商人グレました
モロモロ
第1話 グレました
「これが似合うと思うよ。ボディーラインにも合ってるし、火属性耐性も付いてるから、きっと南の魔物にも有効だよ」
一人の長身でスタイリッシュなイケメンエルフが、俺が心血を注いで作ったシルバーアーマー火属性耐性+1を、隣に立つ超絶可愛いエルフの女の子に自信満々で薦めている。
その姿はまさに絵に描いたような完璧なカップルだ。
「うん。決めた!これにしよう!」
フローネの無邪気で満面の笑み。
その笑顔を見るだけで、俺の心はまるで氷のように砕け散る。
こんなにもツラい日が来るなんて、想像もしていなかった。
正直、カウンターの下で握り締めたオレの指は、力を込めすぎて爪が肉に食い込んでいる。
その痛みでなんとかカウンターの上では微笑みを保てているというのが、今の限界だ。
「モートさん。これください」
「フローネさん。いつもありがとうございます。12200ドランになります」
金を受け取ると同時に、オレは作り笑いを引きつらせながら、二人を見送った。
「ありがとうございました」
「モートさんもお元気で!それではまたいつか」
「こちらこそ、またいつでも寄ってくれよ」
「これが最後の店寄りかもしれないが、君の品々は忘れないよ。モートさんの腕は最高だ。それじゃまたいつか」
バタン。
店のドアが閉まる音がやけに響く。
オレはその瞬間、店の外に飛び出し、「閉店」の札を勢いよく出して、すぐに店内に戻った。
「がたうgjfばfjかs;hあfj;shjhrhgs!!!!!!」
感情が爆発し、言葉にもならない絶叫が喉の奥から溢れ出す。
オレは商品棚に並べられたアイテムに片っ端から手を掛け、全てをめちゃくちゃに壊しまくった。
「お、お、お、おでのフロォネたん!!!がぁぁkfhdsjkh!!」
オレの中で、怒りと悲しみが次々と湧き起こり、止めどなく押し寄せてくる。
10年前、オレはただのサラリーマンだった。
残業続きで、ある夜、会社の仮眠室で寝て、気がつけばこの世界にいたんだ。
最初は混乱したけど、漫画やゲーム、アニメが大好きだった俺にはファンタジーの世界だって割とすぐに受け入れられた。
そして、気づけば10歳若返り、17歳の肉体になっていた。あの時は心の底から喜んだよ。
「人生やり直せる」
ってな!それに加えて、オレには<魔族交流>や<スキル値変更>という、他の人にはない特殊な能力まで備わっていたんだ。
この世界に来てからも誰かにその話を聞いたことは一度もない。
だからこそ、オレはこれで
「オレの新しい人生、大勝利だ!」
と、本気で信じたんだ。
そして今、27歳のオレがここにいる。
商人として生計を立てている。
もう、これ以上説明しなくても、なんとなく察しがつくだろう?
ああ、そうだ。
当たりだよ。
はっきり言って、こういう異世界に転移しても、勇者になれるわけじゃないし、チートスキルで勝ち組なんて幻想だってよく分かった。
実際、町の外に出る前に町の訓練所で剣の稽古をちょっとだけしたが、普通に痛かったからすぐに辞めた。
訓練所にはごつくて怖そうな人たちばかりいて、平和な日本で育ったオレには争い事なんて向いてなかったんだ。
それで、次に魔法を習おうと思って魔法の訓練所にも行った。
でも、魔法を使うためには「秘薬」が必要で、その秘薬がべらぼうに高くて断念したんだ。
途方にくれていたオレを救ってくれたのが、あのフローネたんだった。
「美味しそうな魚ですね♪」
その一言と彼女の笑顔が、野宿生活だったオレの心を瞬時に癒したんだ。
最初は釣りスキルで釣った魚を露天で売るだけの生活だったけど、フローネたんに出会ってから、俺の人生の軸が彼女に向かっていった。
彼女に認められたい、その一心で努力を重ね、去年ついに20年ローンで店をオープンするまでに至った。
この過程で、ほとんどの生産スキルが順調に成長してきた。
<料理 30><釣り 25><パン生成 18><木こり 22><大工 23>
<鍛冶 45><インゴット生成 45><書写 10><裁縫 12>
<薬品調合 33><秘薬調合 22><鑑定 23>
スキル値合計308。
こんなに幅広くスキルを鍛えている商人は、この町でオレぐらいしかいないだろう。
「わぁ、おいしいパン!」
「なんて素敵なウッドテーブルなの!」
「モートさんって本当に何でもできるんですね!」
「この鉱石で最高のレイピアをお願いします!」
「モートさん以外には頼めません!素晴らしい仕上がりです!」
フローネたんからの賛辞が、まるで走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
だが現実は甘くない。
冒険者たちから素材を買い取ってアイテムを作る生活は、利益が薄い。
商売は儲かっているとは言えない。
それでも、週に一度でもフローネたんと会話ができて、彼女の可憐な香りがこの店に漂うだけで、オレはこの世界で最高に幸せだった。
「それが!それがぁぁl!それがhふさっhfらふいfだふph@rh!!」
オレは店に立てかけてあったシルバーソードを掴むと、すぐさま「スキル値変更」のタブを開く。
そして、
<剣術 100><回避技術 100><防御技術 100><探知 8>
とスキル値を振り分け、町の外に飛び出した。
表街道には、手を繋いで仲睦まじく談笑しながら歩く二人の姿がある。
夕焼けが二人の金髪を照らし、さらに美しく輝かせている。
オレはその二人に向かって、全力で突進した。
「おあぁぁっぁぁぁぁぁあぁ!」
その声に気づき振り向いたイケメン野郎の顔が驚愕で固まっている。
道具屋のオーナーが突然襲いかかってくるなんて、誰だってそんな顔になるだろう。
オレは大上段に構えたシルバーソードを、イケメン野郎の頭目掛けて全力で振り下ろした。
「イケメン爆発しろぁぁぁ!」
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