第36話 ヒュドラ戦 Ⅰ
「FU─────u!」
咆哮を上げるヒュドラ。
その目にはナルセーナなんて一切映っていない。
ただ、僕だけに敵意を向けてきていて、肌にピリピリと感じる殺意に、どれ程恨まれているのかと僕は思わず口元に苦笑を浮かべる。
「だけど好都合だ」
しかし、その殺意は僕とナルセーナにとって好都合でしかなかった。
僕達の戦闘スタイルは、僕が防御と足止めをして、ナルセーナが攻撃するというもの。
つまり、僕だけにヒュドラが集中し、ナルセーナが攻撃しやすい状況になればそれは酷く好都合なのだ。
「これなら……」
だから僕は僅かに安堵を抱く。
正直、防御に徹する状態でできる攻撃は、あくまで牽制程度。
変異前のヒュドラにさえ、その牽制では十分な注意を引くことが出来なかったのに、変異した後では、先に攻撃担当のナルセーナに向かっていかれると僕にはどうしようもない。
だからこそ、今の事態は望む限り最高の事態だと言って良いだろう。
「FU──────u!」
そう理解していたからこそ、ヒュドラが僕へとめがけて一つの頭を向けてきた時も、僕は冷静そのものだった。
魔力探知に加え思考加速を行い、そしてその瞬間目の前に迫るヒュドラの頭に対し、思わず口元に笑みを浮かべる。
魔力探知で理解できた変異してヒュドラの動き、それは速度以外は変異前と全く同じだった。
つまりそれは変異前と同じやり方でも、十分ヒュドラの攻撃を対処することができるのを示していて。
「…………は?」
………だが次の瞬間、防御したはずの僕は宙を浮いていた。
「お兄さん!」
どこか遠くから聞こえたナルセーナの悲鳴と、身体に感じる浮遊感に、ようやく僕は自分がヒュドラに吹き飛ばされていることに認識する。
「っ!」
地面に落ちる時、何とか受け身を取ることができたが、ヒュドラと距離が離れてしまう。
魔力探知を近距離にしたおかげで、10メートル以内なら僕はどんなことにも対処できるようになるが、それ以上遠くのことが分からなくなる。
つまり今、僕はヒュドラがどこにいるかすら分かっておらず、だから僕は一度魔力探知をやめ、ヒュドラのもとに戻ろうとして。
「なっ!」
……その前に、自分に向かって放たれていた魔法の存在に、動揺を漏らすことになった。
大袈裟に地面を転がり、何とか魔法をかわしながら僕は、今更ながらヒュドラの脅威を理解する。
たしかにヒュドラは変異前とあまり動きは変わっていない。
だが、その基本性能が大幅に変わっていた。
僕はたしかにヒュドラの攻撃を受け流した。
……なのにああもあっさりと吹き飛ばされた。
それは変異前とは全く比べ物にならない筋力で、受け流しても吹き飛ばされてる程の筋力差が、僕とヒュドラの間にはあるのだ。
さらには、先程の魔法。
僕が吹き飛ばされて受け身を取るまでの時間は一体どれ程だっただろうか。
その間は決して長い時間ではない。
なのにその間にヒュドラは魔法を構築し、放っていた。
……そんなことを出来るのは、僕の知る限り師匠しかいない。
ヒュドラのありえない程の強化と、ありえない程高度な魔法の技術。
それに僕は今更ながら、変異したヒュドラがどんな存在なのかを理解する。
………このままでは、絶対に勝てない存在だと。
「それが、どうした?」
── なのに、その事実を知っても僕は不思議なほど動揺しなかった。
「止まれ!こっちを見なさい!」
必死にヒュドラをスキルを使って殴り、ナルセーナが足止めしようとしているのが見える。
その拳は、巨大な胴体を有する、ヒュドラの内臓部まで衝撃が届かず、ヒュドラは一切動きを止めない。
それでもナルセーナは僕を助けるため、必死に拳を振るう。
「はは、」
そしてその姿に僕は思わず笑っていた。
ヒュドラはナルセーナを無視して僕の方へとやってきていて、このままでは負けてしまうことぐらい僕は理解していた。
でもそのことさえ、頭から抜けてしまう程の熱い何かを僕は感じていた。
ようやく得た、仲間という存在に僕はそれ程の感動を覚えていた。
ーー 私と、お兄さんがいれば負ける訳がないでしょう!
僕の頭にナルセーナの言葉が蘇る。
「ああ、本当にそう思うよ」
ヒュドラには今のままでは勝てない。
「だったら、今以上の力を出せばいい」
だがそんな理由で、いまの僕は止まるつもりはなかった。
今以上の力を出す、それは決して簡単なことでは無いのだろう。
それくらい僕は理解している。
いや、常に限界と向き合い、何とか力をつけようと必死になっていた僕は、誰よりも理解しているつもりだ。
── なのに、今僕は自分の限界をあっさりと越えることができると、疑うことなく信じていた。
「FU───────u!」
ナルセーナの必死の足止めを、全く気にすることなくこちらへと向かってくるヒュドラ。
そのヒュドラに僕に辿り着くまであと何秒か?
「それだけあれば十分だ」
そのカウントダウンをはっきりと意識して、僕は笑った。
次の瞬間、僕は魔力探知を発動して、しかし僕は魔力探知の後、思考加速を発動しなかった。
魔力探知で脳に入ってくる情報量は膨大で、一般人であれば、一瞬で意識を失うだろう。
だから僕は、思考加速を発動することで処理し、何とか戦闘に活用できるまでになっていた。
「あがっ、」
……けれども、魔力探知で得た情報を思考加速無しで、処理しようとするには、ある程度慣れた僕でさえ酷い負荷を覚える。
頭に割れるような痛みが走り、鼻から血が流れていく。
情報力が多く、少しでも気を抜けば処理出来ず、思考が止まって意識が止まるだろうことを本能的に察知する。
「でも、ちゃんと、思考が出来る、」
それでも、僕はまだ笑えている。
思考が出来て、つまりまだ戦闘が出来る。
そう思い込み、次の瞬間僕は自分の身体を気で強化した。
僕はヒュドラの動きを完璧に理解している、だったら思考加速がなくても、身体強化があれば、対応できると、そう思い込んで。
「ぎっ、」
………しかし次の瞬間、頭痛がより一層まし、その場に崩れ落ちそうになる。
最早その時になれば、自意識さえ虚ろだった。
自分は何なのか、そんな問いが頭に浮かぶ。
「お兄さん!」
「FU──────u!」
ナルセーナの悲鳴が響き、いつのまにか、ヒュドラが目の前にまで迫っていた。
動かなければならない、そう思いながらも身体は動かない。
それの事実に危機感を覚えながらも、一方で僕は納得もしていた。
何せ魔力と気、その扱いはひどく難しいものなのだから。
ただ両方を同時に使うというだけでも、酷い難易度を誇る。
こんな一瞬で使い方を変えられる訳が無かったのだ。
でもそう考え、僕は笑った。
「それでも、やると決めたんだよ」
「FU─u!」
明らかに限界を迎え、そんな中でも笑う僕に対してヒュドラは動揺を漏らす。
「うぉぉぉぉぉおおお!」
そしてその瞬間、僕は雄叫びを上げながら身体に力を入れていた。
少し身体を動かそうとするだけでも、頭が酷く痛み、意識が飛びそうになる。
しかしそれを無視して僕は立ち上がろうと身体に力を入れる。
「FU──────u!」
「くあっ、」
次の瞬間、僕は何かがふっきれる感覚とともに立ち上がり、その次の瞬間ヒュドラの攻撃を完璧に受け流していた。
ぎりぎりの回避だった。
あと数巡立ち上がるのが遅ければ、僕はヒュドラの毒牙を諸に受けていただろう。
そうすれば死んでいたのは間違いない。
「今からが、本番だ」
しかし、そのことを理解しつつ、それでも僕は一切動揺することなくそうヒュドラに言い放つ。
「FU────u!」
「…………え、」
………だが、次の瞬間ヒュドラは、僕の方から背を向けナルセーナへと向かって走り出した。
一瞬の困惑の後、僕の顔から血の気が引く。
ヒュドラの攻撃を受けるためだけに自分では、ナルセーナの方へと向かっていくヒュドラを止められない。
「ナルセーナ!」
次の瞬間僕は悲鳴のような声をあげた………
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