パイレーツ・オブ・ハイスクール

長田西瓜

第一章 指名者なき手配書

第一章 指名者なき手配書

~五月八日~

 僕が通う私立前津高校は自由な校風を売りとしている。基本的に生徒の制服の着こなしや髪色、化粧などに先生が難癖をつけてくることはない。

それは三年しかない高校生活を楽しく過ごして欲しいという創立当時の校長の思いがあるらしい。さすがに常軌を逸脱したものに関しては一応注意が入るらしいけど。

そんな基本的に先生から怒られることのない高校で僕、白井ユウキはまさに放課後、先生に呼び出されて、職員室に来ていた。

「おー、白井。ご足労掛けてすまんな」

「いえ、そんなことは……」

 職員室に入ることはあまりないため少し緊張してしまう。周りでは先生に勉強を見てもらうために来ている生徒やただ先生と談笑をしている人もいた。

「それで僕が呼ばれたのって、あれしかないですよね」

「俺も面倒だからしたくなかったんだけどな。まあ形だけな」

 そう。僕がここに呼び出されたのはこの高校が自由な生活を保障する中で生徒側が守らなければいけないことをまだ守れていないからだ。

「なんかやりたい部活ないか?」

「うーん」

 この前津高校は部活動へ入部が絶対となっている。自由な校風を売りにしているのにそれはどうなんだ。と言いたくなる気持ちもあるが全てを自由にしてしまったら秩序が無くなってしまうということからせめて部活動に入部必須にしようとなったらしい。

 それにそこから新しい繋がりが生まれる可能性があるということも含まれている。

「色々あって、というかありすぎて悩むのも分かるが決まりだからな~」

「そうですよね……」

 もちろん必須とはいえやむ負えない理由がある場合は入らなくてもいい事になっているがその場合は理由説明が必要となっている。

 そんな説明をしてまで部活動に入りたくない訳でもないためこうして迷っているのだ。そもそもそれだったらこの高校に入学していないだろうし。

「サッカー、野球、バスケ。アメフトになぎなた、フェンシング、スポーツクライミングにラクロスにカバディ。さすがに増えすぎだな」

 先生が上げた運動系部活の一部だ。それでもまだ一部で所属人数一桁のものもある。

「文化系の部活もあり得ないくらいあるしな~ 俺たち教師たちもすべて把握しているか聞かれると怪しい節があるからな」

 そこで所属する生徒がいなくなった部活を抹消しなかったのは自由な校風が活きたのかそれとも教師側の怠慢だったのかは聞かないでおいた。

「なんかやりたいこと。ないのか?」

「やりたいこと。ですか……」

 正直、聞かれてもパッとは思いつかない。

 そもそもこの高校に入学したのも自分自身のやりたいことを見つけるためだ。これだけ多くの部活があるのならやってみたいことの一つや二つ見つかるのではないか。と思ったのだがまったくそんな気配はなかった。

 逆にありすぎてどこに見学行けばいいか分からなくなってしまう始末。

「ふむ。その様子だとそこまだって感じか」

「すみません……」

「あー、いや。そんな深刻に考えるな」

 肩を落とす僕に先生はポンポンと軽めに叩いた。

「まあ、適当に理由つけておくからもう少し探してみな」

 先生はそれだけ言って解放してくれた。ここまで悩む生徒もあまりいないだろうし先生には負担をかけてしまって申し訳ないと思う。

 でも基本的に一つの部活に入部したら退部することはできないと言われている。幽霊部員になる人も多いと聞くが入るのならしっかりと活動はしたい。

 そんなことを思いながら教室に置きっぱなしにしてあるカバンを取りに戻っていると階段の上から聞き覚えのある声がした。

「お、白井じゃん」

「真影君。お疲れ様」

 下りてきたのは同じクラスで席が近いためよく話をする真影君だった。

「今日って部活だったよね? どうかしたの」

「教室に部活の道具忘れてよ~ まあ少しサボる口実として寄り道しながらゆっくりと」

 右手に持ったラケットケースを見せながらにっこりと笑う。サボることを堂々と口にするのはどうなのかと思いながら僕も小さく笑って合わせた。

「それで白井は何してたんだ。部活って訳じゃないだろ?」

 真影君も僕が部活にまだ入部していないことを知っている。なんだったら卓球部に入らないかと勧誘をしてくるくらいだ。

「まあちょっと職員室に」

 詳しく説明をしても仕方がないため簡潔に答えたがそれだけで大体のことは理解したようだった。

 そして教室に戻る僕についてきた。これも先ほど言っていたサボりの一環なんだろう。

「お前のそれもここまで来るとすごいな」

「いや、僕だってここまで引き延ばすつもりはなかったよ」

 本当だったら四月中には決めてしまうつもりだったがいつの間にか五月に入っていた。

 そもそもみんな入るところを決めて来ているんだし、その場で決めようとしている僕の方がまれな気がする。

「まあ、いざっとなったらうちに来ればいいし。初心者大歓迎だからな!」

「選択肢の一つには入れておくよ」

 やはり勧誘に余念がない。こう言ってくれるのもありがたいのだが僕は運動は苦手ではないが得意という訳ではない。そのためこの勧誘もあまり乗り気ではないというのが本音だった。

「そう言えば知ってるか? この学校に凄い人がいるって先輩が言ってたんだよ」

「へえ。どんな人なんだろうね」

「そこまでは。でも、そう言われるってことは凄い人たちなんだろうな」

「そうだね。あ、教室着いたよ?」

 サボりの時間も終わりか。と言いながら忘れ物と思われる袋を回収した真影君は部活へと戻って行った。

 その後ろ姿を見ながら一人残された教室で窓際から外を見る。

 いつもなら人の声が絶えない教室が静寂に包まれている。外では屋外系の部活動の掛け声が聞こえる。僕がここにいるのはとてもおかしいことで本来ならこの掛け声に混ざっていた可能性もある。

 僕はこの学校において異端。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 ネガティブになりすぎるのもよくないと頭を振りながらカバンを回収して教室を出る。

 そう言えば、真影君がこの学校に凄い人がいると言っていたな。一体どんな人たちなんだろうか。その人たちは僕のような小さな悩みなんてしないんだろう。

 そもそもそんな人たちとは関わる機会がないか。そう思いながら下駄箱へ向かった。

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