お題:秋刀魚俳句

『異世界より 家に帰って秋刀魚が食べたいです』


 ☆



「さて、じゃあ行きましょうか」


 女神はにっこりと笑って両手を広げた。


 ともすればさっきこの女神に殺されかけたことを忘れそうになる。

 が、そうは問屋はおろさない。

 可愛いからと言ってやっていいことと悪い事が世の中にはある。

 おれは殺されかけたこと、忘れてないからな!

 そんな決意を込めてキッと睨む。


「ふむふむ。むふふ」


 白を基調とした巫女風の服がおもくっそ似合っている。

 胸の谷間とおへそ露出しているのもいいアクセントだ。

 思わず、視線はそこに集中してしまう。

 おれ、あの胸揉んだんだよな。うへへ。


「…………えっちなのは行けないと思います!」

「はっ」


 胸を隠しながら女神がじと目でおれをたしなめてきた。


 まいったな。

 殺されかけた記憶より手に残った感触の方が強烈だったらしい。

 それもそうか。

 男児ならば死んでも為さねばならぬことがある。

 美少女の胸を揉むということは、男ならば死んでも為さねばならぬことの一つ。

 ならば仕方なかろう。

 よし。

 今夜のおかずはきまりだな。

 はかどるぜ。

 ありがとう女神! ナイスおっぱい!


「なんで笑顔と親指立ててくるんですか。それなんか嫌です……」


「というか、ここはいったいどこなんだ」


 周囲を見回すと、乗り込んだゴミ収集車がぽつんとあるだけで、それ以外は真っ白くなにもない空間が地平線まで続いていた。



「異世界に行く前の出発点というところだと思います。私も実は良く知らないのです」


「は?」


「実はあなたが覚醒したときに、私もまた女神に目覚めたんです。私が知っているのは、今から行く世界がゴミに溢れているということ。そのゴミを認識し変換する力と知識。スキルの使い方。あなたのステータス。そのくらいです。それらはなぜか最初からわかっているみたいです」


「……そうなのか」


「あ、そうだ。出発する前にこのゴミ収集車のゴミで経験値を上げましょうか」


「そんなことできるの。さすが異世界転生チートだなあ」


「残念ながら簡単ではありません。異世界で経験値にできるゴミはあなたがいた世界のゴミとは違うのです。異世界の経験値に換算すれば雀の涙がいいところでしょう」


「人生そんな甘くないってことだな。世界はやはり固ゆで卵だな」


「なんですそれ」


 クス、と女神は笑った。


 可愛いなくそ。


 ゴミ収集車を操作し、ゴミを白い床?にぶちまけて、ひとつひとつ「リサイクル」と唱えていく。


 結構な数のため、単調な作業になる。


 まずい。なにか会話しないと。


「どういう原理なのかさっぱりわからないが、なにはともあれキミは女神初心者だったんですね」


「はい!」


「笑顔が眩しい。はっ待てよそんな初心者女神……いや精神的ロリ女神ににおれはなんていうセクハラを!」


 夢かどうか確かめる手段として、安易に目の前の乳を揉んでしまったことを今更ながら後悔する。


 というか流れ的に一緒に旅をすることになるんじゃないだろうか。

 抜かった!

 気まずすぎる!

 異世界転生とかの神ならおれ以外にも沢山人を召喚しているだろうし、どさくさまぎれで今なら許されるんじゃないかという打算があった自分が恥ずかしい。


 なにがオカズにするだよ。

 幼気な子におれはなんてことを。

 エロとは手折るものではない。愛でるものなのに。


「そうとは知らずほんと、ごめん」


「いいんですいいんです。気にしてません! さっきの殴打でチャラです!」


「ほんと! 気にしてないの?」


「ええ。過去のことです水にながします」


「じゃあまた揉んでいい?」


「もう! 叩きますよ!!」


 ふむ、このタイミングだろうか。


「ひいいごめん! 天音!」


「へ?」


「は?」


 顔を見合わせる。


「今天音って」


「……違うのか。すまんな。妹にあんまりにも似てるからさ……もしかしたらと思って」


 とても似ているから、そうかもしれないと思った。

 が、違うと否定されると、目の前が歪む思いだ。

 全てがおれのぬか喜びだった。

 それだけなのに。


「妹さんがいるんですか?」


「ああ。十歳下の病弱な妹でな。両親がいなかったから、おれが親代わりみたいなもんだった。でも、不甲斐ない兄のせいでな。助けられなかった」


「……それはつまり……。いえ、すいません。ぶしつけなことを聞いてしまいました。おそらくあなたがイメージした姿になっただけと思います」


「……」


 って暗い雰囲気になってしまった。


「おれは正成っていうんだ。キミの名前は」


「……私の名前は……。すいません。思い出せない……というか女神として生まれたばかりですから、そもそも思い出せないなんておかしいですよね。名前なんてあるはずないのに」


「ふーん。そっか。なら、名前おれがつけよっか」


「お願いします!」


「そうだな、リサにするか」


「……もしかしてリサイクルの『リサ』ですか?」


「というのは冗談で」


「ですよね。名前ってとても大事ですからね。そんな犬猫につけるような安直な名前はつけないですよね」


「はっはっはっ当たり前じゃないか」


 間一髪である。


 冷や汗だらだら。


 ゴクリと生唾を飲む。妙な迫力があるんだもんなあ。漫画なら背景にごごごとか書かれてあることだろう。


 ここはなんとしてもはずせない。


「そうだな。じゃ、世界でおれが一番大事にしている名前にするか」


 先ほどの出来事で違うというのはわかった。

 それでも、目の前の存在を、否定するのもなんか違う気がする。

 例え、それがそうであってほしいというおれの願望であったとしても。


「というと」


 ためらいはある。

 が、おれは、決意を込めて口にしていた。


「アマネだ。おれの妹の名前。大事にしろよ」


「——」


 すると女神の瞳から一筋の涙が流れた。


 次から次へとこみ上げてくる涙に気がついたのか、その雫を女神は指ですくいとる。


「これは、なんでしょう」


「お、おう。なんで泣くんだよ」


「わかりませんが。きっと、これは——」


 その雫を包み込むように両手を握りしめた。

 おれはそれがどういう意味があるのか、深くは考えなかった。

 ただ、そういうことが起きた、ということだけは、胸に刻もうと思った。



「嬉しいということなんでしょうね」



 ☆  ☆  ☆


 ゴミ収集車に入っていた全てのゴミを『リサイクル』したが、レベルは上がらなかった。


 しかし、


——使用回数が100を越えました。

  リサイクルによる習熟度が上がりやすくなりました。


 と女神あらためアマネがアナウンスしてくれた。

 習熟度ってなんぞ?

 と聞くと経験値が上がりやすくなったり、魔法や様々な技能、耐性を覚えやすくなるらしい。

 おおういいなそれ。

 やる気が一気にわいた。


 しかし、次の使用回数も100使えば流れるのかと期待したのだが、流れなかった。


 そっからくだらないおしゃべりをしつつ、アマネの胸や脇の下を視姦し息のにおいなど隙あらば堪能しつつ、淡々とリサイクルしつづけた。


 ちなみにおれがえっちな目や反応をするたびに、アマネはすぐに気づいていた。

 しまいにはつねってくる。

 え、なんでわかるの。ひそかにやってるつもりなのに。


——使用回数が1000を越えました。

  リサイクルによる習熟度が上がりやすくなりました。

  称号『リサイクル見習い』

  能力値の一部を画面で表示できるようになりました。

  称号『英雄』の効果により、他の称号を手に入れるたびにその称号に付与された能力値を加算することができます。『リサイクル見習い』を手に入れたことにより、リサイクルした一部の精製が可能になりました。

  精製可能:ペットボトル、缶、ティッシュ。

  

 と。

 忘れたころに、進展があった。

 何に使えるかはわからないが、何にしても成長が目に見えるというのは心強い。

 成長が見える。

 これこそなによりのチートのようにおれには思えた。

 頑張っても頑張っても報わない。

 そんな閉塞感が嘘みたいにふっとぶのだ。


 異世界転生悪くないな。美少女もいるしむふ。


 ☆   ☆   ☆


 ということでいよいよ異世界に出発である。


 アマネがシャンと錫杖を手に取り、舞を始めた。

 優雅に踊るその姿に目を奪われる。

 くるくると宙を舞い、体を回転させて、リズムを刻んだ。

 そのリズムに合わせてアマネは声を震わせて歌う。


 おれはその姿にすっかり魅了された。

 推しのアイドルなんてもんのなにがいいのかわからなかったのだが、今おれははっきりわかった。

 稲妻に貫かれるような衝撃の前には、言葉など不要。

 歌も、踊りも、なにもかもが、きらきらと輝いて見える。


 こんな素敵な気持ちにされたら、誰だって虜になっちゃうだろうよ。


 と歌が終わり、最後渾身の力を振り絞ってアマネは宙を舞った。


 おれの体に飛び込むためだったようだ。


 アマネがおれのほうにそのまま落ちてきて両手を広げた。


 おれはその体を落とさないよう抱きしめようとして——


 白い世界が砕け散った。


 そして気がつけば——落下していた。


「へ」


 ひゅうううう、と空中にいつのまにか放り出され、激しい風におれは翻弄された。


「ちょ、アマネさん。これ、やばい。どうすんの! これ、どうすんの!!!」


『ど、どうしましょう。正成様!』


 アマネが手を伸ばしてくる。

 不思議なことに、アマネは落下の影響を受けていないようだ。

 おれの落下の速度についてきているが、時折ふわふわと宙に浮いている。

 アマネは浮遊できるということだ。

 助かった!

 俺はその手をしっかりと握りしめようとして——すり抜けた。


『ああ! なんで!』


 どうしてだ?

 

『とりあえず、落下の衝撃をちゃんと抑えられる場所に落ちて、そう魔法を! ショックウエイブを! と、とにかく、死なないでください! お願いします! 死んだら恨みます! 死ぬ気で!!! 生きてください!!!』

 

 今は考える暇などない。

 

 見下ろすと、深い森が見えた。


 できることをしようと思った。

 リサイクルの精製でペットボトルを作り、ティッシュを結ぶ。できる限りペットボトルを繋いで、それを頭上に掲げてみる。


 すこし落下速度が減った気がする。


 効果があるかはわからないが、もう時間はなかった。


 おれは覚悟を決め、森の中に突入する。


 すぐそこに迫った木の太い枝に向け、叫んだ。

「ショックウエイブ!!」

 するとアマネの体が溶けるように消え、おれの手のひらから衝撃波となって放出された。

 ドクンとなにかがおれの体から抜け落ちるような感覚。

 視界が狭くなる。おそらくショックウエイブを唱えた反動だろう。

 太い枝が折れるものの、次の枝が迫る。

 思うように動かない体を必死に動かし、枝を蹴りつけた。

 何本枝にぶつかり、落ちただろうか。

 ようやっと止まると、樹海の根っこの生えた地面がすぐそこにあった。


「かはっ」


 肋骨や足が折れているのは確実だった。

 だが。


「ははは、生きてる」


『正成様!』


「ふはは、くうう、いてえ」


『ああ、大丈夫ですか! ヒールブレスを! 早く』


「ヒール、ブレス」


 使った途端、目の前が点滅した。

 あ、これ意識落ちるやつ。

 木の枝からずり落ちて体が宙を舞った。

 アマネの息の感触とにおいを感じつつ、こんなときにおれは腹が減っていることに気づいた。

 ああ秋刀魚が食いてえ。

 七輪で焼いたやつだ。

 油がじりと落ちて、ぱちぱちなるところを見たい。

 そしてその身を思うまま食らいつくし。

 炊きたての白米で喉に流し込む。

 くう。


 異世界や秋刀魚を食いて眠らん


 正成心の俳句より。


 字足らずだったガク。


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