第1話
「俺やけど〜。俺ぇ」
猫はそう言った。風邪気味なのか、少ししゃがれた声で詐欺師のようなセリフを吐いた。
「………猫」
一人暮らししているこの古民家に一匹の猫がやってきた。
玄関前でにゃーにゃー叫んでいたので、
しかたなく表に出た。
すると、この奇妙な喋る猫がウロウロと落ち着きなく歩き回っていた。
「え? 覚えてない? 君のお母さんの弟やねんけど、いわゆる叔父やな」
真っ白で毛並みの整った猫。
でも、何故か関西弁だった。
「あ、真琴くん?」
「そうそう。君がちいちゃい頃、よくマコちゃんマコちゃんって言ってたやろ?」
「言ってたかなあ? あんまり覚えてないですね」
私は首を傾げると、マコちゃんと名乗る猫は
器用に眉をしかめて猫らしからぬ表情をする。
「ちょっと、やめてやー。
敬語とか気持ち悪いて。あ、あれか俺が猫の姿になってるから仰々しなっとるんやろ?」
「い、いやそういうことでは」
「それやったら心配ないで? なんか人の温もりにしばらく触れとったら元の姿に戻れるから。
これ、期間限定の姿やから、まあ慣れた頃には戻ってる思うわ、本来のマコちゃんの姿に」
このマコちゃんはそう言っているが、
母の弟の真琴くんは去年に交通事故で亡くなっている。
だから、本来の姿というものが
どうにもおぞましい正体を想像してしまいゾッとしてしまう。
「そんなんええから、家入れてやー。
俺、結構遠くから来てん。もうクタクタやで」
ちなみに真琴くんは関西出身では無い。
私と同じ関東の人間なので標準語だった。
「あ、ちょっと!」
マコちゃんは不意をついて私の横をすり抜けた。止めるより早くマコちゃんはするっと家に入って玄関の段差もひょいと飛び乗る。
さすが猫。
身のこなしがしなやかだった。
「足!足だけ拭かせて!」
ずんずんと中へ入っていこうとするマコちゃんを呼び止める。
「ああ、ごめんごめん。
気いつかんかったわ、まだ間に合う? 拭いてもろてもええかな?」
玄関へと引き返してきたマコちゃんは、クタっと寝そべって手足を放り出した。
おっさんみたいな喋りなのに、見た目が可愛いからつい許してしまう。
可愛いは正義ってこういうことなんだろうか。
「わかったから、そこでちょっと待ってて。
タオル取ってくる。あ、それかシャワーする?」
マコちゃんの毛並みが波打つ。人間で言うところの鳥肌のようなものか。
「いや、頼むしタオルで勘弁して。水はほんっまに無理やねん。堪忍、堪忍」
マコちゃんは腰を低くして臨戦態勢に入っている。よっぽど嫌らしい。
私はタオルを水で濡らしてマコちゃんの所へ戻る。
「はいはい、じゃあさっきみたいに手と足出して」
「君、結構世話好きやろ」
「いいから早く」
「もー、せっかちやなあ」
もうちょっとおしゃべりしようよー、
とマコちゃんは嘆く。
私はマコちゃんを抱えて肉球をぐにぐにとタオルで拭き取っていった。
ピンク色の肉球の隙間から土がたくさん出てくる。綺麗に拭き終わると、マコちゃんは膝から
飛び降りて手足をプルプルと振った。
「見かけによらず拭き方ワイルドでよかったで。スッキリしたわ、ありがとう」
「それは、どうも」
「ほな、次はお昼寝でもしよかなあ」
「勝手にどうぞ」
「なんや、冷たいなあ。俺一人で昼寝しても寂しいやんか。ほら、俺のこと撫でてええから。
癒しになると思うで?」
そういうことってあんまり自分で言わないと思う。
やれやれ、と私は先導するマコちゃんの後に続いてお昼寝の場所に選ばれた縁側へと腰を下ろした。
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