第33話ネクロマンサー4



旅は楽しかった。


彼女達と共に和気藹々とただ旅路を歩く、それがこんなに楽しい事だなんて思いもしなかった。


だが心配事が無かった訳ではない。それは彼女達''死人形''の立場だ。彼女達が死者だとバレたならどんな迫害に遭うか分かったものでは無い。


そのため基本的には人に見られない様に普通の道を避けての旅路だ。


人々に捨てられ忘れられた、誰も通らない出るのは魔物か山賊そんな険しい道を選んで進んだ。


たとえ魔物や山賊が出たとしても、蘇った彼女達の強さは常人を遥かに凌駕している。それに私の死霊術による死霊兵召喚などの力で、それ等を遇らう事は容易い。


それに人々に捨てられ、忘れられた道だからこその失われ無い良さがある。


彩り鮮やかな大自然に、夕暮れに輝く自然湖。

朝日に揺れる山岳地帯など、私達の心に記憶となって残る素晴らしい景色。


食事を必要としない彼女達は歳をとる事もなく、生きる為の生理現象もない。彼女達は朝には太陽の、夜には月が発する魔力を糧に動いている。


彼女達は子孫を残す事も出来ない生きた屍。



そう死人形。


人ではあっても人では無い、人形の如く人を模した存在。


そんな彼女達の唯一の弱点は光魔法。


太陽の優しい陽気とは違い、強制的な浄化の力は闇で繋ぎ止めた彼女達の魂と肉体を強制的に破壊してしまう。そのため光魔法には要警戒なのだ。



そんなこんなで今は無き故郷を発ってから早2年、人里を避け旅を続けていた私達は、ラウム神聖帝国から離れたアーリアナ王国の西方の地に居た。


私達が辿り着いのは、古から戦場として数知れない人の血を吸って来た土地バットス平原。死霊が彷徨い、死者の唸りが想念となって渦巻いているそんな呪われた場所だ。



私はその地を家族との永住の地とする事に決めた。



何故この様な土地を選んだのか、それは人目を避けるという事もあったが、私のネクロマンサーの力が関係している。


私のネクロマンサーとしての力があれば、土地の邪を転換して魔力に変える事が出来る。転換したばかりの純度の高い魔力は彼女達にとって極上の糧となる。


その逆に魔力を邪に変える事も出来る。


だがそれにはトリガーがとなるある物が必要で、条件を満たせば魔力の高い地を汚し、死霊が闊歩する呪われた土地を作る事も出来る。


まあ彼女達がいる限り、私がその秘術を使う可能性は極めて低いだろう。



それに邪気の転換は大地の浄化にも繋がる。そうなれば畑や草花を育てる事も出来る様になる。


私達の暮らす家を花々で華々しく飾るのも良いかもしれない。



このバットス平原に来て早くも5年の月日が過ぎた。見渡す限りの荒野だった私達の新天地も、草花が彩る草原へと姿を変えた。


彼女達は若いままだが私は齢40を越え、それまでの気苦労のせいか歳より老けて見える。まあ彼女達はそれでも変わらず慕ってくれるので問題はないのだが。



スーザンも言葉を覚え簡単な受け応えなら出来る様になっていた。生前は花々が好きだった彼女には良い影響となると思う。


彼女だけでなくマーロ、レイラ、イルザの3人も、私の補佐となり尽力してくれた。彼女達と過ごしたこの7年余りの月日は、実に楽しく優しい時間だった。


話は変わるが、彼女達に一度だけ私を名前呼びして欲しい旨を話したが、私に作られた関係上それは出来ないと断られてしまった。


彼女達を作る使用上しょうがない事なのだが、少し寂しく感じたのは正直なところだ。



そんな安らぎを満喫していたある日、私達の暮らす丘の上にある小さな小屋に、5歳位の女の子が町から訪れて来たのだ。


なんでもこの地に越して来た私を公明な医者か薬剤師だと思っていた様で、力添えの懇願に来たとの事。



「ママが、ママが大変なの! お願いだから助けてください!!」


女の子の母親が熱病を発症し直す術が無く藁をも掴む気持ちでここを訪れたということだ。


彼女の手にはなけなしの小銭が握られており、それで母親を救ってくれと言う。



「…… 」


私も多少なら回復魔法を使える。出来る事なら助けてやりたいが、正直に言って町の人々とはあまり関わり合いになりたく無い。


彼女達を危険に合わせる訳にはいかないのだ。その芽はどんな些細な物でも摘んでおかなければならない。



「パ…… マスター、この子可哀想だよ。助けてあげて」


そんな私の思いを感じ取ったのか、スーザンが女の子を助けてと言い出した。


生前の彼女も自分より他の者の幸せを第一に考えるそんな人だった。記憶は無くともスーザンはスーザンだったと言う事だ。



「マスター、私からもお願い!」


「助けられるなら助けるニャ、それが獣人族の仁義ニャン!」


「私もお手伝いいたします。ですからマスター……」


「…… (まったく、彼女達には頭が上がらない)


彼女達がそれを望むのなら私には何の躊躇も無い。



「分かった君のお母さんを診てみよう。お母さんの所まで案内してくれるかな?」


そして私とイルザの2人で女の子の母親を診るために町へ向かう事となった。



何故お供がイルザなのか、それは大人数で動きたくないと言う事と、彼女が治療の知識を有しているという事が原因だ。


彼女には記憶は無い。だが生前に覚えた治療や弓術などの知識だけは覚えている様で、今回は優秀なサポーターとして彼女を連れて行く事に決めたのだ。


魂の領域には私の知らない知識がや情報が、まだまだ隠されている。


そしてその深淵はどこまでも深く底は知れない。



町に着いた私達は早速に女の子の母親の治療を始める。早期の治療だった事もあり女の子の母親は回復に向かってくれた。



「先生、お母さんを助けてくれてありがとう!」


女の子の心からの礼が、私にここに来て良かったと思わせた。女の子が最後にお礼と、なけなしの銅貨を渡そうとして来たが、もちろん断っておいた。


この後にも、何件か同じ症状の家を周り治療を施しておいた。もちろんお礼は貰っていない。



それからも度々に町の人々が私の元を訪れたり、私が町に赴いたりと町の人々とは友好な関係を築けたと思う。


私の助手兼ボディーガードで交互に来ていた彼女達も、町の人々に聖女と呼ばれて親しまれ、満更でもなさそうだった。



だが町の人々と仲良くしている私達をよく思わない者達もいた。それはグランの町の教会が営む治療所。


彼等教会が営む治療所は、簡単なキズの治療でも銀貨を要求するという暴利の請求で有名だ。


そんなぼったくりでも町の人々にとっては無くてはならない存在だった。だが私達が町に現れる様になって状況が一変する。


まったく患者が訪れなくなった治療所は、その原因が彼等だと突き止め、その情報を持って領主の元へ陳情に赴いた。


基本教会とは蜜月な領主。


私のおかげで肥沃になった草原を農地にしようと狙っていた事もあり、邪悪の排除と偽り様々な圧力をかけ始めたのだ。



先ず私達の町への来訪が禁止された。理由は規制薬品の持ち込みという当て付けのモノ。



「マスターは町の人々のために町まで行っていたのに…… 」


「こんなの当て付けです!」


「まだ治療が必要な人達が居るのに……」


「許せないニャン!」


彼女達もこの不条理に憤慨の様子。私達はしばらく様子を見て、成り行きを見守る事にした。


だがそれから10日程が過ぎたが、一向に私達の町への来訪が許される事は無かった。


そんな現状に町の人々は、自ら草原に赴き私の治療を受ける様になっていた。



「先生、コレは我が家で作ったパンです。皆さんで食べてください」


「先生、例の荷物はここに置いておくぜ」


「ママもすっかり元気になったよ。先生ありがとう」


私が診た町の患者達の容態も良くなり、2日起きには町の誰かしらが私達の小屋を訪れる様になっていた。


町の人々は医療費を貰わない私に対して、食べ物や薪などの生活必需品をその代わりとして置いていく事が通例となっていた。


彼等とは本当に良い関係を築けていた。失われてしまった故郷を思い出す程に、幸せな時間を過ごせていた。



だがそんな幸せを破壊するべく知らせが私達の元に届く。交流のある町人達の話によれば、何でも私達を背信の逆賊として討伐隊が組まれたとの事なのだ。


現に私達の居る平原は伯爵領の兵達によって包囲され、簡易のバリケードまで組まれ逃げる事も出来ない状況だ。


私達の罪状は町人達への邪教の布教と、伯爵の土地の不法占拠。もちろん言い掛かり以外の何物でも無い。


だがそれでもそれらの言い掛かりが事実として罷り通るのがこの世の縮図なのだ。



「……こ、こんなの酷過ぎる」


「マスターは町の人達の為に頑張っているのに……」


「フニャ〜! そんな奴らウチがこらしめてやるニャン!」


「そうです、徹底抗戦ですよ!」


彼女達の気持ちは分かる。だが争い事は出来る限り避けたいのが正直なところだ。



「…… 争いはダメだ。出来る事なら話し合いで解決したい」


もうこれ以上、彼女達に辛い思いをさせたく無い。彼女達には幸せに笑って過ごしてほしいのだ。


それともう一つ私には争いを避けたい事情があった。それは私自身に関する事。どうやら私の体は末期の病巣に侵されている様なのだ……。



いつの頃からだろう体は言う事を聞かず、夜な夜な激痛に起こされる日々。それでも彼女達と共にありたいと、言う事を聞かない体に鞭を振るい立ち上がってきた。


あの廃墟での地獄の日々が祟ったという事もあるが、私が使う死霊術が1番の原因だろう。


死者を操る死霊術は、それを扱う生身の人間の体には害悪なのだ。徐々に体に蓄積されていった害は病巣となり、今では私の体の隅々にまで及んでいる。



今の体の状態から見て私の体は、保ってあと1月。その内に体を動かす事すら苦になるだろう……。


彼女達も私の体の異変に気付いている感はあった。そんな私の状態だからこそ争い事は避けたい、彼女達には幸せだけを求めてほしいのだ。



だがそんな私の思いとは裏腹に事態は進展して行く。予想外な事に領主側から私達と話し合いをしたいとの申し出があったのだ。


向こう側から話し合いを要求して来た事は好都合だった。私達の要求は至極簡単なものだ。それは私達5人の無傷での解放。


領主側が私達に危害を加えないとの確約が得れるのなら、名残惜しくはあるが私達はこの地を去るつもりだ。



話し合いの場は、バットス平原の手前にあるレーヌ川の前に作られた討伐隊本部。敵地のど真ん中と此方には最悪の場所だ。


この話し合いには私1人で向かうつもりだ。共添えは付けない。もし罠だった場合には彼女達にはこの地を離れる様に伝えてある。


彼女達は猛反対したが私の決意は揺るがない。領主との話し合いに赴き決着を付けるとしよう。






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