第33話
「……さあ、気を取り直してご飯にしましょう」
少し淀んだ空気をパチンと手を打って打ち消した神谷は、張り切った様子でキッチンに立った。
切り替えの早い神谷は、もう夕食のことを考えているようで、冷蔵庫から食材を取り出しているようだった。
………何を作ってるのだろう。
リズミカルに包丁を扱う音を、私はソファーで三毛猫をなでつけながら聞き流す。
毛並の良いこの猫は、神谷が愛情をかけて大切に育ててきたんだなとしみじみ思う。
夕食ができるまでの間、この三毛猫に構ってもらうとしよう。なでなで、よしよし。
しばらくそうしていたけれど、
私はひとつ伸びをして、テーブルの方に移動すると三毛猫もしれっと膝の上に乗ってきた。
雛鳥のように私の後を追う姿は、健気でやたらと
可愛い。
三毛猫の背中に人差し指で丸を描いて、毛並みを乱して暇つぶしをする。
時々背中がびくびくなるのが面白い。
しばらく戯れていると三毛猫が不服そうにそわそわし出したので、ごめんごめんと毛並みを撫でつけてもとにもどした。
三毛猫と楽しくやっている時に、キッチンからなんの前触れもなく
「オムライスすきですか?」
と、ふいに鼻歌混じりの、間の抜けた声が聞こえてきた。
なにが嬉しくてそんなにニコニコしているのか分からないが
「美味しいよな、オムライス」
と返事した。
夕飯の匂い、それを待っている間のぼんやりとした時間。懐かしくも苦しい思い出が蘇りそうになって顔を背ける。
とはいえ、昔の記憶がいくら避けたいものであっても、空腹には逆らえない。
人間食べないと死ぬことくらい、私も心得ているつもりだ。餓死だけは嫌だ。食べるために生まれてきたと言っても過言では無い。
過言だけれど。
間違っても「お腹すいたなあ」などと愚痴をこぼしては、足枷をつけられ監禁されているこの空気感がすっかり損なわれてしまうような気がする。
もうとっくに空気はぶち壊しだと言われれば、ぐうの音もでないけれども、
だからといって、手伝おうにも私はキッチンの方まではたどり着けなかった。
鎖が届かず足が痛いだけだ。
出来上がるまでは、ここは大人しく座って待っていた方が賢明だろう。
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