第5話 ジークさんの頼み
「……突然のことで驚かせてしまった。本当にすまない」
アーミアが去っていき少したった後、ジークさんは僕とナルセーナへとそう謝罪の言葉を口にした。
だが、謝罪を告げたその顔にも隠しきれない困惑が浮かんでいて、アーミアの行動にはジークさんも驚いていることが伝わってくる。
「アーミアは未だショックから立ち直れていない」
……だが謝罪の後、アーミアが走り去った方向を見つめ、そう呟いたジークさんの表情は深い心配が浮かんでいた。
その表情に、僕はジークさんが本気でアーミアを心配していることを理解する。
アーミアの様子は、現在は部外者である僕が見ても痛ましさを覚えるものだった。
アーミアと現在パーティーを組んでいるジークさんは、どう感じているか僕には想像もつかない。
ふと隣に目をやると、この場で一番アーミアに対して反感を抱いているだろうナルセーナも、どこか罰が悪そうな顔をしている。
「すこし、頼みごとをさせてもらっても良いだろうか」
そして、そんな僕たちへとそうジークさんは口を開いた。
「稲妻の剣との確執も知っている。だが、アーミアのために手を貸して欲しい」
「っ!」
ジークさんの言葉にたいし、ナルセーナが反応する。
そんな頼みごとを受けるつもりはないと、態度だけで示しながら。
「ナルセーナ、ありがとう。でも僕は大丈夫だから」
だが、僕は何か行動を起こす前、ナルセーナへと制止の言葉を投げ掛けた。
アーミアのために手を貸して欲しいというジークさんの言葉、それに僕は不快感を覚えないわけでは無かった。
どうしてアーミアなんかのために、という気持ちを僕は抱いている。
だがそれでも、アーミアのあの痛ましい姿を見た上、先程助けてくれたジークさんが頼みごとをしている状況で、きっぱりと断られる程、僕は無情でもなっかた。
─── それに、今の僕は少しぐらいなら、他人にお裾分けしてもいいんじゃないか、そう思える程幸せだった。
「……わかりました。お兄さんがそういうなら」
僕の言葉に渋々と言った様子で口を閉じるナルセーナを見て、僕は思わず笑みを浮かべる。
僕のためにナルセーナが怒りを露わにしてくれている。
それだけで、どれだけ僕が幸せと有り難みを感じているのか、憮然とした表情を浮かべるナルセーナは知らないだろう。
その事実に、より一層ナルセーナに対する愛おしさを覚える。
そして気づけば僕は、ナルセーナの頭に手を伸ばしていた。
「ふぇっ!?」
僕の突然の行為に、ナルセーナ顔を朱に染め、変わった驚きの声を上げる。
そのナルセーナの様子に、僕はやってしまったという焦燥を覚えながらも、それでもこの機に感謝を伝えようと口を開いた。
「本当に、ありがとう。ナルセーナ」
「え!?い、いえ!わ、私達はパーティーメンバーですから!」
僕のその言葉に対し、ナルセーナは慌てた様子で、そう答えた。
だが、ナルセーナは僕の手を嫌がる素振りを見せることはなかった。
そのナルセーナの様子に、胸の中に愛おしさと幸福感が溢れ出し、僕は思わず顔を緩める。
「協力出来るかは分かりませんが、まずは話を聞かせてもらえないでしょうか?」
その表情のまま、僕はジークさんへとそう話しかけた。
「ありがとう」
今までジークさんは少し気まずそうな表情だったが、その僕の言葉で、顔に安堵の表情を浮かべ、そう口にする。
「少し長い話になるが……」
その前置きの後、ジークさんの話が始まった。
◇◆◇
「……そんな、ことが」
数分後、ジークさんからアーミアが今の状態になるまでの経緯を聞いた僕は、そう答えることしか出来なかった。
……ナルセーナに至っては、最早絶句してしまっている始末だ。
ジークさんから聞いたアーミアと稲妻の剣の一件、それはそれ程衝撃的なものだった。
アーミアは、自身の今までを後悔し、やり直そうとした。
……だが、アーミアの決心は、自身が必死に支えようとしたマルグルス達によって裏切られた。
それは、この迷宮都市の人間が聞けば悲劇ではなく、ただの喜劇にしか感じられないだろう。
この迷宮都市は、マルグルス達のような人間が溢れる場所だ。
そんな中で、人の本質を見抜くことができず、面白いように騙されたアーミアは、滑稽にしか感じられないだろう。
しかし、アーミアの純真さを知っている僕は、そう割り切ることは出来なかった。
前にも言ったように、僕は決してアーミアに対して良い感情は抱いていない。
その純真さのあまり、マルグルス達を盲信した彼女の様子が僕には受け付けられなかったから。
だからこそ、あのアーミアが自分のことを思い直し、やり直そうとしていたことを聞いた時、僕は驚きを隠せなかった。
アーミアは、そんな風に自分を省みられる存在だと、僕は思っていなかった。
だから僕は、アーミアに驚くとともに感心を覚えた。
自分をただの孤児から、一流冒険者へとなり上がらせてくれたマルグルス達に、アーミアは憧れと感謝を抱いていた。
だが、盲目的な感情を断ち切り、その上でマルグルス達を支えようとした決断は、アーミアが悩み抜いて出したものだろう。
悩み悩み、後悔して、その上で出したものなのだろうと、ある程度の期間パーティーメンバーだった僕は理解出来てしまう。
………だからこそ、その思いを裏切られたアーミアは、立ち直ることが出来ないのだ。
「………酷い」
ぽつりと、ナルセーナがそんな言葉を漏らす。
その眼に浮かぶのは、今はもうこの場所にいないマルグルス達への嫌悪感。
その気持ちは僕も同じだった。
「アーミアのことで頼みたいことがある」
表情が曇った僕達に対し、ジークさんはそう口を開いた。
「君達にこんなことを頼むのは筋違いだとは分かっている。だが、アーミアをこのままで放っておくことは出来ない。だから頼む。アーミアと話し合ってくれないか?」
そう告げたジークさんの顔には、隠しきれない苦悩が浮かんでいた。
その表情は、ジークさんがその言葉を告げるのにどれだけ悩んだかを示していた。
第三者の上、事情もあまり知らないのにもかかわらず、僕とアーミアの関係に足を踏み入れることを、ジークさんは出来る限り避けたかったのだろう。
「無条件で、アーミアを許してくれなんて言うつもりはない。だがそれでも、アーミアと一度話し合ってほしい。アーミアは、君との関係をかなり思いつめている」
だが、それでもジークさんは敢えてそのタブーを犯した。
そのことから、どれだけジークさんがアーミアのことを心配しているのかが伝わってくる。
「……申し訳ありません。僕にはその頼みは答えられません」
………だが、それを理解しても僕には首を縦に振ることは出来なかった。
「っ!」
僕の返答に対し、一瞬ジークさんの顔に焦燥が浮かぶ。
「すまない。肝心の報酬のことを言い忘れていた」
だが、直ぐにジークさんは冷静さを取り戻し、言葉を続けた。
「報酬に関しては、フェニックスの討伐の報酬を全て君達に渡したい。もちろん、パーティー内で話し合っての結論だ」
「………え?」
「……嘘」
そのジークさんの言葉には、僕も動揺を隠すことは出来なかった。
フェニックスの討伐の報酬を全て僕達に渡す、それは破格の報酬だった。
その上、そんなことをすればジークさん達のパーティーは明らかに赤字になる。
「だから、頼む!」
しかし、それでもジークさんは迷う素振りさえ見せなかった。
その仲間を気遣うジークさんの姿は、僕の胸を打つ。
「………申し訳ありません。報酬の問題ではなく、僕がアーミアを許したところで、何の意味も無いのです」
「なっ!?」
……だが、僕はそのジークさんの頼みを受け入れることは出来なかった。
「待ってくれ!今の状態ではアーミアをフェニックス討伐に参加させることは出来ない。だが、アーミアが元の調子に戻りさえすれば、確実にフェニックス討伐は楽になるはずだ!」
僕の言葉に対し、ジークさんは焦ったように言葉を重ねる。
僕をなんとか説得するために。
……だが、僕がジークさんの頼みを引き受けない理由は、決してアーミアを許せないからではなかった。
ただ、僕が何をしたところで、アーミアを救うことは出来ないのだ。
「僕が許しても、アーミアが元に戻ることはないと思いますよ」
「…………は?」
その僕の言葉に、ジークさんは何を言われたのか分からないと言いたげな様子で、言葉を失う。
「おそらくアーミアは、僕に償うことに執着することで、稲妻の剣に裏切られた虚無感を拭おうとしているだけだと思いますよ。僕が許そうが、許さなかろうが、アーミアが虚無感を忘れることはない。……いえ、許した方がアーミアに対する衝撃が大きいかもしれない」
しかし、相手の反応を無視して続けた僕の言葉を聞いた瞬間、ジークさんは動揺を顔に浮かべた後、ぽつりと言葉を漏らした。
「……そういうことか」
そのジークさんの言葉には、深い納得が込められていた。
その様子に僕は、ようやくジークさんもこの件はどうしようもないことに気づいたのを悟る。
アーミアのあの状態の理由は、僕に対する罪悪感が理由ではない。
今もアーミアの胸を占めているのは、マルグルス達のことで、僕に対して償おうとするのは、それを誤魔化そうとしているだけに過ぎない。
だから、僕が何をしようとしてもアーミアを元気づけることは出来ない。
……そのことを理解したジークさんは、気落ちしていることを隠せない様子で、明日フェニックス討伐について、パーティーメンバー同士で話し合おう、とだけ告げて喫茶店から去っていった。
「……大丈夫かな」
僕は、肩を落とし去っていくジークさんの背中を見て、そう呟くことしかできなかった。
だが、自分ではこの件に関わることが出来ないのを理解して、僕は嘆息を漏らす。
ただ、何とかアーミアが早めに立ち直ることを祈りながら、僕は喫茶店を去ろうと立ち上がる。
「……あ、あの、お兄さん」
「え、どうしたの?」
ナルセーナが、恐る恐るといった様子で声をかけてきたのは、その時だった。
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