セルフレジ演習

長船 改

セルフレジ演習


石井くん

 「おはようございまーす。ふわぁぁぁ。眠い。」


店長

 「おはよう、石井くん。いつもより1時間遅い出勤なのに、いつも通り眠たそうだね。」


西くん  

「ほら、しゃんとしろよ、石井。今日は大事な日なんだぞ。」


石井くん 

「大事な日? そう言えば、今日はお店を開けるのがいつもより遅いとしか聞いてないなぁ。」


店長   

「では、ふたり揃った所で。

 これからセルフレジ導入に向けての予行練習を始めます。」


石井くん 

「セルフレジ導入……?」


西くん  

「店長。質問です。」(ぴしっと礼儀正しい感じで。)


店長   

「はい、西くん。」


西くん  

「ありがとうございます。セルフレジ導入に向けての予行練習とはなんですか?」


店長   

「うん、いい質問だ。」


西くん  

「ありがとうございます。」(やはりぴしっと礼儀正しい感じで。)


店長   

「知っての通り、この地元密着型スーパー『みよし』は全国展開されています。

 先日、本社会議がありまして、以下の事が決定となりました。

 すなわち……『現在、東京・大阪など、一部の都市店舗において導入されているセルフレジを全国規模で導入する』と……!」


西くん  「なんですってえええええ!?」

石井くん 「いや、そのまんまじゃん……。」


店長   

「そのためセルフレジの本格導入に先がけて、実際にセルフレジを導入した時、どのようにお客様をご案内していくのかというシミュレーションを行う事になりました。」


西くん  

「すごい……!さすがはスーパー『みよし』!最先端を行っていますね!!」


店長   

「言うな言うな。みなまで言うな。うんうん。」


石井くん 

「むしろまだ未対応だったんだよなぁ……。

 それで店長、あそこに置いてあるのが?」


店長   

「良く分かったね、その通り。ちなみに今日の予行練習が終わったら別の店舗に移送しなければならないので、そのつもりで。」 


石井くん 

「なるほど。ところでシミュレーションと言っても、どんな感じでやるんですか?」


店長   

「そこは各店舗の裁量に委ねられている部分ではあるんだが……。

 私は『お客様がセルフレジを利用しようとしている』という設定で、自分たちをお客様に見立てて実際にオペレーションをやってみようと考えている。いわゆるエチュード。いわゆるアドリブ劇というやつだね。」


石井くん 

「はぁ。……って、ん? それって演じるってこと?」


西くん  

「はい、店長! 俺はお客さんをやってみたいでっす!!」


店長   

「採用! じゃあ西くんはお客さん。石井くんは店員さんね。」


石井くん 

「決まるの早いな! え、店長は?」


店長   

「私はあれだ。監督だ。誰かがキューとカットを出さないといけないから。」


石井くん 

「えぇぇぇ……。」 


西くん  

「ほれ、石井! やるぞ! 位置につけ!」


石井くん 

「なんでそんなノリノリなの……。」


西くん  

「こういうのは勢いが大事なの! ほれほれ~い!」


石井くん 

「くぅ……仕方ない。」


店長   

「よーし、それじゃあ位置についた所で行ってみよう。

 テイク1、よーい……あぁぁぁいっ!!」


西くん  

「あのぉ……『せるふれじ』ちゅうのを使ってみたいんじゃが……。」(おばあちゃん、もしくはおじいちゃんのフリで。)


石井くん 

「あ、いらっしゃいませー。はい、どうぞ、こちらですよ。」


西くん  

「はいはい、ありがとう。えーっと……これはどうやったらいいんじゃ?」


石井くん 

「この商品のバーコードを、この光ってる所にかざすんです。ほら、ピッて鳴ったでしょ?」


店長   

「おぉ、いいぞ石井くん! 素晴らしい接客っぷりだ……!」

 

西くん  

「ほうほう。じゃあこれは?」


石井くん 

「これもホラ、このバーコードの部分をこうやって……ピッと。」


西くん  

「じゃあコレは。」


石井くん 

「ピッと。」 


西くん  

「これも。」


石井くん 

「ピッと。」


西くん  

「ついでにこれも。」


石井くん 

「ピッピッピッ。」


店長   

「素晴らし……。あれ……?」


西くん  

「お~。出来た出来た。」


石井くん 

「あとはお会計をここに流し込むか、カードをお持ちならそちらでもお支払いできますよ。」


西くん  

「現金しか持っとらん。ほれ、5000円。」


石井くん

「じゃあここに。はい、お釣り出てきましたよ。」


西くん  

「はいありがとう。ほっほっほ、いやいや面白かった。また来るでのぅ。」  


石井くん 

「ありがとうございましたー。

 ……はいっ。」


店長   

「カーーーーット!!」


西くん  「うぇーい、石井、うぇーい。」

石井くん 「うぇーい。」


店長   

「うぇーい。……じゃなーい!!

 ダメだよ石井くん。全部キミがやったら意味がないじゃないか。お客様が自分でやるのがセルフレジなんだから。」


石井くん 

「いやでも店長。相手が何も分かってなさそうなご老人なら、こういう風にでもしないと効率悪いですよ。」


店長   

「そこの効率は考えなくていいの。」


石井くん 

「えぇぇぇ……。」


西くん  

「はい、店長。」


店長   

「はい、西くん。」


西くん  

「ありがとうございます。別の役でもう1テイクやってみたいです。」


店長   

「んー。いいねぇ、いいよぉ。その向上心いいよぉ。」


西くん  

「ありがとうございますっ。」


石井くん 

「え、じゃあお前が店員やるの?」


西くん  

「いや? お前が店員。 俺、客。

 ほれほれ。位置につけーい。」


石井くん 

「はいはい。店員のがラクだからいいけどね。」


店長   

「よーし、次は頼むよ。テイク2、よーい……あぁぁぁいっ!!」


西くん  

「おうおう兄ちゃん。『せるふれじ』っちゅーんはどこにあるんじゃ? おおん?」(こてこてのヤクザなフリで) 


石井くん 

「いらっしゃいませ……い、いらっしゃいませええええ……!!」


西くん  

「おうおう兄ちゃん。せやから『せるふれじ』っちゅーんはどこにあるんじゃと、そう聞いとるんじゃ。おおおおん??」


石井くん 

「は、はいぃぃぃ!」


西くん  

「はよせぃ、コラ。案内せぃ、コラ。あほんだらコラあほんだらコラ。」


石井くん 

「こ、こちらになりますぅぅぅ……!」


西くん  

「これはどうやって使うんじゃ。どおおおやって、使うんじゃあああ。」


石井くん 

「こちらのバーコードを、この光にかざすとピッて鳴りますので、それをお買いになる分だけやって、頂く感じに、なりますぅぅぅ。」


西くん  

「それを、ワシに、やれと、言うんか。おおおおん??」


石井くん 

「は、はいぃぃぃ! お任せくださいませええええ!!

 ……ピッピッピッ。」


店長   

「ピッピッピッ……。」


石井くん 

「お待たせ致しましたぁぁ。あとはこちらにお会計を流しこんで頂くか、もしカードを……」


西くん  

「払えっちゅーんかあああああ???」


石井くん 

「こちらで済ませておきますぅぅぅぅ!!」


西くん  

「それでええんじゃ。ハッハッハッ! いやいや面白かった。また来るでのぅ!」


石井くん  

「ありがとうございましたあああ!!

 ……はいっ。」


店長   

「カーーーーット!!」


西くん  「うぇーい、石井、うぇーい。」

石井くん 「うぇーい。」

 

店長   

「うぇーい。……じゃなーい!!

 こらこらこらこら、石井くん! ダメだよ、お会計自分で払っちゃあ!」


石井くん 

「あ、僕のお金じゃなくって、お店のお金で払ってますから。」


店長   

「そっか。それならオッケー……って、おーい!

 それはそれでダメだよ、石井くん!」


石井くん 

「でも店長。実際、あんな怖いヤクザみたいな人がやってきたら、下手な被害が生まれる前にさっさとお帰り頂くのが一番だと思いますけど。」


店長   

「ヤクザによる被害が生まれてもいいの!」


石井くん 

「えぇぇぇ……。」


西くん  

「はい、店長。」


店長   

「はい、西くん。」


西くん  

「ありがとうございます。またまた別の役でもう1テイクやってみたいです。」


店長   

「まだ引き出しあるの、西くん? いいねぇ、いいよぉ。芸達者だよぉ。」


西くん 

「ありがとうございますっ。」


店長   

「それじゃあもう一度……」



(と、そこに伊藤がやってくる。)



伊藤くん 

「お疲れでーす。って、アレ? なにやってんすか?」


西くん  

「あっ、伊藤!」


石井くん 

「おお、伊藤くんだ。おはよー。」


店長   

「どうしたんだ、伊藤くん。キミ、今日は非番のはずだろう?」


伊藤くん 

「いやー、昨日ちょっと忘れ物しちゃって。ロッカーに取りに来たんス。

 ところで3人とも、何やってんすか?」

 

店長   

「予行練習だよ。セルフレジ導入に向けての。」


伊藤くん 

「せるふれじ?」


石井くん 

「えーっと、伊藤くん。これはね……えー……かくかくしかじか。」


伊藤くん 

「ふむふむ。かくかくしかじかで。

 ……なるほど、よく分かりました。」


店長   

「いいねぇ、その説明を省く感じ、いいよぉ。」


伊藤くん 

「店長ぉ。オレもやってみたいんすけどいいっすか? 客で。」


店長   

「おぉ、もちろんだとも。じゃあ今回は西くんはお休みで。」


西くん  

「はーい……。」


店長   

「石井くんは引き続き店員役を……」


西くん  

「えー! 石井ばっかずっとやってるのずるい~!

 そうだ! 店長、せっかくだし店員役やってくださいよ。」


店長   

「えっ?」


西くん  

「店長の店員役が、見~た~い~っ!」


伊藤くん 

「そっすね。その方がいいっすね。」


店長   

「えっ?」


石井くん 

「じゃあ、店長と伊藤くんは位置について。はいはい、やりますよー。」


店長   

「えっ? えっ?」


西くん  

「それじゃあテイク3いきまーす。よーい……あぁぁぁいっ!!」


伊藤くん 

「すみませーん。店員さん。」(普通の若者の感じです。)


店長  

「あ、い、イラッシャイマセ……!」


西くん  

「うーん、固さが見受けられますねぇ。どうでしょう、石井さん。」


石井くん 

「笑顔も固いので、接客態度としては50点という所でしょうか。」


伊藤くん 

「あのー。セルフレジ、使いたいんですけどー。」


店長   

「あ、セルフレジですね……! こちらになります!」


伊藤くん 

「これはどうやって使うんですかぁ?」


店長   

「えっとですね……!えっと、この商品のバーコードを……ここの光にかざして……ピッと。

 あれ? ……ピッと。

 あれ? ……鳴らない。」


石井くん 

「店長、店長。まず『スタート』を押さないと。」


店長   

「え、これ? ポンッと。

 おぉ、なるほど……!」


伊藤くん 

「店員さん、大丈夫っすか?」


店長   

「いやいやご心配なさらず。これをこうしてこのように……ピッと。」


伊藤くん 

「おー。すごーい。」


店長   

「ははははは。いやいや、ははははは。」


西くん  

「職務を忘れて素で笑ってる感じがしますねぇ。」


石井くん 

「なんとも恥ずかしい上司の姿ですねぇ。」


店長   

「……とまぁ、こういう風にやって頂ければ。」


伊藤くん 

「ありがとうございます。……あっ。」


店長   

「はい、なんでしょう?」


伊藤くん 

「この野菜はどうしたらいいんですか? バーコードついてないですけど。」


店長   

「えっ? ……バーコード、ツイテナイ……?」


石井くん 

「店長、店長。タッチパネルに、野菜の項目あるでしょ? そこを……。」


店長  

「……ほうほう。これをこうして、個数を入力して……。

 おぉ、なるほど……!」


伊藤くん 

「店員さん、大丈夫っすか?」


店長   

「いやいやご心配なさらず。これをこうしてこのように……ピッと。」


伊藤くん 

「おー。すごーい。」


店長   

「ははははは。いやいや、ははははは。」


西くん  

「リアクションが同じですねぇ。」


石井くん 

「それを言ったらここまで全編通してほとんど流れは同じなんですけどね。」


西くん  

「天丼的な?」


石井くん 

「そう。天丼的な。」


店長   

「……とまぁ、こういう風にやって頂ければ。」


伊藤くん 

「ありがとうございます。

 それじゃあ続きをっと……あっ。」


店長   

「マダ……ナニカ……?」


西くん  

「おおっと店長。絶望的な表情だ。」


石井くん 

「もし我々がこんな態度を取った日には、裏でしこたま怒られると思いますよ。」


伊藤くん 

「なんか店員さん呼べってアナウンスが出たんですけど。」


店長   

「……なんだこれは? お酒……? 年齢確認……?」


伊藤くん 

「あ、オレ未成年じゃないですよ。はい、免許証。」


店長   

「え、でもどうやって。え?」


石井くん 

「店長店長。これは店員側で年齢確認の認証をするタイプなので、スタッフログインをして……。」


店長   

「ほうほう、なるほど。なるほ……ど……?」


石井くん 

「こうやって、こうして。」


店長   

「だんだん分からなくなってきた……。」


伊藤くん 

「あと、なんかこのバーコードちょっと削れちゃってて読み取れないんですけどー。」


店長   

「え?」


石井くん 

「店長店長。それは……。」


伊藤くん 

「あ、この商品キャンセルしたいんですけどー。」


店長   

「え?」


石井くん 

「店長店長。それは……。」


伊藤くん 

「ついでに公共料金って払えます?」


店長   

「え?」


石井くん 

「店長店長。それは……。」


西くん  

「はい、カーーーット!!」


石井くん 「うぇーい、伊藤くん、うぇーい。」

伊藤くん 「うぇーい。西さんも。」

西くん  「うぇーい。せーのっ。」


石井・伊藤・西 『うぇーい。』


店長   

「煽らんでくれ……。店長もうくったくたです……。」


伊藤くん 

「店長ダメっすねー。」


店長   

「面目次第もございません……。」


伊藤くん 

「石井さんはめっちゃ使いこなしてましたねー。」


西くん  

「うーん、やるなぁ。石井。」


石井くん 

「いやぁ……だって、使ってたし……。」


店長   

「使ってた……?」


石井くん 

「はい。言いませんでしたっけ? 僕、去年の夏まで東京に住んでたんですよ。

 客として『みよし』通ってましたし、それこそセルフレジは導入の頃から使ってますよ。」


店長   

「なんと……!」


西くん  

「じゃあ使い方は石井に聞けば一発って事だな。正直、俺も使い方よく分かんないし。」


伊藤くん 

「オレも同じっすね。」


石井くん 

「ええぇぇぇ……また面倒な……。」


店長   

「いや、しかしこれは実に収穫のある予行練習だったな!」


西くん  

「店長、うぇーい。」


店長   

「うぇーい。」


石井くん 

「それで、今後はどうするんですか?他のバイトさんやパートさんたちにも使い方を勉強してもらわなきゃいけないわけで。でも、このレジはまた別の所に持って行くんでしょ?」


西くん  

「まさか設置当日まで練習できないとか?」


伊藤くん 

「オレとしては残業代さえ出れば、残って練習とかでもいいんすけどねー。」


店長   

「まぁその辺はおいおいと言った所かな。日が近くなれば、もう少し詳細な所も分かってくると思うから。」


石井くん 

「いい加減だなぁ……。」


西くん  

「あ、店長! もうそろそろ時間ですよ! 開店の準備しないと!」


店長   

「しまった! ついアレコレと盛り上がってしまった!」


伊藤くん 

「せっかくだし、準備だけ手伝ってあげますよ。」


石井くん 

「ごめんねー、伊藤くん。30分だけ給料出しとくから。」


伊藤くん 

「マジっすか。やった。」


西くん 

「シャッターシャッター……。」


伊藤くん 

「あ、そうだ。店長ぉ。」


店長   

「うん、なんだ?」


伊藤くん 

「そのセルフレジって、結局いつ頃、導入されるんすか?」


西くん  

「おぉ、そういえば。」


石井くん 

「たしかに。」


店長   

「あれ、言ってなかったか? えーっと、来年の暮れだな。だから、あと1年ちょっとある。」


石井くん 「は?」

西くん  「は?」

伊藤くん 「は?」 (※揃えなくても大丈夫です。)


店長  

「いやぁ楽しみだなぁ。早く来年の暮れにならないかなぁ。はっはっは。

 うん? どうしたんだみんな、そんな頭抱えて?」


石井くん 

「店長ぉ……。」


伊藤くん 

「この人、マジっすか。」


西くん  

「はーい、石井に伊藤。いいかぁ、いくぞー。」


石井・伊藤 

『うぇーい。』


西くん  

「せーのっ。」


石井・伊藤・西 

『いや、来年かよッ!!』

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セルフレジ演習 長船 改 @kai_osafune

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