だってカレシいないもん
明鏡止水
第1話
カレシがいない、いたことないわけではないけど記憶から抹消したから、ほぼあれだ。
男性経験とかお付き合いエピソードなしでいーや、あたしゃ。
皆さんが旦那さんや子供や家庭エピソードを語る中、わたしは……。
関わった男性といえばお父さんのお話をするしかない。
それだけで、あ、こいつ男いないし、経験もあんまないなと、思われるだろうに。
しかし。
うちの父は優しい。
厳しい時はちゃんと厳しい。
車検はなんと12万くらいかかった。
なけなしの私が提出した5万円では到底足りない。
また母にお金あるくせに、と言うようなことを言われる。
キレて朝7時からリュックサックを背負い、水筒を持ち家出した。……30代、統合失調症の朝はそんな感じだ。
玄関扉を開けて父が私の名前を呼び、どこに行くんだ! と叫ぶ。
振り返らず駅へ。
その日は、六本木のCLAMP展後期を元々見たいと思っていたから好都合だった。
父からLINEが入っていてお金のことは気にするな、とあった。5万のままでだいじょうぶだ、と。
休みの日はスーパーのお弁当や、私が入りにくくて頼み方も知らない牛丼屋さんの並盛が用意されたりしていて。
「おう、帰ったか。
おしんことサラダもあるぞ」
と自分が休日の土日はご飯を用意してくれたりする。
だから私もできれば食費を入れたいのだが、……もうすっかり浪費家だ。
それでもお給料日に近い時は万券がある。
父が貸して欲しい、と言う時はなるべく貸す。
次の日の朝にはすぐ返ってくる。
そんな父は母からクレジットを持つこともネット通販も許可されていない。
欲しいものがある時は妹か私に頼んでくる。
「お金は出すから頼んでくれ!!」
ネットショッピングの肩代わりとは一体。
最近、父のお気に入りの崎陽軒のシウマイに付く箸置きや、お気に入りの香水瓶が消えている。
「どこにいったんだべー……」
くまなく探したらしい。
最終的な推理としてはペットが悪戯して香水瓶を机からおっことし、そこにたまたまゴミ箱があって、そのまま誤って捨ててしまった可能性、だ。
あり得る。浮上してきた説の中で一番だ。
結構まだなみなみと入っていたけど、ホントに無いらしい。
そんな父。誕生日が近い。
「金渡すから頼む! 香水(ネット通販で)買ってくれ止水!」
悲痛な叫びだ。
今回は昔から使っていた安い方にするから、と。
二人でYahoo!ショッピングとかAmazonで価格や香水瓶の容量に注意しながら情報をスクロールする。
「これ! これの60が欲しいんだ。小さいと鞄にしまえて持ち運べるから」
父はアトマイザーとかは使わないが他の持ち物はコンパクトな鞄や小さい財布、最低限のものしか持ち歩かないタイプだ。
一番安いショップを見つけたがレビューが一つもないので迷ったが、父は買えればいいらしい。気がかりだがそこで決定した。
できれば無くした香水も探し出してあげたいが、父以外が触るものでも無いので見当もつかない。
残るは崎陽軒の箸置き。
父はカップ麺なんか買うとおまけでこれが付いてきます。とか、ラーメン系のおまけが好きだ。
崎陽軒の「昔ながらのシウマイ」とかについているお醤油いりの陶器の箸置きとかも好き。
それも爪楊枝を立てていたらペットがじゃれて、幾度か紛失しそうになったが毎回阻止してきた。
あの容器は買う時期によって形や絵柄が違うような気がする。
我が家はど田舎だ。崎陽軒なんて、近くにない。横浜とか、もしくは電車で近くて1時間以上かかるルミネだかそごう? だか、なんか惣菜売り場に店舗が入ってるかな、といった具合だ。
明鏡止水は覚悟した。
こうなったら買ってきてやろうじゃねえか。
Suicaをチャージ。
ありったけのお金を持ち、いざ。
池袋のパルコの推しの子展と横浜の名探偵コナン30周年記念展へ。
もともと早めに行くと決めていたのだ。
日にちが経てばそれだけお金が出ていく。
金の切れ目が縁の切れ目、しかし。
展示は、思い出は、グッズは裏切らない!
せっかく都心に来たのに美味いものひとつ食わず。
というかおしゃれで入れず。
みなとみらい駅で買うか、横浜駅で買うか、どこがいいんだ。つか、どんだけ店舗あるんだ。
横浜駅で買うことにした。グッズに現金を費やしたのでお金がない。
Suicaなら8千円くらい残ってる
お客さんはまばらだが途切れることはなくて忙しそうだ。
私は恥をしのび、
「醤油差しが入ったやつはどれですか?! 瀬戸物の!!」
駅の喧騒に負けないように店員さんに聞いた。
正しくは醤油入れだと思う。
店員のおじさんは疲れは見せないが事務的にシウマイを紹介してくれる。
2箱あれば醤油入れも2個。無くさないだろう。
しかし、オタクでストック魔じみた自分は。
「じゃあ! この6百円の3箱で!」
余計に多く買っとこうと思った。シウマイならお弁当のおかずにもなるだろうし冷凍してとっておける。近くの親戚にあげてもいい。鮮度は落ちてしまうかもしれないけど、目当ては美味しいシウマイと醤油入れ兼爪楊枝差しだ。
店員さんは賞味期限今日だから! と念を押してそれでもいいか聞いてくれるので承知する。
袋も3枚くれた。
それほど遠出していないように見せようと思ったが、がっつり袋とシウマイの包装紙にYOKOHAMAや神奈川の警察のゆるキャラみたいな鳩が描かれていた。裏には交通ルールの喚起。
横浜までくりだしたことがバレてしまうが、まあ、いいか。交通費、高かったなあ。それに比べればシウマイさんは優しい。
そこからは自分がど田舎へ帰るための改札口を探して歩き回り。
なんとか夜中に帰宅。
卵かけご飯と納豆を混ぜたスタミナ丼で明日の仕事頑張ろ、と思ったら。
炊き込みご飯が作ってあった。
母もいろんなことをしてくれているのである。
炊き込みご飯を一杯食べて、統合失調症の食後と寝る前の薬をいっぺんに放り込んで飲む。
水筒を軽く洗って和室に隠したグッズの入ったリュックサックをそーっと部屋に移して。
収穫を味わう。
夜勤でいない父にLINEする。
「シウマイ買ったので帰ったら食べてください」
みたいな。
香水も近々届くので。
オシャレと食とおまけの小物が手に入るわけだ。
高いところには連れてってあげられないし、そもそも我が家はよそ行きのレストランのためのお洋服は持ってない。
横浜の2号館で食事をしている人たちはガラス越しでも眩しかった。ガラス越しだから眩しかった。
いつか予約を入れて食べにいくような場所で人生で一回くらいはみんなで食事ができたらいい。
ちなみにアニメや漫画の展示会に行く時はモバイルバッテリー必須だった。危なかった。7%とかになって急いで充電した。
彼氏ができたらこんなふうに尽くすのかな。
できそうにないな。でも、楽しんで一緒にいられる人がいたらいい。無理に結婚とかしなくていいのかもしれない。
とりあえず。
とりあえず。
父、誕生日が、プレゼントが、来るぞ。
良かったな。
私も良かったな。
年が明けたら母の誕生日とかも近いが。
あの人はなあ、孫が元気に遊びに来てくれればいいのでは。喜ぶことがいまいちわからない。
家事手伝おうにも普段手伝わないから上手くできないし。ちょっと複雑。
父親ともこじれると複雑だけど。
やっと送り合えるところまできた。
だってカレシいないもん 明鏡止水 @miuraharuma30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
「天国」はわからない/明鏡止水
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます