それでもぼくらは異世界に憧れる

夜闇咲華

第1話 揺れないバスと、揺れるバスト。

 少しの暖かい日差しと、少しの肌寒い風を感じながら、少しの渋滞に遅々として流れていかない景色にあくびをしながら精一杯の伸びをする。狭い座席で伸びをすれば隣の女の子に手が当たりそうになって、慌てひっこめる。修学旅行バスの男女混合座席配置を考えた担任教師は、今どきのセクハラ問題や痴漢冤罪についてどう考えているのだろう。こういう場合は男子なら男子、女子なら女子で配置するものではないか。 うちの学校は卒業まで席替えはあっても、クラス替えとかないから、三年間同じ顔触れになる。修学旅行くらい仲のいい奴と一緒にバカ話したい。余計な痴漢冤罪などで三年間を無駄にしたくはないんだが。

 そんな事を考えながら、また小さくあくびを決行し、目を閉じようとすると隣の女の子が話しかけてくる。

「雨宮くん、もう少しで着くよ?」

「うーん、科学博物館だよね。バスの中で寝てていいかな…」

 僕は気だるく独り言のように隣の女の子に答える。

「だめだよ、結構凄い施設らしいよ!国の一番の研究施設と併設してて、すっごいいろんな研究してるんだって!見とかないと大損だよ!だよ!」

 普段モジモジしてるのに凄い変りようだ。女の子なのに科学とか興味あるのか、ものすごい剣幕で勧めてくる。割と長い付き合いだけど、初めて知るキラリの一面だ。

 遠藤キラリ。名前がキラキラして見た目は全然キラキラしてない地味な女の子。   長い髪と目を隠すくらいの前髪で、毎日小難しそうな小説を読んでいて、少し暗いイメージが名前とかけ離れたキャラだ。顔は前髪でわざと隠している感じもするが、顔はキラリロリ顔!だ。勉強が出きて、ちょっとおっちょこちょいな、運動神経ちょっとダメな守りたいタイプ。髪型を何とかすれば明るく見えてかわいいのにと思うのだが、隣の席ってだけでそんな事を言えばキモがられるんじゃないかと心の奥にひっこめてる。

 バスの席順は教室の席順って決められた為、変わり映えのない横顔と変わり映えのない少ない会話を想定していたけど。

「遠藤さんは普段は小説ばかり読んでるみたいだけど、興味あるの?科学って」

 あまりの勢いについ、聞いてしまった。

「うん、実は小説もね。サスペンスとか好きだけど、よく読んでるのはSFとかだったりなんだ。ううん、いろんなジャンル読んでるからSFが特にってわけじゃないんだけどSFってスペースファンタジーなのかホラー?、サスペンス?なのかよくわからない時があるから、そこで科学トリックで解き明かす!とか大好きなの!」

 ふむ。よくわからんがあれか。最新科学のリストバンド型麻酔銃でおっさん眠らせて、口が動いてないのにしゃべってるホラー。なんか違うな。

「そうなんだ、じゃあ楽しみだね科学館。僕はロボット青タヌキ型ロボとかなら興味あるんだけどなあ。」

 つぶやくように、意気揚々と話すキラリとは対照的な気だるい返事を返す。バスは超電導リニアモータバスなので全くの揺れもないから、また深い眠りにつけそうだ。レールのない運航ができるようになったのは割と最近らしい。タイヤのある車より断然寝れる。こういう科学の結晶に僕らはおんぶにだっこされて、快眠ができるんだなぁって思うと、感謝している。

 目の前にまたまぶたのとばりが下りようとしているが、キラリがそれを許さない。

「雨宮君もたまに小説読んでたよね、たまに図書館で見かけてたんだよね、なんか気が合うよね、だよね。」

 何かよくわからない仲間意識を芽生えさせているのか、それとも僕を寝かせないためか、結構顔が近い。

「僕のは漫画みたいなもんだよ、遠藤さんが読んでるような難しいのじゃないし」

「どんな小説なの?」

 改めて聞かれると、こっぱずかしくなるのだけどこれは答えていいものか。しかし、小説って言われると昔の偉いちゃくたがわあくたがわとかいう人みたいのなんてさっぱりわからんのだから、これ以上別の話題にしたい。3秒ほど目を閉じて答える。

「異世界転生モノだよ、ライトノベルってやつ。遠藤さんには向かないかな、どっちかっていうと男向けだし。」

 異世界転生モノなんて、どう考えても子供っぽいし、中身は男の子の願望が詰まった、女の子からしてみればどうでもいいストーリーとリアリティのないひたすら、主人公が強くてニューゲームで延々と続くちょっと叡智があるテンプレ物語。

でも男だから、強いってことにしびれる憧れちゃうんだよね。

「へぇー、異世界転生私も好きだよ!異世界転生-あっちに行ったらゼロスタートだけど、チート能力で頑張ります!とか!」

 やたらとマニアックなタイトルを誇らしげに語らう。

「よく知ってるよね、それ結構初期のやつだからもう120年前とかだよ?」

 使い古されたオールドジャンルそれが異世界転生もの。2025年まではそれこそ色々な媒体でアニメ化されたりしていた。そこから派生した転生転移ものからゲームに入り込む悪役令嬢もの。あらゆる形式で乱立した異世界系。2025年あたりからそれがVRゴーグルで体験できる、体感型小説に取って代わった。ページをめくらずアニメや画像が流れ、音楽が流れ、ドキドキするシーンが真っ白に塗りつぶされている。すべてはデジタルにお任せとなってから、異世界転生を心に想像することも減り、VRアニメーションを体感するのが主流になった。そんな世の中で紙媒体が無くなると一時期騒がれたが、結局電池切れの心配がない紙媒体はなくならなかった。

 そんな文庫本を片手に、わくわくした様子で遠藤キラリに見つめられて少しドキドキしている。何気に彼女はスタイルがいいのだ。接近されれば、普通の男なら反応してしまう。何がとは言わない。

「遠藤さん、そんな横向いたら揺れて酔っちゃうよ、前見なよ」

 何がとは言わない。

 遠ざける方便を考えてはみたが、何も思いつかなかったのでそうは言ったものの…このバスリニアで酔うはずがないのである、そもそも揺れないんだから…。

「リニアは静かだよ。ほら、もう到着するよ!」

 やわらかめの音楽が車内中にエンドレスで流れてたが、数秒もするとピンポーンとお知らせの音がして、車内モニターに黒い毬藻まりもにさらに小さな二つの毬藻ような目の3Dアニメ調の鉄道員帽を被った車掌の映像が表示され、やたらとハスキーな声が広がる。

「当車両の停車ステーションは、国際科学センター科学博物館前、科学博物館前~」

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