ビルの狭間に

@Khinchin

ビルの狭間に

俺ぁこんなしみったれた死にかけのイヌッコロみてえな生活はしたくなかったんだが、どうやら時勢っちゅうもんがそれを許してくれなかったもんでね。

むかしゃ俺も立派な学徒だったわけだがね、いつからこうなっちまったんだろうな。俺が昔つるんでた奴らも、あいつらなんだかいつの間にかこいつとは違ったみてぇで、いつの間にか背が伸びてやがったのさ。あいつらあ見上げる俺はほんと、どうしようもねえくれえ惨めで馬鹿馬鹿しい、遥か昔の虎男みてえな過去の栄光に縋りたがりの大馬鹿だったわけよ。

あいつら、こんな俺にもさ、親切にしてくれてよ、忠言なんかしてくれたのよ。あいつら悲しませねえように、俺ぁよ、なんかしてみようとするわけよ。でもさ、いつの間にか、持ち前の怠惰が俺の心の九割を占めちまうの。なあ、笑っちまうくらい惨めだろ、俺ぁ。


俺ってやつは昔っからそうなのさ。怠惰がここまで俺を引き摺り込んだのさ、わかるかい。怠惰について断言できるこたあ俺にはほんの一つだけある。あいつは人生の友人だ。幼い頃から仲良くしとかないと、付き合い方がわからねえ、俺がそうだった、保証する。付き合えなかった奴には手本として俺がいる。怠惰ってやつは時にフェイル・セーフにもなれてしまうんだ。フェイル・セーフってのは、あれだ、失敗した時の保険みたいな、そういう感じの意味だがね。まあ、機械から見たら、怠惰なんてものはフェイル・セーフは愚か、ただの減点にしかならんがね。


まあ、怠惰とはよく付き合うことだ。人生は怠惰との戦いの連続でできている。怠惰こそよ、大罪の中で最も出会うものってのは。怠惰との戦いに負けた奴を俺は何度も見てきた。俺の友人は賭博で金を増やそうとして、結局借金まで負っちまった。俺ぁこんな生活に慣らされた。


人生は戦いに完敗しちまったら、もう二度と立ち直れない。怠惰に基準をずらされるんだ。


そういえば、おめえは何のためにここにきたんだ。すまねえな、少し話がながびいちまった。


試験でくだらないミスをした、なるほどな。学生にとって試験てのは学生生命の大部分を占めるわけだからな、落ち込むのは仕方がないことさ、まあ、あまり気にするな、ただ怠惰だけには気をつけろよ。気分が晴れないんだったら、このビルの狭間が切り取る夕陽でも見るがいいさ。夕日だけは俺が怠惰でも何もしてこない。夕陽はただじっと俺を覗き見るだけさ。俺はそれでこのくだらない一日を過ごすことができるのさ。



夕陽はただそこにいて、空に浮かぶ長細い雲を照らして、大気を赤に染めていた。夕陽の近くの何とも言えない紫色、橙色の光が、今日もこのビルの狭間を照らしていた。

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