第4話 「人生手帳」

えーっ…………と、何これ…………。


「いいじゃないかあと一巻くらい!」

「ダメです!ぜっっったいにあと一巻じゃすまないですから!これは渡せません!」


ん?あの子が手に持ってるのって……ラノベ?一冊のラノベを巡って、小さな女の子と大人のお姉さんが追いかけっこをしている…………?なんで?


―――――と、その時。突然お姉さんと目が合った。


「ん?あれっ!?」

「!??」


やばっ!??

―――――……あ。しまった。びっくりしてつい、ドアを閉めてしまった。


「…………」

どうしよう。また開けるべきだろうか。でも、ちょっと気まずい。なんかお取込み中っぽかったし。う~ん…………。

と、私がドアの前で悩んでいると。


「あの……お待たせしてすみません。もう少しかかりそうなので、中でお待ちください。散らかった汚い部屋で申し訳ないですが……」

ドアが開き、中から、さっきの女の子が申し訳なさそうに腰を屈めながら出てきた。


「えっ??あ、は、はい。どうも……」

困惑しながらも、女の子の後に続いてドアの向こうに入る。


「はあ……全く、読み終わったらちゃんと片づけてほしい、って何回も言ってるのに……」

ブツブツと愚痴をこぼしながら、女の子が先導して床に落ちているラノベを拾って道を作ってくれる。私はその後を行く。

それにしても……改めて部屋の中を見渡してみると。


小さめのソファが二つに、テーブル、仕事や勉強に使うようなしっかりした机と椅子。そして壁際に本棚があり、広さは、テレビ局とかにある芸能人の楽屋くらい。人が二人住むにしては、少し心元ない広さの部屋のように見えるけど……一体なんのための部屋なんだろう。


「むほほ……ほほ…………」

さっき女の子を追いかけまわしていたお姉さんは、ソファに座って、さっき取り合っていたラノベと思わしき本を読んでいる。大人としての尊厳を捨てたような、本当に楽しそうなニヤニヤ顔で……。


「こちらに座ってお待ちください。……もうしばらく、時間がかかるかと思われますので…………」

女の子は、ラノベに夢中になっているお姉さんを軽く睨みながら、その向かいのソファに案内してくれた。


「ど、どうも……」

「ユーリ様、なるべく早くしてくださいね。もう既に三十分くらい待たせてしまっているんですから。……聞いてますか?」

女の子がお姉さんの隣に座りながら言う。が、お姉さんからの返答はない。


「全く……。すみません、こちらのユーリ様は、一度こうなってしまうと一巻まるまる読み終わるまで一切周りの声が聞こえなくなるんです……」

「あ、あはは……。えっと、ユーリさん?は、ラノベを読むのがお好きなんですね」

「ええ。正確に言えば、百合ラノベ……というものらしいです。私にはよく分かりませんが」

「は、はあ……百合ラノベ……」

百合、って女の子同士の恋愛の時に使う言葉だよね?


「………あの、改めてお詫び申し上げます。本来であれば、あの白の間ですぐに我々がご案内しなければならないのですが、こちらの都合で大変お待たせしてしまいまして。本当に申し訳ありませんでした」

そう言うと、女の子は背筋をしっかりと伸ばして丁寧なお辞儀をした。

実の年齢は分からないが、こんな小さな子供にこれほど丁寧な誤り方をされると、なんだか逆にこっちが申し訳なくなってくる。


「い、いえ、そんなに気にしてないので。頭を上げてください。……それよりも、いろいろと聞きたいことがあるんですが…………えっと、あなた達は何者なんですか?それに、この場所は一体……?」


私が聞くと、女の子は頭を上げて再び話始めた。


「挨拶が遅れました。こちらは、ユーリ・トートイア様。人生を終えられた方々の、死後の行き先を選定し、案内する女神様であらせられます。そして私は、その補佐役かつ女神見習いの、メナ・トートイアと申します。よろしくお願いいたします」

「ど、どうも。……えっと、死後の行き先、ってことは、その……やっぱりもう死んでるんですね、私……」

「はい、残念ながら……」

「……そう、ですか……」


まあ薄々察してはいたけど、改めて明言されるとやっぱりちょっとショックだ。

―――そういえば。いろいろあって忘れてたけど、結局空音は助かったのだろうか。


「あの。私が死んだのって、交通事故じゃないですか。その時、私と一緒にもう一人女の子がいたと思うんですけど、その子ってちゃんと生きてますかね?ここに来たりしてませんか?」

「あー……すみません、その方がご存命でいらっしゃるかはちょっとわかりかねますね……」

「そうですか……。私が死んだ瞬間とか見れたら……とか思うんですけど、それも無理ですかね……?不思議な女神パワー、的なやつで」

「そうですねえ…………見るのは不可能ですが、『人生手帳』を読めば事故当時の状況が分かるかもしれません。少々お待ちください」

そう言うと、メナちゃんはソファから立ち上がって、部屋の隅にある仕事机の方に向かった。


「『人生手帳』?なんですか、それ?」

「その人の一生について、良い行いも悪い行いも全てもれなく記録された書物のことです。我々は、それを読んでその方の死後の行き先を選定するのです」

「へえー……。悪い行いが多ければ地獄行き、とかですか?」

「そうですね。まあ、よっぽどの悪人でない限り、地獄に行くようなことはありませんが。…………あれ?」

メナちゃんは、机まで辿りつくと不思議そうに声をあげた。


「どうしたんですか?」

「ここに置いてあったはずの琴葉さんの人生手帳が無いんです。おかしいですね……部屋に届いた後、確かにここに置いたはずなんですが……」

「私も探すの手伝います。元々は私のお願いですし」

「すみません、お願いします。ここには紛らわしい本が沢山あって、一人で探すのはなかなか大変なので、助かります」

「え?紛らわしい本……って、この床に散らばってるラノベたちのことですか?」

「はい……。表紙がそっくりです。というか、ユーリ様が手帳の方をそのように変更されました。以前は、真っ白な背景に名前だけ書かれたシンプルなものだったのですが。それだとつまらないとのことで……」

小さくため息を吐きながら、メナちゃんはソファに座っているユーリさんを呆れてたような目で見つめる。


「あ、あはは……。大変そうですね、メナさん……」

「ええ、本当に……。でもまあ、あんなのでも一応女神様ですから。能力は本物ですし、女神見習いの私としては学ぶことも多いんですよ」

「へえ……」

どう見ても、見た目はただの人間……というか、人間の中でもわりと下の方の人に見えるけれど。……っと、そんなこと思ってたら罰が当たりそうだ。やめとこう。


「ま、その能力をもっとまともなことに使ってくださればもっと尊敬できるんですけどね」

「あははは。……えっと、それで、どうやって見分ければいいんですか?ラノベと、その人生手帳って」

「ああ、すみません。つい話が脱線してしまいました。ええと、確実なのはタイトルを確認することですね。必ず琴葉さんの名前が入っているはずです」

「なるほど」

「それと、表紙のイラストが琴葉さんに似たキャラクターになっているはずです。……まあ、琴葉さんを二次元のキャラクターとして描いているので、正確に言えば琴葉さんそのものなのですが」

「なるほど。……え、それってちょっと恥ずかしくないですか?」

「あー…………。ふふっ、言われてみればそうですね」

メナちゃんは、はっと気づいたようなリアクションをしながら笑った。幼い少女特有の純粋な可愛らしさを含んだ笑顔で。

……あれ、そういえばメナちゃんって本当は何歳なんだろう。見習い、っていうぐらいだからまだ子供なんだろうか。


「あの……」

「はい?」

「あ…………。えっと…………。……人生手帳って、どのくらいの厚さなんですか?人生の全てが書かれてるくらいですから、辞書くらい分厚いとか?」

やっぱり聞くのはやめとこう。なんかこわい。


「いいえ。何冊かに分かれているので、一冊の厚さはそれこそライトノベルと同じくらいです」

「へえ……じゃあいっそう見分けがつきませんね。……あれ?じゃあ、私のやつも何冊かに分かれてたってことですか?」

「はい。確か、琴葉さんのは三冊に分かれていました。ですから、それがまるごと全部なくなるっていうのはありえないはずなんですが……」

「確かに……不思議ですね」


―――――と。その時。


「っはああああーーーっ!!??」


「「!??」」

突然、背後から奇声が聞こえてきた。

他でもない、ユーリさんの声だ。振り返ると、ソファの上でぐったりしている。


「ユ、ユーリ様……!?どうされたのですか……!?」

「メナちゃん、聞いてよ!この百合ラノベ、とんでもない駄作なんだ!」

「は、はあ……?」

「なんで二人がくっついてないのに終わっちゃてしまうんだ!?これまでずうっと彼女の片思いを見守ってきたのに!それが実って、イチャコラするのが見たいのに!たった三巻でいきなり終わってしまうとは!」

「……そ、そんなくだらないことで奇声を上げないでください」

「そんなこと、で済まされることではないだろう!?し、しかも、最後は主人公がトラックに轢かれて終わりだなんて!とんでもない投げやりエンドじゃないか!」


…………ん?


「打ち切りか!?俺たちの恋愛はここからだ、ってか!?」

「あの、声量がうるさいです。あと読み終えたのなら仕事してください。琴葉さんはずーっと待ってるんですよ」

「うん?……あれ、君はさっきの?人間はこの部屋には入れないはずだが……」

「ユーリ様があまりにも待たせるので、特別に部屋の中でお待ちいただいているんです。ていうか、ちょっと前からいましたよ?」

「お、お邪魔してます……」

「そうだったのか、それは済まなかったね。でももう少しだけ待ってくれないか?ちょっと出版社にクレームを……」

「ダメです。仕事してください」

「しかし、こんな精神状態じゃまともに仕事も……」

「ダメです。仕事してください」

「……メ、メナちゃん、久しぶりに本気で怒ってるね?し、しかし……」

「あ、あのっ!!ちょっとその本見せてもらっていいですか?」


その本、多分…………


「ん?なんだ、君も百合ラノベに興味があるのかい?でもこれを読むのはやめといた方がいい。私のイチオシは……」

「あ、いえ、そうではなくてですね。とにかく見せてください」

「……?まあ構わないが……」

ユーリさんから本を受け取り、表紙を見る。するとそこには…………、


「や、やっぱり………」


「藍町琴葉は告れない」というタイトルと、おそらく私と思われるキャラクターが描かれていた。



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