第43話 魔獣の囮

 表情が変わった戦神の大剣の戦士と治癒師に、二人がようやく自分の失態に気づいたことを僕は理解する。

 ロナウドさんを他の冒険者と同じに考えるべきではなかったのだ。

 二人の態度の変化に触れず、ロナウドさんは変わらない穏やかな態度で言葉を続ける。


「そういえば言い忘れていたけど、現在僕は迷宮暴走が起きている今、臨時とはいえ支部長に匹敵する権限を持っているから」


「……っ!」


 その言葉に、自分のさらなる失態に気づいた戦神の大剣の治癒師の顔はますます青くなっていく。

 治癒師の目論見としては支部長がいない今、周囲の人間を説得できれば、自分が助かると考えていたのだろう。

 だが、その目論見はロナウドさんが指揮官であるという前提に脆くも崩れ去った。

 実際には、支部長ミストが現れれば、変わるかもしれない臨時の指揮官ではある。

 とはいえ、現状二人の処罰に関しては関係のない話だったが。


「……わ、私は」


 このままではいけないと判断した治癒師が、何か言い訳のようなものを口にしようとするが、その言葉は途中でとだえた。

 何といえばいいのか、思いつけなかったらしい。


 何も言えなくなった治癒師と戦士の二人を、その糸目でとらえながらロナウドさんは言葉を続ける。


「迷宮暴走の際、指揮官となった人間の判断に従う。その冒険者をとして必須の取り決めを破り、迷宮都市に損害を与えた。その自覚はあるかい?」


「っ! それは支部長が逃げ出したことがそもそもの……」


 言い訳しようとした戦士に対し、淡々とロナウドさんが尋ねる。


「支部長が逃げ出したから、自分達もこの場にいる人間全てを見捨てたと?」


「……なっ!?」


 その瞬間、戦神の大剣に対する周囲の視線が一段と冷たくなった。

 今まで戦神の大剣がいた方が戦力になったのではないか、そう考えていたはずの人間さえ、戦士と治癒師を睨みつけている。

 そんな中、ようやく自分が何を話しても、自分達の敵を作るだけだと理解した戦士が、忌々しげに顔を歪めながらも黙る。

 しかし、その沈黙はさらに状況を悪化させただけだった。


「じゃあ、覚悟は決まったね」


 押し黙った二人を、もう話をする必要もないと判断したのか、ロナウドさんは変わらない表情でそう告げ──抜き離れた魔剣を振り上げた。

 振り上げられた魔剣を見た戦士と治癒師の顔に、明確な恐怖が浮かぶ。

 今になってようやく二人も理解したのだろう。

 ロナウドさんが魔剣を抜いたのは、脅しでもなんでもなく自分達を殺すためだったと。


「ま、待ってくれ! 殺されるほどのことなんて……」


 その瞬間初めてロナウドさんが、今までとは違う冷酷な笑みを浮かべ、口を開いた。


「隣街に逃げようと企んで起きながら何をいまさら。迷宮暴走が起きた時に隣街に逃げ込もうとするのは禁忌だと決められている。恨むんなら、愚かな決断を下した自分にしてくれ」


 どう振舞おうが、自分達の死は免れない。


「……そん、な」


 言外にロナウドさんがそう言っていることを理解した戦士と治癒師の顔は青を超え、白くなっていた。

 それでも、自分を待っている運命を受け入れられなかった戦士が、必死に叫ぶ。


「ほ、本当に殺すつもりなのか! 俺達は一流冒険者だぞ! 迷宮暴走の戦力が大幅に下がるんだぞ!」


 もはや、誰の心にも響かない言葉を叫ぶ戦士に対し、ロナウドさんはただ静かに吐き捨てた。


「その程度の実力で何を?」


 穏やかな表情のロナウドさんの身体から、超難易度魔獣さえ超える威圧が放たれたのはその時だった。


 それはたった一瞬のこと。

 だが、それだけでロナウドさんの実力と戦神の大剣の実力差を物語るには充分だった。


「来世では、よく考えて行動するといいよ」


 次の瞬間、絶望に顔を歪めた戦士と治癒師に、ロナウドさんの魔剣が振り下ろされる。

 同時に、魔剣から豪炎が吹き出し、一瞬の内に戦士と治癒師の身体を灰に変えた。


 その光景の後に、ギルドの前に広がったのは沈黙だった。

 冒険者達も一般人である街の人達も関係なく、誰もがロナウドさんの実力と、その手に握られた魔剣の強さに圧倒されていた。

 まるで時が止まったような沈黙は、ロナウドさんが、縄で囚われた冒険者の方へと向き直ったことで、解けることとなった。

 緊張を隠せない冒険者達に、ロナウドさんは先程のことが嘘のような穏やかな表情で問いかける。


「自分達も、この二人と同レベルのことをした自覚はあるかい?」


 その質問に、冒険者の顔に広がったのは絶望の表情だった。

 戦神の大剣の二人をあっさりと処刑したロナウドさんに対し、囚われた冒険者達が抱いていたのは、紛れもない恐怖だった。

 ロナウドさんがあの二人に向けた言葉から、冒険者達も自分が殺されても仕方ないことをしてきたことを理解しているのだ。

 冒険者の表情をじっくりと確認した後、ロナウドは言葉を続ける。


「そう、私には君達を殺す権限がある。だが、首謀者の二人は想像以上に弁が立っていたみたいだし、君達も被害者に当たるのかもしれない。──だから、君達には一度だけチャンスをやろう」


 その言葉に、ら絶望に震えていた冒険者の表情が変わった。

 そんな冒険者達へと、ロナウドさんは挑発的な笑みを浮かべ、叫ぶ。


「この迷宮暴走で自分達の罪を贖え」


 そのロナウドさんの言葉は決して大きなものではなかった。

 しかし、ギルドの前に大きく響いて、それを耳に僕は気づく。

 いつの間にか、ギルドの前にいる人間のほとんどが口をつぐみ、ロナウドさんの話に耳を傾けていることを。


「この迷宮暴走での功績で、自分の罪をこの迷宮都市の人々の評価を逆転させて、成り上がってみせろ」


 どこか楽しげにも見える態度で、ロナウドさんはそう言葉を重ねる。

 それはもはや、縄に囚われた冒険者にだけに告げた言葉でなかった。

 広場の中、言葉も忘れてロナウドさんの話に聞き入る冒険者へと、挑発的に告げる。


「君達に一つだけ教えてあげよう。──僕達、超一流冒険者の始まりは迷宮暴走だ」


 ロナウドさんのその言葉に対し、冒険者達の間から歓声が上がることはなかった。

 代わりに、ただならぬ熱が冒険者達の目に宿っていた。

 その内心に浮かぶのは一つ、自分の未来に対する希望。

 この迷宮暴走から始まるかもしれない自分の英雄譚を想像しているのだろう。

 それを確認し、ロナウドさんは満足気に頷く。

 次に、ロナウドさんが顔を向けたのは、冒険者達の熱に当てられたのか、興奮で顔を赤くした街の人達だった。

 そんな彼らへとロナウドさんは頭を下げた。


「まず初めに、ギルド支部長と一部の冒険者の暴走を謝罪いたします」


 迷宮都市でさえ名が響いている超一流冒険者が謝罪するなど考えてもいなかった街の人達の間に、動揺が走る。

 そんな反応もまるで気にすることなく、顔を上げたロナウドさんは笑顔で言葉を続ける。


「ですが、もう心配はなさらないでください。僕達超一流冒険者がいる限り、迷宮都市に危険がないことをお約束致します」


 僕は師匠から、迷宮暴走の危険さについて話されており、師匠達でも危険であることを聞かされている。

 それでもその言葉を信じてしまいそうなほどに、ロナウドさんは堂々とした態度で笑う。

 そのロナウドさんの態度に、少なからず不安を覚えていたであろう街の人達の間に、安堵が広がっていくのが分かる。

 一礼した後、冒険者達に指示を出し始めたロナウドさんの背中を見ながら、街の人達は興奮気味に口を開く。


「超一流冒険者様が来て下さって、本当に良かったな!」


「ええ! これなら、迷宮暴走も何とか……」


 その顔には、先程まででは考えられなかった喜色が浮かんでいた。


 けれど、その街の人達と対照的に、僕の心には不安が浮かんでいた。

 たしかに、ロナウドさんの言葉は一見聞こえがいいものだった。

 騒ぎを起こそうとした冒険者達にチャンスをあげる、そう言えば情けをかけてやったようにしか聞こえない。


 ……しかし実際には、騒ぎを起こした冒険者でさえ、そうして働かさなければならない現状であることを僕は理解していた。


 本来迷宮暴走が起きた時ほど、冒険者の暴走は起こりやすく、罰を強くするのが通常だ。

 指揮する人物に強大な権限があるとギルドが定めているのも、それが理由。

 それができないことこそが、何より雄弁に現状の人手不足を語っていた。

 ……明らかな罪を侵した冒険者でさえ、戦力で数えなければならないほど、現状の戦力は欠けているのだ。


「……僕が気づいていれば」


 本で得た知識からそのことを判断できたからこそ、僕は後悔を抱かずにはいられない。

 せめて、戦神の大剣をもう少し警戒していれば……。

 そんな僕の思考を中断させたのは、少し不機嫌そうな態度の師匠の声だった。


「ラウスト、ナルセーナ、ギルドの奥の部屋にこい」


 それだけ告げると師匠は、僕達の返事も待たず、師匠はさっさとギルドの方へと戻って行ってしまう。

 気づけば、冒険者達を指示して、囚われた冒険者達の縄を解かせていたロナウドさんもギルドの方へと向かっていた。

 それを見た僕は、そばにいたナルセーナへと口を開く。


「今後についての相談てところかな?」


「そういえば、まだ支部長に関することは私とジークさん達は、何も聞いてませんもんね」


「……ああ、そうだったね」


 姿を消したエルフの支部長、ミストのことを思い出し、さらに憂鬱な気分になる。

 そう言えば、冒険者達の逃亡で場が騒がしかったこともあり、まだあの支部長に関して説明できていなかった。

 一体どう説明すればいいのか……そう悩みながらも、僕はナルセーナと共にギルドの奥へと足を進めていく。


「私は以前言っただろう? ああいうやり方は好きではないと」


 ギルドの奥、皆が居ると思わしき客室から、師匠の不機嫌そうな言葉が聞こえてきたのはその時だった。

 どうしたのかと思い、急ぎ足で客室に入った僕達の目に入ってきたのは、ロナウドさんを半目でで問い詰める師匠の姿だった。

 先に部屋の中にいたジークさん達も状況が分かっていないのか、動揺を顔に浮かべている。

 そんな周囲を他所に、師匠はロナウドさんへと口を開い,


「ロナウド、お前逃亡した冒険者達を利用したな? ──魔獣達の囮として」


 ……そして師匠が告げたのは、まるで僕達が想像もしていなかった言葉だった。

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