かつて魔女と呼ばれた復讐者たち。

夜乃月(ヨルノツキ)

第00話【絶命の序章 / そして、有栖川ミカは転生する。】


 私は今日、人を殺した。

そして今日、私は殺される。

罪に対して罰を与え、また私も同じ様に罰を与えられる。

毎晩の様に繰り返していた小さな自傷行為、それ以上のナイフで刺された痛みに声を上げることもできない。


 軽い身体はマンションのベランダから外へ投げ出される。

空気が冷たい、肌にツンと刺さって少し痛い。

誰かが私のことを睨みつけて、どこかへ去っていった。

彼もきっと私のせいで死ぬ。

私のせいで、一つの家庭がここで終わる。

私がそうされたように、彼らもそうなる。



 ―――――落ちる、落ちる。



 痛みは気持ち悪いほどに、そして普段以上に鮮明に濃く神経に伝わり、脳に刻まれる。

鋭いナイフで刺された痛みは絶え間なく続き、私に後悔を植え付ける。

私は方法を間違えたのだろうか。

私は選択を間違えたのだろうか。

私は生きていく道を間違えたのだろうか。

どこで間違えた、なにを間違えた、どの選択を誤った――――。



 そもそも最初から私に選択の余地なんてなかった。

選ぶ余裕も暇もなく、私はただ自分のテーブルに並んだ最悪の食事をひたすらに喰らい続け、喰らい続けて、喰らい続けた。

腐っていると知っていても、それが不幸を招くと知っていても、それを喰らい続けた。

いつか復讐が果たせると、そう信じて。

しかしその結果がこれなら、私はどうするべきだったのか、今はもう何も分からない。


 殺された怨みを、奪われた怨みを、生きる理由を奪って、こんな理由を植え付けたあいつらに対する復讐を。

私自身が納得するだけの、ただの自己満足だとしても、それを果たしたかった。

それだけの人生だった、そのためだけの人生だった。


 だから刺した、だから刺して、殺して、奪って、奪われた分だけ奪って、奪って、奪って、殺して、殺して、殺す、殺して、奪って、笑って、生きて、死ね。

そうやって、私は、私の痛みをしれ、苦しみを知れ、と、願って、がって、そうやって、やって、しまって、殺して、殺されて、そして、お前らは全員、例外なく、殺されて、そして、そうして、同じ結末を迎えてしまえばいい――――。


 けれど私は成せなかった、果たせなかった。この一点に関してきっと私は相手を間違えた。

本人ではなく、彼らの家庭に潜り込んで、家族という周りを害した。

だからこうして死んでいく、刺され、刺され、殴られ、殴られ、あっけなく力づくで落とさて死んでしまう羽目になる。


 そうして私は死んでいく。

人間とはあっけなく死んでしまう生き物だと、そう知っていた。

痛いほど知っていたのに、苦しいほど知っていたのに、吐きたくなるほど知っていたのに、いざ自分の番となると泣いてしまいそうになる。

怖い訳じゃない、ただ無様に生き続けていた理由を何も果たせなかった。

そして死んでしまう自分自身、そんな自分の姿が情けなくて涙が出てくる。


 殺したかった。

この手で、その命を奪いたかった。

私はただそれだけのために生き続けた。

その為だけの人生だった。



 ―――――落ちる、落ちる。



 空気がとても冷たく感じる。

自分自身の血が宙を舞って、それが澄み切った青い空を真っ赤に染める。

あとはただ死を待つだけ。

神様に好かれる様な真っ当な人生を送っていないことくらいは自覚している。

だからあとはただ、地獄へと誘われるのを待つだけ。

地獄の閻魔にお目通りした時になんて声をかけようか、そんなことを考えるだけの時間は、もう残されていなかった。


 次に息を吐いたその瞬間、コンクリートの固い地面に勢いよく叩きつけられる。

脳が割れ、全身の骨が一斉に音を鳴らして折れ、激痛と共に大量に血を吐く。

残酷なもので、息はまだ少し続き、痛みと更なる後悔にさいなまれながら、ゆっくりゆっくりと、息は浅くなりはじめ、やがて目の前の景色は何も映さない暗闇に変っていく。




――――そして、有栖川ミカは絶命する。





 彼女は果たして受け入れられるだろうか、自分自身に与えられたこの結末を、何も成し遂げられなかった、生きてきた意味であった復讐を成せなかったこの苦痛と後悔に満ちた死という結末を、彼女は受け入れられるだろうか――――――。


ポツ、ポツ、ポツ。

ポツ、ポツ、ポツ、ポツと。

フツ、フツ、フツ。

フツ、フツ、フツ、フツと。

怒りが芽生え、悲しみが枯れ、後悔が咲く。

いったいどうして、こんな結末を受け入れられようか。


 そんな結論は最初から決まっていた。

ゆるせるわけがない、認めらられる訳がない、受け入れられる訳がない、満足のいく人生だったと納得する訳がない。

けれどそんな結論は死ぬ前に見た、叶うはずもない夢の様なものだった。

だからそのまま朽ちていく、それが人という生き物なのだ。

だから後悔を抱いて、夢破れて、そうして死ねばいい。

そのままおとなしく死ねばよかった、そうなるはずだった、



 ・

 ・



 だが、少女が死ぬ直前に心に宿した感情の数々に共鳴する存在がいた。

同調し、共感し、嘆き悲しみ、怒り、苦しみ、同情し、そして願い誓う。

その存在もまた様々な感情を露わにし、そしてよくやく求めていた少女が現れたと喜び隠しきれずにいた。


 ぼんやりと真っ黒な世界の中で、少女は身体からナニカが生々しくグロテスクに引き出される様な感覚に襲われる。

意識のある身体から無理矢理心臓を引っ張りだした様な、そんな状態。

苦痛は際限なく、加えて絶え間なく続く。

その苦痛に耐えかねて声を挙げても、誰も助けてくれはしない。


 ケーブルが切れる様に、心臓たましいが上へ上へと引っ張られる度に、血管がプチプチと切れて赤い血が零れる。

プチ、プチ、プチ、プチ、ポト、プチ、プチ、プチ、プチ、と血管は次々に引きはがされる。

グチョグチョ、クチョクチョという音を立てながら、温かく細い指が少女の心臓たましいを撫でて、引きはがしていく。

やがて少女の心臓たましいは完全に、少女の身体から分離し、独立する。


 そして少女の身体から抜きだされた心臓たましいは見知らぬ誰かの身体に移される。

そして、その身体に宿る魂は二つになる。

一つは無数の可能性を宿した喰らう魂。

もう一つは、生きていたかったという後悔と復讐を果たしたかったという後悔と執念の表れとなる魂。

そんな魂を一つの身体に宿した一人の少女が完成する。


 こうして、彼女ミカには死よりも恐ろしい悪夢が与えられた。

全く意味のない空虚な人生という続き、それも異世界で生きるという続きの人生が、が与えられた。

その人生はきっと、彼女とその世界を結びつける強い感情の繋がりによって与えられた冥加みょうが

しかしそこに幸福なんてものは一切存在しなかった。

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