛行である。

 次に、智修世家の宗主と5人の賢者(家来)が、さらに雲集世家の宗主と5人の賢者が続く。


 山豪大世家は漆黒と金の装束、智修世家は杜若の青と白の装束に、髪の後ろを青い組紐で結ぶのが伝統である。雲集大世家の宗主は濃赤色と黒の衣装を着ている。


 山豪大世家は宗主がただひとりで飛行する。賢者が参加しないのは、彼らが山の警護を受け持っているからである。


 人間が山に入ってくるのを見張っているのである。15年ほどまでは人間界とは比較的自由に行き来しており、霊払いなどを頼まれたこともある。しかし、ある大きな惨事が起きたことがきっかけで、ふたつの世界は断絶した。たくさんの血が流された後、仙界と人間界の間で、お互いに干渉しないという協定ができたのだ。

 

 人間が狩りやキノコ採り、または予想もしない偶然からで、この仙師の土地に侵入する場合があるのだ。そんなことがきっかけで、ややこしいことになる。小さな火種でも、大きな炎になることがあるから、気をつけなくてはならないのである。

 

 宗主、賢者のあとには、研修を終えたばかりの若い10人が続く。この仙界の将来を担う仙師たちである。

 先頭が冬氷で、紫色の長い上着に下が白、次が永剣で、漆黒の上着、下は黄色である。


 人々はエリート達の飛行を眺めながら、その晴れ晴れしい姿にため息をついて、自分が仙師であることに誇りを感じ、子供達は自分達がいつかこの先輩仙師のようになって、空を飛ぶことを夢見る。女子達は憧れのスターをみるような熱い瞳を投げる。


 10人は空で旋回したあと、それぞれ招いた相手が待っている場所に向かい、ふたりで手を取り合って、中空に戻ってくる。選ばれた女子達の黒髪はよく手入れされて輝いており、衣装は赤やピンクが多く、きらびやかで、空に花火が舞い上がったようになる。


 冬氷と永剣は最後まで中空に残っていたが、ふたりでそろって旋回したあと少し下降したところで、冬氷が止まった。

 永剣だけがもう一周した時、冬氷が何か言って指をさした。

 その指先は、黄色いリボンをつけ、黄色いブラウスを着て、白いスカートをはいた竹香のほうに向けられていた。


 みんなが注目している中、永剣が竹香のところまで降りてきて、その手を伸ばした。


 竹香がその手を掴むと、彼は竹香を連れて飛び上がり、冬氷のところまで行って、3人は合流した。

 

 竹香を真ん中にして、ふたりが手をひいて、空へと昇っていく。右に冬氷、左に永剣がいる。


「足をまっすぐに伸ばしてごらん」

 と冬氷が言った。

 

 はい。


「鉄棒の逆上がりのように、回ってごらん」

 と永剣が言った。


 はい。


「そうだよ、そうだよ」

「チーチー、うまいぞ」

 冬氷と永剣が顔を見合わせて笑った。


 なんだ、これは。

 観衆はその様子に歓声をあげ、ガスに火がついたようにぼっと山が揺るいだ。

 

 竹香は空の上で、眼下に乳色をした薄い霞が漂っているのを見た。あそこには、たくさんの人がいるというのに、この景色の中では、動いているようは見えない。

 人って小さい、と竹香は思った。

 

 竹香はことの成り行きで空を飛ぶことになったが、今は恥ずかしいことも忘れて、

「わぁー、すごーい」、


 竹香が子供みたいに叫びながら、大きな口をあけて、ひまわりみたいな顔をして笑った。冬氷と永剣が、妹みたいな竹香を見て微笑んでいた。

 

 竹香は、これまで、こんな幸せな時はなかったと思った。

 ああ、なんてきれいな景色なのだろう。生まれてきたよかった。この里で育ててもらってよかった。


 冬氷がその左手に力をいれて、右手のほうを見てごらんと指さしたので、そちらの方に顔を向けると、はるか遠くになだらかな白い線が見えた。

 あそこが地平線、あそこを越えたら、また別の国があると聞いている。いろんな場所に、いろんな人が住んでいるんだ。


「みなさん、こんにちは。ヤッホー」

 竹香はうれしくなって叫でしまった。


 最高に楽しい時間だったのに、時はあっという間に過ぎてしまい、ふたりが竹香をもとの場所まで連れてきてくれた。

 これで、おしまいかぁ。


「チーチー、よかったよ」

「ありがとうございます。とても楽しくて……」

 ふたりは笑顔でうんうんと頷いてから、また空に飛んでいった。


 竹香は地上に降りると、緊張が解けたからなのか、急に足ががくがくしてしゃがみこんでしまった。でも、大勢の人が寄ってきたので、こわくなって、よろめきながら逃げた。

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