第31話 忙しない仕事依頼
「あー~~しんどい!」
エルフの森から懐かしい我が家に帰ったオレは、玄関先でへたり込んでしまった。
人間界は朝だ。時差のせいなのか、ものすごく眠い。
「寝たいっ」
彼らが欲しがるものを渡してきたが、命を失った訳じゃない。
しかし、父親の威厳はどうだろうか。
「父。お疲れ様だったな、ベッドに運ぼう」
「タイラー、ありがとう」
ひょい、とオレをタイラーが抱え込んだ。ぶっきらぼうな言葉だが喜々と、尻尾を左右に揺らしている。
「とおさんのおかげで、エルフの森に行く鍵と鍵師の生業資格を貰えて嬉しいですわ」
メアリー・アンも喜びの舞を踊っているのが、見なくても床が軋む音で分かる。
その娘から、突然「ミリアルデイア政府とアンブリア=ジーノさんから連絡ありましたよ」と重要な話しをされた。
「いつだ?」
「エルフの森に行ってすぐですわ」
何週間前の話しだ。そりゃあ。
どうやって連絡をし合っていたんだよ。教えなさいよ、そういうことは。
「あたしが知り得た情報は全部お伝えしましたから、安心してくださいね」
「お前ェ」
簡単に情報漏洩をしてくれているな。悪びれる様子もないじゃないか。
いつから、そんなイケない娘になったんだ。
「もちろん。とおさんがエルフの妻を娶って、子作りをしたことも。お知らせ済みですわよ」
「余所様にっ、余計なことを言うんじゃないよっ」
もう、最悪だよ。言う必要がないことをペラペラと。
項垂れてしまったオレを気にもしないで、メアリー・アンが話しを続ける。
「とおさんからも、お話しをお聞きしたいとのことでしたが」
「はぁ、……そぅか」
「それに先方のみなさんも、とおさんに仕事の依頼があるみたいでしたわ」
タイラーの小脇で「オレに仕事の依頼か」と目を泳がせた。
このままゆっくりと休みたい心境なんだがなぁ。
ミリアルデイア政府とアンブリア=ジーノが急に来られても困るよ。
「父、ベッドと椅子。どっちに行く?」
「椅子だな、ジーノさんに電話をしょう」
「分かった」
足の向かう場所が変わる。
ゆっくりと椅子に下ろされた。
「じゃあ、父。僕も仕事があるから、このまま行かせてもらうよ」
「お前は、オレの素性を知りたくはないのか?」
「父には感謝している。興味がないってことはないけど聞く気はないね」
真っ直ぐに笑う彼の表情に「そっか、わかった」と言い返した。
「久しぶりに遠出を一緒に出来て嬉しかったよ」
「またな、父」
正面から抱き合ってタイラーは玄関に向かう。
途中でメアリー・アンに「お前もヤバいだろう? どんなスケジュールかは知らないけどな」と声をかけた。
「ええ。あたしだって行きますよ! 馬鹿兄貴のくせにえらそーに!」
そりゃあ、そうだよな。踊り子って副業もあるんだからな。
子どもたちの副業の盛況には喜ばしくも誇らしいが、寂しいって気持ちは確かにあるよ。
「メアリー・アン。お前もオレのことは知らなくていいのか?」
「妖精からすべて聞いていますから、ご安心くださいな」
メアリー・アンはオレの頭に口づけをして、タイラーの尻を蹴り飛ばして家から出て行く。
妖精から全てを聞いているというのは初耳だな、どういうことなんだろうか。まァ、いいってことにしておこう。
残された部屋の静寂に、ほぅ、と息を吐いた。
ばっしん! と両手で頬を叩いた。まだ、寝られない。
「よいしょっと」
横のテーブルの上にある電話を持ち上げて、下敷きにしていた上質の紙である名刺を取り出す。
前に名刺を摘まみ出すと、周りに魔法陣が禍々しい光りを放って浮かび上がる。
「《通話》を」
指先から名刺が横のソファー椅子に飛ぶと『ご結婚、おめでとうと言うべきかしら?』とアンブリア=ジーノの姿となってオレを見た。
スーツではないラフな格好である彼女に、ああ、とオレも頭を掻いた。
「朝からすいません」
『気にしなくてもいいですよ。それでエルフの奥様はどこなのかしら? 別居婚というものにするのかしら?』
「妻はオレの実家の方に行きました。時期、会います。エルフ王ブブルブには、……を渡しました」
……を渡した、の言葉にジーノは首を傾げたが、すぐに手を手のひらの上で弾き叩いた。
『いい架け橋をつくってくれましたね。クボヤ鍵師』
「そうですか」
手渡したものでどうするかは聞きたくもない。どうせ、もうエルフの森に行くこともないだろうしな。
まぁ、こっそりは行くかもしれないな、あの女神がご加護を与えてはくれるはずだとしても、オレの子どもだ。
今はいい。今は仕事依頼の話しが先だろう。
「それで。仕事依頼というのは、一体どんな案件なんでしょうか」
オレの問いかけにジーノが人差し指を立てた。
『メイニー王国の戴冠式があることはご存知かしら?』
「巷の噂程度なんですが、はい、一応は」
ミリアルデイアとは和平な関係。メイニー王国は数少ない王権絶対主義国家だ。神信仰も強いとか、建国する際に与えられた神器もあるらしい。
前国王は九十九歳で崩御。老衰だ。その息子、王太子は王太子妃と十年前以上前に交通事故で、すでに他界。二人に子どもがいなかった。
しかし、王太子には浮気相手がいた。年下のメイドとの忘れ形見、認知もされた一人息子。
「愛人との子ども、デレデール様が戴冠されるんですよね?」
前国王の生き写しの風貌で、王太子以上の知能の高さで話術も巧みの人たらしだとか。巷でも噂があったな。
『戴冠式で使うものを入れた金庫が開かなくなってしまったようで、あなたに依頼が入っているの。行ってくださるかしら? 今すぐに』
「今、時差で時間感覚が曖昧なんですが、いつでしたっけ? 戴冠式」
『明日の朝です』
ずがん、オレの眠気がぶっ飛んだ。
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