5. 冬氷と永剣

竹香はお弁当を届けた帰り、とことこと歩いて林道の途中まで来た。遠くに女子達が華やかな声をあげながら、群がっているのが見えた。

 何かしらと思って背伸びをし、首を伸ばすと、真ん中に、背の高い冬氷の顔が見えた。


 彼の姿を見ると、竹香の心臓が勝手に激しく動きだした。胸のどきどきが人にも見えてしまうのではないかと心配になり、手を重ねて抑えた。

 

 息を止めて音を立てずに通り過ぎようかと思ったけれど、彼にこの間の失礼を謝りたいと思った。謝って、竹のように、すっきりしよう。


 できたら、あの返事を撤回して、晩餐会に連れて行ってほしいのだけど、それはずうずうしすぎるお願いだし、まずこの顔の傷では無理だろう。


 竹香は女子達に気づかれないように、そっと道を横切り、太い木の陰に座って、集団が立ち去るのを待った。時々、そっと顔を出して、様子を伺った。

 

 一度、冬氷がこちらを見たと思った時があったが、見間違えのようだった。全く、気にもとめられていないというか、無視されたように見えて、盥をひっくり返して水がかかった時みたいに、胸に冷たく応えた。でも、仕方のないことだ。


 次に顔をちらりと出した時、冬氷が「おおっ」、という顔をして、竹香をまっすぐに見て指をさした。

 

 どきん。


 彼は女子達の間を抜けてぐんぐんと近づいてきたので、竹香は両手で胸を抱いて、石のように固まった。


「怪我したんだってね。思ったより、すごい傷だ。どれ」


 冬氷が腰を曲げて伸ばしその頬に触れようとしたので、竹香はさっと立ち上がって、服についた土を払った。

 女子達が声を上げて、近づこうとしたので、冬氷は手で遮って、来るなと合図した。


「大丈夫だから。それ、ぼくが治せるから」

「治せる、のですか」

 竹香はそう繰り返すのがせいいっぱいである。


「まかせろ」

 冬氷はそう言って、2本の指を竹香の頬に当てた。

 彼はそのきりりとした目を閉じて、集中し、傷を治す仙術を施し始めた。


 しばらくすると、傷は消えたらしく、竹香が指で触ると、顔のざらざらしていた部分がすべすべになっていた。


「もう治ったんですか」

「うん。治ったよ」

「すごい。ありがとうございます」

「あとはどこ?」

「すごい。あとは腕と足と……。でも」


「足ね、足のどこ」

 冬氷は竹香を切り株に座らせて、スカートをつまみ、ズボンの裾を上にまくり、足の怪我を見た。

「おっ。こっちのほうが、ひどい傷だ。チーチーは、よく我慢していたね」

 竹香がズボンの下の素足を見せたものだから、女子達がキャーキャー大騒ぎしている。


 その時、涼しい風が吹いてみんなの前髪が浮いたかと思ったら、永剣が空を飛んできて、女子達の真ん中に下りた。

「何しているんだ。関係のない者は帰れ。みんな、帰れ」

「なぜ、帰らなきゃならないのよ」

 と女子たちが口々に抵抗した。

「帰れ、とおれが言ってるのだ」


 永剣は女子達にさっさと帰るように、家の方角を指さした。

「その言い方、あたまにくる」

 と背の高いリーダーの女子が氷剣の肩を押した。

「そうよ。男子だからっていうだけで命令するの、やめてくれない?」

 と副リーダーの子が唇を尖らせた。


「おれが帰れと言ってるんだ。おまえら、吹き飛ばされたいのか」


 永剣が構えたから、「もういばっちゃって、いやな男」と女子達はブーブー言ったが、彼が本気を出しそうなので、仕方なく、立ち去った。


 永剣は冬氷のところに飛んできて、「おう」と手を上げた。

「おう」

「おまえ、疲れた顔してんな。どれだけ方術を使ったんだよ」

 方術とは仙人の使う仙力のことである。


 永剣が竹香の足と腕の傷を見た。

「あの時、止血はしたけど、こんなに深い傷だったとは思わなかった。代ろうか。おまえは方術を使いきって、疲れただろう」

「もう少しのところなんだ」

「いいから、そこをどいて」

 永剣が冬氷の肩を揉むようにしてから、交代した。


「すみません」

 竹香がますます小さくなった。

 傷は治してほしいが、男子ふたりに囲まれて、足を見せて、恥ずかしすぎて、できれば穴を掘ってもぐりたい。


「いいからいいから」

 永剣がしばらく仙術を続けると、竹香の足からも、腕からも傷が消えていった。

「このくらいの傷なら、問題ない。こんなもんだ」

 

 冬氷が永剣を見て、おまえ、すごいなという顔をした。

「ありがとうございます」

 竹香はもっとましなことを言いたいのだけれど、うまい言葉が思いつかないのだ。


「冬氷、おまえは、明日のスピーチの用意はできたのかい」

「まだだけど」

「じゃ、おれがチーチーを送っていくから、おまえはそっちを片付けろ」

「うん、すまない」


「あのう」

 と竹香が服を整えながら、立ち上がった。

「キャプテン、この間のこと、すみませんでした」

「この間のことって」

「あのう」

「いいから、そんなこと気にしない。悪いのは、こっちだ」


 冬氷は永剣の肩をぽんと叩き、

「よろしく頼む」

 と言って、空に舞い上がった。

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