第6話 届けラブパワー
…………視界が開けると、私はよく見覚えのある場所に立っていた。
私が通っている……いや、正確に言えば通っていた高校の正門前。私と空音が放課後に待ち合わせていた場所だ。
新鮮な空気。澄み渡る青い空。あんな真っ白な何もない空間や、ラノベでごちゃついた狭苦しい部屋にいた後だと、気にしてもいなかったような何でもない存在にさえ感動を覚える。
―――っと、そんなことを考えている暇はないんだった。早く空音を見つけないと。
えっと……これって、学校の中にいる……ってこと?私が死んだのは放課後だったけど、空を見ると夕方よりも早い時間に感じる。
私の感覚では、死んでからまだ半日も経ってないと思ってたけど、こっちの世界とは時間の流れが違うんだろうか。それとも、死んでからあの白の空間に行くまでにそこそこのタイムラグがあったとか?
……ええい、考えても分からん。とにかく行ってみよう。
私は門を抜け、校舎へと走り出した。
―――――魂だけの存在であり疲れない体のおかげか、私は体感三十秒もせずに空音の教室がある二階へとたどり着いた。
今は休み時間らしく、廊下には多くの生徒がいる。しかし、その横を通ってもだれ一人として私に気づくことはない。
……いや、まあ別に普段からこんな感じなんだけど。でも、私が交通事故で死んだということはおそらく学年中に知れ渡っているはず。ならばやはり、今の私はこの世界の人達には見えないのだろう。……そのはず。
……しかし、それならどうやって空音と話そう。
そう考えながら、空音のクラスである二年三組に向かって歩く。
姿も見えないし声も聞こえない状態で、相手とコミュニケーションを取る方法……うん、無くない?ユーリさん、ラブパワーってどうやって発揮したらいいんですか?
―――そうこうしている間に、空音のいる教室まで来てしまった。
やばい、ほんとにどうしよう。まだ何も策がない。
……とりあえず、空音の様子を見てみるか。
空音の席は、確か一番後ろの列の真ん中らへん。
私は、そ~っと後ろの扉から教室の中を覗く。どうせ見えないんだからこんな変質者みたいなことしなくていいんだけど、なんとなく。
すると、空音が自分の席に座っているのが見えた。幸運なことに早速発見できたのだ。
……しかし。その姿は、私が想像していたものとは違っていた。
「ねえ空音ちゃん、今の物理の内容分かった~?」
「もうぜんっぜんむり!流石の私も今回ばかりついていけなかったね」
「いや空音ちゃんは初回からついていけてなかったでしょ。前回の小テスト、十点満点中二点だったもんねー?」
「ちょっと、何でそれ知ってるの!?」
「ごめん、私もそれ知った上で聞いた」
「ええ!?二人ともひどい!」
「「「あははははは!!!」」」
……何コレ。
普通に他の友達と楽しそうに談笑してる。まるで私が死んだことなんて無かったことかのように普通に。
なんで……?ずっと一緒にいた、幼馴染の親友が死んだっていうのに。なんでそんな風に笑えるの?
…………。いや、違うか。
親友だと思ってたのは私の方だけだった。空音にとって私は、それほど大した存在じゃなかった。ただそれだけ。むしろ、空音からしたら鬱陶しい腐れ縁を断ち切ることができてよかったのかもしれない。
気が付けば、私の足はその場を離れて元来た道を戻っていた。
「……来ない方がよかったかな」
騒がしい廊下の中に、誰にも聞こえない独り言が響いた。
―――――私は、おもむろにまた階段を上って、屋上へと繋がる扉の前まで来た。
特に理由はない。目的を失ったので、ただなんとなく。
そういえば。
ここ、確か一回だけ来たことがあったっけ。
まだこの高校に入りたての一年生の頃。昼休み、空音と一緒に学校中を探検していた時だ。
でもここ、生徒は立ち入り禁止の場所で。
誰もいなかったから、私達の秘密基地にしよう、とかなんとか空音が言い出した瞬間に、学年主任の一番怖い先生に見つかって、二人でこっぴどく叱られた。
……へへ。
最後に、楽しかったことをちょっと思い出せて良かったかな。
―――――と、その時。
階段の下の方から、こっちへ向かってくる足音が聞こえてきた。
誰か来る?生徒は立ち入り禁止だから……先生?
それってやば…………くはないか。
一瞬慌てて立ち上がろうとしたが、冷静になって座り直す。
別に先生が来ようが大丈夫なんだった。見えないから。
…………しかし、足音の正体は予想だにしないものだった。
「…………」
「っ!?え……!?」
現れたのは空音だった。それも、友達と一緒にでもなく、たった一人で。
空音は、屋上へと続く階段の最上段に腰を下ろすと、膝を抱え込んで顔を隠した。
「…………。ことは……」
……震える声で、一言だけ。私の名前を呼んだ。
けれど、私がここにいるのに気付いたってことじゃない。
泣いてる。悲しんでるんだ。私のせいで。私が死んだせいで。
忘れていた。
空音はこういう子だ。つらいことがあっても、誰にも心配かけないように明るく振る舞って。そしていつも一人で泣こうとする。誰も居ない所で。
私は、自分の愚かさに気が付いた。
そんなこと、ずっと前から知っていたはずだったのに。親友として、唯一弱みを見せられる相手になるって、初めて空音が泣くのを見たあの時に約束したのに。
空音を疑って、勝手に傷ついて、心の中で酷いことを言ってしまった。
……謝りたい。私のせいで悲しませてごめん。ずっと一緒にやってきた親友なのに、友達であることを疑ってごめん。
そしてちゃんと言わなくちゃ。本当の自分の気持ちを。生き返って、また空音と一緒にいたいって。そのために力を貸してほしいって。
「……空音。……空音!聞こえる!?私だよ!私、ここにいるよ!」
「…………ごめん……」
「!!聞こえる!?見える!?私、ここだよ!」
「ごめんね琴葉……ごめんね、私のせいで……」
「何言ってるの!空音のせいなんかじゃないってば!あのね……」
「…………」
……ダメだ。聞こえていない。
どうする……。どうすれば空音に気付いてもらえる……!?
「……そろそろ行かなきゃ……」
立ち上がりながら袖で涙を拭うと、空音は階段を下り始めた。
「待って!」
私は慌てて、空音の肩を掴んで制止しようとする。
しかし、魂だけの体なせいか、私の腕は空音の体を突き抜けてしまう。
ここで空音を教室に行かせてしまったらまずい。空音と話せるチャンスがなくなってしまう。
次の休み時間まで待つほどの余裕なんて到底無い。というか、もういつタイムリミットが来てもおかしくないのだ。
「やばい……!待って!空音待って!お願い、一生のお願い!!あ、もう死んでるか……。と、とにかく待って!」
「…………」
「~っ!!!ちょ……どうすれば……!!」
何かヒントは無かったか……!?ユーリさんとの会話。
ラブパワー……愛の力……。
あれ、そもそも愛ってなんだっけ。愛を表現ってどうやればいいの?
ああもう、何も分からなくなってきた。
……そうこうしている間に、もう二階まで来てしまった。
やばい。やばいやばい。ほんとにもう時間がない。どうする……!?
……もう考えてる暇はない。何か!何か行動を起こせ私!
何か何か…………ああもう、どうにでもなれ!!
私は、空音に向かって勢いよく飛びついて。
「空音!!好き!私、空音のこと大好き!好き好き、超好き、めっちゃ好き!ずっと前からずっと好き!好き好き好き好き好き好き好き!!!!」
―――――今の自分にできる、自分にとっての最大の愛情表現を全力で行った。
…………いや。
いやいやいやいやいや。いくらなんでもやっつけすぎる。
下手すぎる。幼稚すぎる。こんなんで奇跡が起こったら逆にびっくりする。
ああ、空音の顔が見れない。抱き着いて下を向いたまま、上を
……ん?あれ?私、なんで空音抱きつけて……………………
「…………琴葉……?」
…………え?
その言葉に、私はバッと顔を上げる。
……すると。立ち止まって、こっちに振り向いている空音と目が合った。
空音は、振り向いた姿勢のままキョトンとした目で私の顔を見つめている。私の姿が見えているのだ。
「う、うまくいった……?ま、まじか……」
「……ねえ!ほんとに琴葉なの?」
「…………あ、うん!そうだよ!久しぶり……でもないかな?とにかく、また話せて嬉しいよ、空音!」
「……でも、琴葉ってあの日、事故で……!生きてたの……!?」
言いながら、空音の目からは涙が溢れ始める。
その姿を見た瞬間、私は、今度は正面から空音の体を抱きしめていた。
「ううん。死んじゃったのは本当。……ごめんね。悲しい思いさせちゃって」
「な、なんで琴葉があやまるの!あの時琴葉が事故に巻き込まれちゃったの、私のせいなんだから……!謝りたいのは私の方だよ……!」
「そんなの気に病む必要なんてないよ!空音のせいだなんて、これっぽっちも思っちゃいないんだから」
「気に病むよぉ……。……でも、死んじゃったのが本当ならさ。琴葉、もしかして生き返ったの?」
「ああ、それはね…………」
――――その時。
私の体が突然光り出し、光の泡のようなものが全身から出始めた。
「!!やば、タイムリミット……!?」
「ど、どうしたの琴葉!?」
「えっと、空音!ごめん、もう時間無さそうだから単刀直入に言うね。私、今は死んでる状態なんだけど、これから生き返れるかもしれないの」
「えっ!?ほ、ほんとに!?」
「うん。でもそれには条件があってさ。異世界に行って、魔王を倒さなくちゃいけないんだよね」
「そ、それって琴葉が異世界転生するってこと……?」
「そうだと思う。……それで、お願いがあるんだけどさ。その……」
「なになに?何でも言って!」
「……うん。あのね。空音も、私と一緒に異世界に来てほしいの!」
「…………え?私も?」
「う、うん。その……異世界に送り出してくれる女神様が、二人じゃないとダメって言っててさ。理由は…………よく分かんないんだけど」
流石にその女神様が百合好きだからとは言えない。
「そうなんだ……」
「……ま、まあ無理して行く必要はないんだよ?空音には、まだこの世界での生活があるからさ。私に付き合う義理なんてないし……」
「何言ってるの!!行くに決まってるじゃん!」
「えっ?…………いいの?」
「いいに決まってるでしょ!琴葉を助けるためならなんでもするよ!」
「…………!!空音、ありがとう!」
「へへへ。私も異世界ってとこ行ってみたいし。ていうかそっちの方がメインの目的かもー?」
「ちょっと何なのそれー?」
「あははは!!冗談だってば!」
何はともあれ、良かった。
これで異世界に行ける。そこで頑張れば、生き返ることもできる。
……それに何より、空音と二人っきりで旅に出れるなんて嬉しすぎる。
「ねえ。それで、異世界に行くにはどうしたらいいの?」
「え?……あれ?」
「?」
空音を説得した後、どうすればいいかの説明ってあったっけ。
え、なかったよね?そういえば、一番大事なところの説明ってなかったよね??
「え……と……」
「え?ちょっと琴葉?」
「……聞いてない、っすねえ……」
「ちょっと!?一番大事なところじゃないの!?」
「そうだよ、一番大事だよ!
「え、ていうか琴葉、なんかだんだん足消えていってない?」
「ん??」
足元を見ると、確かに少しずつ、下から上に足が消えていくのが分かる。
なんならもう膝より下は無くなっている。
「やばいじゃん、どうすんの!?」
「そ、そんなこと言われても!ど、どどどどうしよう!?」
「どうしようじゃないよ!!」
―――――と、私達が慌てふためいていると。
「おいコラ!!お前達!そこで何を騒いでる!?」
突然、後ろから聞き覚えのある声で怒鳴られた。
びっくりして振り返ると、私の担任で生徒指導の鬼教師、剛田先生が立っている。
「ひっ!ご、ごめんなさい!!」
「す、すみませんでした。…………ん?」
お前「達」……?
「なっはっはっは。冗談だよ冗談。やあ琴葉君。それに、君が空音君だね?」
さっきまでの恐ろしい雰囲気からガラリと変わって、剛田先生は笑いながら、聞きなじみのある口調で私たちに話しかけてきた。
「も、もしかしてユーリさん……!?」
「イグザクトリー。どうやらうまくみたいだね。いやあ良かった良かった。恋のキューピッド、ユーリさんが迎えに来たよ」
「ちょ……!?」
「??ねえ琴葉、どういうこと?ユーリさんって?」
「あ、ああ、さっき言ってた女神様だよ」
「え……!?女神様って剛田先生のことだったの……!?」
「いや違うわ。どう考えてもそんな訳ないでしょ」
「はははは。この姿は仮のモノさ。こっちの世界に来るために、ちょっとばかし体を拝借させてもらっていてね」
……ユーリさん、そんなことまでできるんだ……。
ていうか、それなら私もそういう感じでやらせてもらえばよかったのでは?
……と、気になることはいろいろあるが、今は細かいことを気にしている場合ではない。
「ユーリさん。あの、もう私消えちゃいそうなので、とりあえず……」
「おおっと。そうだったね。じゃあ、一旦あの部屋に戻るとしよう」
ユーリさんが私達三人の足元に手をかざすし、例によって魔法陣を出現させる。
「わ!?なにこれ、魔法陣!?すごい!!」
「フフフ。純粋無垢でかわいいねえ。琴葉君は、空音君のこういうところに……」
「いいから早くしてください!」
「ははは。分かっているとも……それっ!!」
ユーリさんが手を振り上げると、魔法陣がひときわ大きく輝き、あの時と同じように視界は真っ白に包まれた。
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