第16話 突然の訪問者




我が家に二足歩行猫のニャトランを見に来た国分さんと三池さん。その2人が帰る時間が来たため、僕は地下室から地上に出る為の重厚な扉を開ける事にした。


だが僕が扉を開けると同時に、何者かが地下室へ駆け込んで来たのだ。



「えっ? なっ!?」


地下室に飛び込んで来たのは、今朝方に僕の前に現れた''キープ.オフ.グリモア''の2人だった。


ここまで必死に走って来た様で、マークと名乗った大男は息を切らしている。


そして龍川と名乗っていたもう1人の女性の方は、マークの肩に担がれており意識はない様だ。


彼女は酷く怪我をしている様で、彼女が着ていた白いパーカーが真っ赤に染まっている。



「早く扉を閉めろ!!」


マークのその声と共に、黒い甲羅に赤い斑点が有る巨大なムカデの体に、人間の顔を持つ悍ましい化け物が、地下室へと続く通路に雪崩れ込んで来るのが見えたのだ。



『キキキッギシャアァァァァァ〜!!』


「ヒッ!……」


悍ましい咆哮と共に迫り来る化け物、僕は慌てて地下室と通路を遮る扉を閉めた。化け物と距離が離れていたため何とか間に合った様だ。


化け物が扉の向こうで暴れているのか、けたたましい騒音が響いてくる。 


扉は厚さ50センチの異世界製の特殊な金属を使っており、そう簡単に破られる事は無い。だが気が気じゃないのも事実だ。


地下室の外壁は更に強固で、厚さ1メートルの強化コンクリート製だ。コチラからの侵入は不可能だろう。


分かってはいるが怖い物は怖い、お祖父ちゃんもこうゆう時の為にこの地下室を作ったのだろうか、そうだとしたら感謝しきりである。



地下室を守るための自動迎撃装置は、悪意を持って地下室に近づく者に反応する。


そのため国分さん達が来るのに合わせて、まさかが合っては一大事と、装置を切っておいたのだ。


その判断が裏目に出た。


だがあの扉は核爆弾の衝撃にも耐えられる様に作ってあるため、化け物がいくら暴れてもこちら側に居る限りは安全だと思う。


そう思いたい。



「や、薬師寺君、今の化け物は?! それにこの人達は……」


国分さんにも人面ムカデの化け物が見えたのか、怯えた様子で聞いてくる。


それに突然地下室に飛び込んで来た珍客に動揺を隠せない様子。


その国分さんの前には、小さな体の三池さんが彼女を護る様に合気道の構えを取り立っている。


正に彼女専用のボディーガードだ。



「…… あ、あの化け物の事は分からないけど、この人達は''キープ.オフ.グリモア''という組織の人達だよ」


「…… ''キープ.オフ.グリモア''…… 」


国分さん達も突然の事態に混乱気味だが、組織の名に思うところが有ったのか訝しげな表情をしている。



「楽しそうなところ悪いが、少しの間お邪魔するぜ」


マークが彼女達の方を見る事なくそう言い捨てる。


彼等に僕達を巻き込んだ事への罪悪感は無さそうだ。利用出来るものは利用する。そうでなければ生きて来れない、それが彼等の生きている世界なのだろう。



少し癪に触るが一先ずは、見るからに重傷を負っている龍川さんの手当が優先だ。


地下室には緊急時に備えての簡単な医療キットが常備されている。それを持って来て龍川さんの傷の手当てをする事になった。



「…… ごめん、彼女の治療を2人に頼めるかな?」


「こ、この状況は理解出来てないけど、女の人だからね。私達に任せて」


「任……」


龍川さんは女性だ、服を脱がさなくては治療が出来ない。マークの指示の元に、国分さん達が率先してやってくれた。


彼女は肩口を怪物に噛み付かれたのか、肉が裂け骨が砕けた酷い状態だった。


それに何らかの毒を受けたのか、傷口が黒く腐敗し出している。



「…… 酷」


「…… こ、こんな傷どうすればいいの?……」


「国分さん、この薬を使って」


僕は国分さん達に特級ポーションと万能薬を渡す。


お祖父ちゃんが残していった物の中には、お祖父ちゃんが昔に異世界で手に入れたという特級ポーションが3本、万能薬が6つある。


特級ポーションは四肢の欠損や殆どの外傷を治す事が出来る回復薬だ。値段は地球の価値で数億円と都内で家が建つレベル。


万能薬はその名の通りどんな状態異常でも治せる秘薬だ。ちなみこちらも一つ数千万の値が付く。


これより上の回復薬だと、どんな外傷や病気も蘇生すらも出来るエリクサーや、飲んだ者に不死を与えるアムリタドロップなんてのもある。


因みにコレらの回復薬の作り方も『死霊組成』の原本には載っているだしいが……



「こんな物まで有るのか! だが助かる、傷口を洗ったらコイツを傷口に振り掛けてやってくれ。万能薬は口に含ませろ」


マークの指示で傷口を洗い消毒してから特級ポーションを傷口に振り掛ける。そして万能薬を口から含ませる。


すると傷口から泡が立ち上がり、みるみる内にドス黒かった傷口が綺麗になり塞がれ再生していく。



「す、凄い……」


「こ…… 凄……」

 

物理の法則を無視したその現象に彼女達も空いた口が塞がらない。


本来なら医療施設の無いこんな村の中ではどうしようもなく、助からなかったであろう重傷だ。彼女達が驚くのも無理はない。


まあ僕自身が1番驚いているのだが、その事は黙っておこう。



理解の及ばないファンタジー理論のおかげで、瀧川さんは命拾いをした様だ。



「フゥ、まさかこんな所に特級ポーションや万能薬があるとはな。これでユリの容体も一先ずは安心といったところか……」


何とか龍川さんの状態も安定した。余程に心配だったのか、安堵した様子のマークがソファにどかりと座り込む。


そんな彼に僕は、残っていた麦茶の残りをコップに注いで出してやる。


厄介者でもあるが、今朝会ったばかりだし、日本人気質とでも思っておこう。



「おお、悪いな助かる」


余程喉が渇いていたのだろう、グビッグビッと麦茶を飲み干すマーク。



「と、ところで、外のあの化け物は一体…… 」


彼が一息ついたところを見計らって僕は、外のアレについて彼に聞いてみる事にした。



「…… あれはアビス.スレット、魔導書『破滅の書』を介して召喚された冒涜の魔物だ」


そう忌々し気にそう話すマーク。


彼の話しだとあの化け物は、『破滅の書』という魔導書で召喚された化け物で、魔力を持つ者を狙う性質があるという事だ。


無造作にこの村周辺に解き放たれていたあの化け物、僕を狙っての何らかの組織の犯行だとマークは言う。



「破滅の書から生まれる冒涜の魔物は元人間だ。魔導書の所有者にとって親しければ親しい程に魔物の力も強くなる」


「じ、じゃあ、あの化け物は…… 」


「ああ、きっと魔導書の所有者の肉親で間違いないだろう…… 」


「そんな…… 」


自らの肉親を魔物に変える魔導書。信じられない話だ。



「次元の狭間に封印されていたはずの'’破滅の書''が現世に現れた。その所有者が何者かは知らんが、ろくでもない輩だという事は間違いない」


自身の肉親を化け物に変える魔導書。この魔導書を所有する者、それに関わる者その全てに破滅を齎す曰く付きの魔導書。


他にも魔導書が存在する事はお祖父ちゃんに聞いていたが、そんな悍ましい魔導書までこの世に存在しているなんて……


その事実に僕は何とも例え用のない戦慄を覚えていた。



「おそらくあの化け物は、お前の魔道具によるカウンターに対応するため、無差別に解き放たれた物だ。肝心のマスター.メナスは近くには居ないだろうな」


マーク曰く、魔道具に守られた僕のカウンターに恐れての場当たり的な犯行との事。



「そ、そんな無差別だなんて……」


この村にも少なからず知り合いは居る。お祖父ちゃんの友達だった人達で皆年よりだが、その人達があの化け物の被害に遭っているかも知れないのだ。



「無差別だろうがなんだろうが、お前を殺せる可能性が有るならそれを実行する。常に命を狙われる、魔導書を持っているという事はそうゆう事だ。特にお前はデタラメな魔導具ばかり身に付けて守られているからな、尚更だ」


「…… そ、そんな」


僕が身に付けた魔導具によって幾多の組織が壊滅または消滅したのか、そんな事実は知る由もない僕には分からない。


中には知らず知らずのうちに僕の魔導具に組織を滅ぼされて、恨みを抱いている輩も居るかも知れない。


魔導具に守られた僕の居場所を特定し、至近距離にまで近づけた唯一のグループは、マークと龍川が所属する"キープ.オフ.グリモア"という組織の彼等だけ。


間違いなく実力者なのだろう''キープ.オフ.グリモア''の2人が、逃げる事しか出来なかった魔物が未だに扉の向こうで暴れ狂っているのだ。


今の現状とその脅威が分かるというもの。



監視カメラの映像をTVのモニターに映して、扉の向こう側の様子を伺う。


人面ムカデの化け物は、ただ暴れるだけでは扉を破壊する事は難しいと悟ると、驚いた事に来た道をすごすごと戻って行ったのだ。


そして去って行った人面ムカデの代わりに、今度は巨大な人面ナメクジがその悍ましい姿を現したのだ。


先程の人面ムカデがおっさんの顔なら、この人面ナメクジはおばさん顔。


薄らと笑みを湛えたおばさんの頭に、どす黒いナメクジの体。その身体の至る所に赤や黄色の斑点があり、その悍ましさを引き立てている。


その人面ナメクジが強化扉の5メートル程手前に止まった。


動きは恐ろしく遅いが、この化け物の攻撃手段にカメラを見ていた僕等は度肝を抜かれる。


人面ナメクジは口をストローの様に細く変形させると、何かの液体を超高水圧で吹き出したのだ。


ダイヤモンドをも切り裂くウォーターカッター並みの超高水圧で放たれた謎の液体は、強化扉に直撃するとズコ〜ン!!という凄まじい衝撃音を響かせた。


その途端に強化扉の周辺が凄まじい蒸気に包まれる。蒸気が晴れると扉の中央に直径100センチ、深さ30センチ程の穴が空いているのが見えた。



「なっ!」


特殊金属製の強化扉を侵食する超強酸のブレス。ほんの5秒程の映像の後、霧散した強酸の霧に溶かされたのか、監視カメラの映像が止まってしまった。


強化扉の厚さはやく50センチ。たったの1発のブレスで扉にその耐久力の過半数以上のダメージを与えたのだ。


これでは扉が破られるのも時間の問題だろう。


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