第弐拾話 復帰者よ 相対するは はぐれ鬼

 バトルエリアに一陣の風が吹く。


 一足先に事を終えたアマオー達が観戦席で見守る中、エリア中央で零門はその時が来るのを待っていた。


 向こう側からこちらへと歩いてくる一つの影。それは全身に巻いた襤褸ぼろ布をなびかせ、片手には相当使い込んだであろう赤い大鉈が握られている。もう一度ひとたび吹いた風は頭の襤褸布をはだけさせ、赤い肌、黄色い目、黒い角、鋭い牙を露にした。


 この世界において亜人とは似て非なる人型モンスター。その中でも特に戦闘能力に特化した生態を持つ彼らを人々はこう呼ぶ。オーガと。


「なるほど。私が引いたのは……」


 バトルエリアに足を踏み入れたオーガは零門を敵と見定めると、全身に巻き付く襤褸布を脱ぎ去り、古傷だらけのその肉体を晒しながら大鉈を構えた。


[ストレイオーガとの戦闘が開始されました。]


――――――――――


 アナウンス表示が消えると同時にオーガへ突撃を敢行。オーガは大鉈を盾の様に構え短剣の刺突をガード。さらに空いた左手で零門を掴みにかかる。体を反らして掴みを回避し、同時に蹴りのスキルでオーガの肘を打つ。だがオーガも大鉈で反撃に打って出る。


 一つ一つのモーションが打って終わりの単発ではなく、打った所から打つ連続性の攻撃。振り下ろせばそこから振り上げへと派生、突けばそこから斬り下ろしに斬り払い、右拳からの左拳。一つの行動を起点にそこから枝分かれするように派生する多彩な行動。そしてそれを制御するAI。クマやゴブリンに適用されるそれよりも高性能であることは疑いようもない。


 高い攻撃力、そこそこの機動力とタフネス、そしてプレイヤーともそれなりに張り合える多彩なモーション。まともに戦えば、ここのエリアボスの中でも最強だろう。


 あくまでの話だが。



「ガッ!?」


 ストレイオーガが怯む。大技を叩き込んだわけでも、そういう効果のスキルなわけでもない。“古傷”にジャブを1発叩き込んだだけのこと。


 再び大鉈を振り上げるオーガ。だが、ガラ空きの脇腹に蹴りを入れると怯みによる行動キャンセル。さらに左膝を踏み台に思い切り顎を蹴り上げる。オーガは堪らず仰向けに倒れスタン状態に陥った。


 ストレイオーガの大きな弱点。胸、右脇腹、左膝の3か所に刻まれた大きな古傷を1か所でも攻撃すると確定で怯むのだ。どれだけ弱い攻撃だろうと、何度攻撃を叩き込もうと、弱点に攻撃を受ける度にこのモンスターは怯む。その気になれば、全ての行動を怯みでキャンセルしてハメ斃すことさえも容易だ。


 つまりは攻略法さえ掴めばストレイオーガはここのエリアボスの中で最弱なのだ。ネット上では「最弱ボス」「ゴブリンより弱い」「すぐ喘ぐゴミ」「感度3000倍オーガ」等々酷い呼ばれ様。このあまりにも極端な調整は、初心者に弱点部位ウィークポイントの重要性をレクチャーするためのものだったりする。


「こう応援してもらってる中でネチネチ弱点突っつき続けるのもね……」


 両手の短剣を一振りの長剣に持ち替え、再びオーガの前に立つ。


「正々堂々勝負と行こう!」


 こちらの意図を組んだのか、オーガも再び大鉈を構える。


 そこに示し合わせた言葉も合図もなく、再び両者は刃を交わす。


===


 に気づいたのはライムだった。零門がオーガの顎を蹴り上げた際にライムはばっちりを見ていた。

 義務、配慮、プライバシー、その他諸々の要素を天秤にかけライムが選択したのは、それをきちんと零門に伝えることだった。


===


「むむむ!? 緊急事態ですのよ! 零門様!」


「ライム! 危ないから離れててって言ったでしょ!」


 オーガと現在進行形でインファイト中の零門の元に嘘夢が飛んでくる。


「そうは言いましても大事なことですのよ! 偽造外皮フェイクスキンが破損してますのよ!」


「へ!?」


 一旦オーガから距離を取り、さりげなく裾を捲って衣装下の自身の体をチェックする。


「詳しく言うと、太もものところが大きく破れてましたのよ!」


「~~~っ!?」


 人の皮を模し、私の体全体を覆う肌色の偽造外皮がまるで伝線したタイツやストッキングのように破れ、内に隠していたタトゥーだらけの青肌が露出していた。


「偽造外皮の替えってあったっけ?」


「ありますのよ。だけど戦いの最中に着替えるのは危険ですのよ。それに……」


 嘘夢はアマオーの方をチラリと見る。


「わかってる。だとすれば……」


 位置取り的に、アマオーは自身の異変には気づいていないと踏む零門。


「向こうに気付かれないよう足技とジャンプを使わずに倒す! 以上!」


「縛りが増えましたのよ……」


 三度目の突貫。今度は長剣を槍に持ち替え腹部を一突き。さらに5連突き、3連突き、薙ぎ払いと連続でスキルによる追撃を仕掛けていく。


 さらなる迫撃を仕掛けようともう一突き。だがここでオーガが槍の柄を掴み取る。力勝負では不利と判断した零門は即座に槍を手放し、斧を展開。懐に潜り込むと同時に足首に強烈な一撃を叩き込む。


 足首に手痛い一撃を食らい倒れるオーガ。零門はその上に跨がると、大鉈を盾代わりにガードするに対し一撃二撃三撃四撃五撃と赤黒いエフェクトを纏った斧を振り下ろしていく。


 一撃目と二撃目は大鉈により防がれた。三撃目にして大鉈が砕け散る。四撃目、五撃目とその無防備な頭部に斧を叩きつける。スラッシャー映画であればオーバーキル確定の連撃。だがオーガは頭から大量のダメージエフェクトをまき散らしながらも耐えきった。


「やっぱり初期ステータスでは決め手に欠けるか……」


 ひとまず反撃から逃れるためにマウントを解きその場から距離をとる。起き上がったオーガは素手……ではなく近くに落ちていた槍を手に取り構える。先ほど零門が手放した槍だ。


 槍を構え突撃してくるオーガ。それに対して零門は籠手ガントレットで迎え撃つ。左手で槍の切っ先を弾き、腹部に右拳を叩き込む。弾ける炎のエフェクト。さらに高速の5連打、さらにアッパーへとつなげる。


「これくらいでいったん勘弁してあげる」


 本来であればここから足技に繋げていくところだが、生憎の足技縛り。打撃系はコンボ前提でスキルセットを組んでいたためか,不完全燃焼に終わってしまった感じは否めない。


「さて、いろいろ勉強させてもらったし、そろそろ終わりにしようか……」


 スキルの使用感の検証や、対人型の練習のためにわざと武器を頻繁に替えて戦ってきたが、そろそろ潮時と判断する。籠手を解除し、メインウェポンである戦女神の涙痕(短剣)を右手に装備。もう左手をオーガの腹に当てて魔法を発動した。


「燃やせ」


「アガアアア!」


 全身を炎に包まれ膝をつくオーガ。その首筋に介錯の刃を突き立てんとする零門。だが……


「っ!?」


 その右手をオーガが掴んだ。なまじオーガの方がSTRが高く、零門はそれを振りほどくことができない。


「あくまで足掻くのね……!」


 放っておいてもこのストレイオーガのHPはそう経たないうちに0になる。頭の傷や全身の火傷から迸り続けるダメージエフェクトがそれを物語っている。



 だがそれでもこのオーガはこの戦いを諦めなかった。


───


 オーガは強力なモンスターの闊歩する過酷な大地に生きる生粋の戦闘種族であり、戦いの中で生き、戦いの中で死んでいくことこそが誇りであり至上の喜びである。

 だが、稀に死を恐れるオーガがいる。オーガにあるまじきその臆病者は、群れから迫害され居場所を失くす。迫害されたオーガはその生息域を追放され、別の場所に移り住むことを余儀なくされるが、死を恐れる彼らの多くは自分達よりも弱いモンスターの住まう場所へと向かう。そこで暴君のように君臨し、弱者を虐げることで己の戦闘欲求を満たすのだ。

 そうして歪んだ誇りに縋りつく憐れなオーガはいつしかはぐれ鬼ストレイオーガと呼ばれるようになった。



「ふぅ~ん、つまり『死ぬのは怖いけど戦っているという充実は欲しいから、楽な場所に逃れて自分よりも弱い相手を狩り続けてる』ってわけね」


「零門……言い方……」


───


 オーガは左手で零門を拘束しつつ残った右手を握りしめ拳を固める。そして最後の力を振り絞り渾身の右拳を繰り出す───



――だがその拳は虚しくも空を切った。




(逃げて、逃げて、逃げ続けた先……そこで出会ったのが私ってわけだけど……最後に誇りを取り戻したのね)


 殴るはずだった零門の頭はオーガの頭部にめり込んでいた。


「ま、そういうのは好きだよ」


 オーガの体から力が失せ崩れ落ちるように地面に倒れ伏す。程なくしてオーガの亡骸は消滅した。


「お疲れ様。最後の一撃は危なかったかな」


[ストレイオーガの討伐が完了しました。]


~~~~~


「やった~! 勝ったね! 零門!」


 親友の勝利に我が事のように喜びながら駆け寄ってくるアマオー。


「フッ! 当然でしょ!」


 会心のキメ顔で零門はアマオーへと振り返る。



「きゃあああああぁぁぁぁぁ!!!???」


 何故か悲鳴を上げて倒れるアマオー。



「零門……お前……!?」


 何故か零門を見て困惑するショート。



「れ、零門様! ひとまず向こうを向くのですのよ! こっちに顔を向けてはいけませんのよ!」


 なぜか必死のライム。



「いやいや、皆一体どうしたの? 何か私の顔にでも……」


 そう言いながら冗談半分に手鏡を取り出し自身の顔を確認する零門。


 そこに映っていたのは……



 左半分は端正な元の顔、右半分は青い肌に真っ黒な目、そしてべろりと垂れ下がった人間の皮膚のようなモノ……


「な゛あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 旅立ちの森に零門の悲鳴がこだまするのだった。

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