空気を読め!

 それから毎日ティアリーは当然のように我が家の馬車に乗り込んできて、子爵家まで送り届けるのが日課となりつつあった。


「うちの馬車より座り心地とかいいよねー、この馬車。やっぱ子爵家はダメだわ、貧乏ってことはないけどアリアのとこよりは確実にお金なさそうだし」


 少し前まで自分が置かれていた環境を考えれば天と地ほどの差があるはずだし、不自由なく暮らせているのだからむしろ感謝しなさい! と言いたいところだが、言ったところで聞くような子でもなさそうなので何も言わない。


「ねぇねぇ、王子ってアリアに会いに来たりしないの?」


 ティアリーはとにかく王子に会いたいようだが、会わせてあげる義理もないし、多分うちに連れて行ったらベネットと一悶着起こしそうな気がするので誘うこともない。


「会わせないいじめ? そういう展開?」


 何か言ってるが何も知らないふりをしている。


「いじめられて可哀想で健気なヒロインって立ち位置に持っていかなきゃやっぱ話的には面白くないよね?」


 そんなことを言い出した翌日から、私が立ち上がると「痛ーい」と尻もちをつくティアリーの姿が度々見られるようになった。


 どうやら私に意地悪をされている図式を形成したいようだが、私の席からティアリーの席までは少し距離があるため無理がありすぎる。


 みな、ティアリーが勝手に転んでいるとしか認識していないし、昼ご飯は一緒に食べているし、帰りは同じ馬車で帰るものだから私とティアリーは仲が良いとしか思われていない。


 何がしたいのかさっぱり分からない。


「ねぇ、アリア! 私思ったの! やっぱり出会わなきゃ始まらないと思うんだ!」


───そりゃそうだ、出会わなければ何事も始まらない。


「だからね、アリア、協力してよ!」


「何をでしょう?」


「出会いを!」


「出会い? 誰と誰の?」


「そりゃ決まってるじゃん! 私と攻略た、違う! 王子様との出会いだよ!」


「なぜ?」


 思わず本音が出ていた。


「あー、出たな、腹黒! それでこそ悪役令嬢! 出会いすら阻止する腹黒さ! でも私は負けない!」


 何か言っているが、本当にこの子はどうしたいのだろうか?


「ジャクソン様と会いたいのですか?」


「あ、王子ってジャクソンっていうんだ! 名前聞いてもやっぱりどのゲームか全然分かんないなぁ」


 名前も知らないのに会いたいってどういうことなんだろうか?


 自国の王子の名前くらい知っていて当然だと思うのだが、それすら知らないとは大丈夫なのだろうか、この子?


「ねぇ、会わせてよぉ、お願ーい! いいでしょー、私とアリアの仲なんだしー」


「会ってどうなさるのです?」


「そりゃー、イベント発展させ、おぉっと、これは言っちゃダメなやつー!」


 みなまで言わなくても考えていることは分かるのだが......これはどうしたものか。


 婚約者といえども相手は王子、王族である。


 普通はそう簡単に会える存在ではないし、もし会わせたとして何かやらかそうものなら下手したら首が飛びかねない。


 会わせたこちらにも何らかのお咎めがある自体にもなりえる。


 そもそもこの子は貴族としての最低限のマナーすら危ういため、何かやらかす未来しか想像出来ない。


「難しいと思いますけど」


「あ、そうやって意地悪するパターンね! でもそれでこそ悪役令嬢! この逆境を乗り越えてこそ真のヒロインってわけか」


 そもそもそんなヒロインは乙女ゲームに出てこないし、中身がこんなノリの軽さのヒロインなんて見たことがない。


 私もヒロインとしてどうかと思う性癖をしているが、一応は貴族として恥ずかしくない振る舞いはしているし、本当の中身は隠して生きている。


「ダメじゃね?」


 思わず出ていた本音だったが、馬車の音にかき消されてティアリーには聞こえていなかった。


「遊びに来ちゃった!」


 ティアリーが我が家に突撃してきたのは、学校が休みの午後で、ちょうど王子が我が家にやって来る予定の日だった。


「約束していませんでしたよね?」


「えー、友達なんだから約束なんていらないでしょ?!」


 友達だからといって約束もなしにやって来るのは貴族としてはマナー違反。


 ましてや本日は王子が来るのだからお帰り願わなければならない。


「今日は予定がありまして......」


 何とか帰ってもらおうとしていたのだが、こういう時は悪いことが重なるもので、王子がやって来てしまった。


「アリア、会いたかったよ」


 馬車から降りてきた王子を見たティアリーの目が獲物を狙うハンターのように光ったのが分かった。


「あなたがアリアの婚約者の王子様!」


 私の元へとやって来た王子の行く手を阻むように立ち塞がったティアリーは「うわ、生王子ヤバっ!」なんて口にしている。


「アリア、この子は一体......」


 困り顔の王子のことなんて気にしてもいない。


「私、アリアの友達のティアリーって言います!」


 正式な場ではないとはいえ、許可もなく王族に話し掛けるこの大胆さが恐ろしい。


「お姉様? その方はどなたですか?」


 間が悪いことにベネットまでやって来てしまった。


「こちらは同じクラスに転校してきたティアリーさんで」


「ご学友なのですね! でも、なぜうちに? 約束されてましたの?」


「いえ、していなかったのだけど......」


「約束もなしにいらしたの?!」


 ベネットの目がギラッと光ったのが分かった。


───その光が純粋に私に向けられていたら嬉しいのに......。


「ティアリーさんでしたわよね? 我が家には何の御用で? 今日は取り込んでいますから、日にちを改めていらしてくださいませんか?」


「えぇ! 友達なんだからいいじゃん! 何でそんな意地悪言うわけ? あ、あんたも悪役令嬢?! 姉妹して悪役?! ヤバっ!」


「悪役?! あなた、今私のこと悪役って言いました?!」


───玄関先でこれ......何これ、何なの?!


 面倒くさいことこの上ないのだが、何とかしなければ埒が明かない。


「ティアリーさん、今日は先約がありますので帰っていただけませんか? 後日招待いたしますので」


「はぁ?! 何でよ! いいじゃん、別に私がいたって!」


───いいわけないだろ! 空気読め!


「せっかく王子に会えたのに、どこまで邪魔すれば気が済むの?!」


 こんな状態で本当に恋が芽生えると思っているのだろうか?


───王子の顔を見ろ!


 王子はティアリーを珍獣でも見るかのような目で見ているし、心情的にはドン引きしているのだと思う。


「私がいてもいいですよね?!」


「申し訳ないけど、大切な婚約者の時間を邪魔されたくはないな」


 王子がそう言うと、なぜか私がティアリーに睨まれてしまった。


「何で? 私、ヒロインだよ?」


「何のことを言っているのか分からないが、僕にとってのヒロインはアリアだけだ」


「嘘......何これ......」


───それはこっちのセリフなんだよなぁ......。


「さぁ、お客様のお帰りよ!」


 ベネットの一言で門の外まで追い出されたティアリーはその後その場で何か騒いでいたようだったがそのうちいなくなった。

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