第13話 魔導書と、その所有者3
魔導書、そう呼ばれるこの書物等がいつの頃から存在したのか、それを知る者は居ない。
遥か神話の時代、人間が生まれてさえ居ない時代から存在していたとの伝承もあるが、確かな事は誰も知らない。
様々な種族に受け継がれ、幾多の所有者を経てソレ等は存在して来た。
魔導書、それは単品では用をなさない。
魔導書魔導書が定めた所有者と共に合って、初めてその存在意義をなすのだ。そして魔導書はそれを扱う者の性質、特性に大きく左右される。
正しい者が受け継けば魔導書も善良な物として扱われる。邪な者が受け継けば魔導書も邪悪な物として扱われる。
そして魔導書のその性質も所有者に引かれ、善にも悪にもなり変わるのだ。
魔導書に意思が有るのかそれは分からないが、魔導書と同質の者を所有者として選ぶ傾向にある。
善の魔導書ならば善良な者を好み、悪の魔導書ならば邪悪な者を選ぶ。善と悪に分かれた魔導書は決して相容る事は無い。
魔導書の所有者を民達はマスター.メナス(脅威の主)と呼敬い恐れた。
そして魔導書が引き起こして来た争いは、幾多の奇跡と悲劇に彩られた物語をこの世に齎せた。
魔導書がこの世に存在する限りその物語は、これから何度でも繰り返されるのだ。
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場所は地球の平行世界の一つアーゼナルワールド。その世界に4つある大陸の内、一番大きなゼフト大陸。
大陸の中央には、魔導に関しては随一と云われる魔導王国ミ.グラシェがある。
国の歴史は建国から50年と浅いのだが、今では幾多の国が乱立するこのゼフト大陸で、揺るぎの無い地位を確立している。
この魔導王国ミ.グラシェは、ミ.グラシェの町しか無い小さな国だ。
小国にも関わらずこの国が躍進出来た理由、それは大賢者ユーロン.アルメキティアが創り出した数々の魔法による恩恵だ。
大賢者ユーロンは後世のため、この国に魔導を極めるための大学を作り、そこの初代学長としてその地位を確立させている。
彼が作ったユーロニック魔導大学は、大陸中から魔導を極めるために才能溢れる若者が集まる。
そのため総学生数1万人以上を誇る超マンモス校だ。
そして大学の地下に広がる広大な地下遺跡が、今のユーロンの研究場所。そこで彼が今取り組んでいるのは、不死と死者の蘇生についての研究だ。
今の彼の実年齢は65歳だが、その見た目はゆうに100歳を超えて見える。
今は延命魔法によってどうにか生を保っている状態のユーロン。そんな彼が何故今の状況に置かれていのか、それは彼が持つ魔導書に原因がある。
彼の持つ魔導書『マジック.フェイタリティ(魔導死遊)』は、所有者の寿命を対価に、新たな魔法を創り出す事が出来る魔導書だ。
彼はこれ迄に20の魔法を世に生み出して来た。
これまでユーロンが創り出してきた魔法は、生活魔法に始まり、攻撃魔法だったり補助魔法だったり様々だ。
一つの魔法を作るのに大体1年〜5年の寿命を失う。創り出した魔法が強力な分、失う寿命も平行して増えていく。
そして彼が今までで最も寿命を失った魔法それは、"リジェクテッドシールド"という町を覆える程の巨大な防御魔法だ。
この防御魔法はとにかく強力で、術者が拒否した如何なる生命体も物質も現象をも跳ね除ける究極の防御魔法だ。
彼はこの魔法を創り出すために、およそ20年分の寿命を失っている。
2年前に起きた、2つの国と5つの町が滅びたエンシェントドラゴン"グウィーバー.レイドス"による最悪のスタンピート。
彼の作った防御魔法でその最悪のスタンピートを、無傷のままに乗り切ったのだ。
エンシェントドラゴンのブレスを持ってしても破れなかった彼が創り出した魔法"リジェクテッドシールド"。
今でもこのシールドはミ.グラシェの町全体を覆っており、周辺諸国がこの国に手出しを出来ない最大の要因ともなっている。
だがこの魔法を創り出した事による彼の体への代償は大きかった。一気に寿命を失った彼はその場に崩れ落ち、満足に動く事も出来なくなってしまったのだ。
この町と国は、元は貧相な農民だったユーロンが、行き場の無い者達のために魔導書の力を使い一から作り出した。
そのためユーロンはこの国に暮らす人々に生き神様の様に慕われている。
その分彼の町への愛着も強く、この町のためならば自身の体は幾らでも犠牲にしても構わない。
彼は本気でそう思っている。
今の彼は自身が持つ魔導書『マジック.フェイタリティ』を受け継ぐ資格が有る者が現れるのを、延命魔法で生きながらえながら待って居るのが現状だ。
実はこの国に大学を建てたのも、後継者を探す事が1番の目的だった。
だが魔導書『マジック.フェイタリティ』を受け継ぐ資格のある者は、これまでに大学を卒業した者の中にはいなかった。
ユーロンの弟子達も後継者を探すため大陸中に散っている。唯一彼の側に残ったのは、彼の信頼厚い1番弟子のクイントス.ハーベイだけ。
クイントスはユーロンの身の回りの世話をしながら、彼の学園長代理としてもその手腕を発揮していた。
そして今彼等は町を一望出来るミ.アリスの塔の一室に来ている。ジメジメとした地下世界からひと時の安らぎを求めてここまでやって来たのだ。
「…… 師匠、魔導書の後継者にはどの様な人物が相応しいのですか?」
師匠ユーロンの背中を拭きながら弟子のクイントスが尋ねる。遠回しに何故弟子の私達ではダメなのか聞いている事にはユーロンも気付いている。
「…… この魔導書は強力だ、それ故にコレを受け継ぐ者は善人でなくてはならぬ。それが唯一の条件だ」
「善人…… 」
ユーロンが持つ魔導書『マジックフェイタリティ』は、現所有者が後継者を選ぶ事が出来る特殊な魔導書だ。
そしてユーロンが求める唯一の条件が善人である事。ユーロンの何とも象徴的な表現に言葉が続かないクイントス。
「そう善人だ。自分の為にではなく、人々の為にこの魔導書を使う。その様な者でなければ私利私欲の為に魔導書を使い、必ずこの世に混沌を招くだろう」
「…… 」
クイントスのユーロンの背中を拭く手が止まる……
師匠のユーロンが言おうとしている事は分かる。だがそれは遠回しに自分達を否定していると云う事。
ユーロンには20年の間仕えて来た。だがその20年間では彼の信頼を得られなかったと云う事だ。
「…… 師匠、私は…… 私達はそんなにも未熟なのでしょうか?」
ポツリと口から漏れ出てしまったクイントスの言葉。何故自分達が魔導書の後継者に選ばれないのか、そんな思いがこもった言葉だ。
「…… お前達は今までワシに良く仕えてくれた。だからこそ、お前達の中からは選ぶ事は出来ぬのじゃ、許せクイントス」
この魔導書は所有者の寿命を対価にする。
その魔導書が持つ性質を1番に知るからこそ、第一の弟子であり、友であるクイントスには継いで欲しく無い。
その師匠の気持ちが伝わっているのかどうかは分からないが、再び動き出したクイントスの手にユーロンは少しの安堵を覚えた。
「…… ワシの命も残り僅か、ワシが死ぬ前に何としても魔導書の後継者を探さなくてはならない」
ユーロンは自身の命の燈があと僅かしか持たない事に悔いは無い。
この身一つで何万人と云う国民が幸せを謳歌出来ているのだ。悔いが有るはずがない。
己の身も顧みず人の幸せを願う賢者の願い。
それとは裏腹に黄昏に染まるミグラシェの町が、この国の行末を物語っている様で彼はその夕日から目を離す事が出来なかった。
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地球と平行して存在する2つの世界。その中でも戦乱の世が続き、混沌醒めやらぬ世界がある。
ルームニアルワールドと呼ばれるその世界は、地球で云うところの1700年代と同等の科学力に、魔法が合わさった独自の形態で発展して来た世界だ。
当初は争いも無く平和な世界だった。
だが今から10年前、魔導書『肉隊偶像(リモデリング.アーミー)』を所有する若き皇帝、イーライ.アレハンドロ.デラ.ローパス.ルームニア8世が率いるルームニア帝国が台頭してきたのだ。
皇帝イーライが持つ『リモデリング.アーミー』は生きた人間を対価に屈強な兵を生み出す魔導書だ。
早く言えば、捧げた人間が魔導書によって兵器へと改造され戻って来ると云う、この世界で最も悍ましく、忌み嫌われる魔導書の一つだ。
魔導書によって改造された人間には、僅かながらに自我が残っている。それもこの魔導書が嫌われている理由の一つだ。
そんな最悪な魔導書を最悪な皇太子が手にした。その結果、この世界に厄災と呼ぶに相応しい悪が解き放たれたのだ。
皇帝イーライは子供の頃から冷酷な性格をしていた。生き物や人の命をそこらのゴミと同等に扱う異端児。
彼の癇癪一つで名も知らない家臣の若騎士や召使の娘が酷い虐待を受ける。
行き過ぎた折檻で時には死んでしまう事もあった。家臣達は彼を恐れ、召使に選ばれた貴族の娘は涙を流して絶望した。
「父上は何をあんなに怒っているのだ?
ゴミ屑をどう扱おうと、我さえ居れば問題は無いではないか」
人の痛みがまるで分からないサイコパスの様な皇太子は、後に城の地下に厳重に封印されていた魔導書を解き放ち、その禁断の力を手に入れた。
魔導書『リモデリング.アーミー』は、自らと波長の合う歪んだ感情の持ち主をその主として選ぶ傾向がある。
その最悪な組み合わせはこの世界に災いをもたらせた。
イーライは父親である前皇帝を殺すと、魔導書によって作られた軍を率いて全世界に宣戦布告を行ったのだ。
『リモデリング.アーミー』で作り出された兵は、改造前のおよそ2倍の身体能力を持つ。
元の能力が高ければ高い程に改造した際の能力アップも著しく、英雄クラスの者となれば改造前の3〜4倍の戦闘能力を発揮する。
魔導書による改造は人間限定だが、その恐れを知らぬ修羅の様な軍は瞬く間に近隣諸国を蹂躙し、猛恐軍と呼ばれ恐れられた。
そのため猛恐軍の脅威に晒された国々は、和平交渉の道を模索していた。
「皇帝閣下、グリントン王国から特使の者が参り和平交渉の打診がありました。いかがなされますか?」
グリントン王国とは農業が盛んな小国だが、軍事的には一騎当千の剣聖を有する強国でもある国だ。
「殺せ」
「えっ?」
皇帝からのまさかの返事に言葉を失う部下の者。
「特使の者は殺せ。あの国には剣聖が居たな、その者は生かして捕えよ、我が軍に加える。そいつ以外の国民は用無しだ、奴隷にでもしてしまえ」
「か、かしこまりました…… 」
無慈悲な命令に意見を返す事なく去っていく部下の者。
以前に軍事参謀が彼に反対の意見を返した事があった。だがその者は、次の瞬間には首を刎ねられて物言わぬ死体と化した。
それ以来彼に意見を返す者は、この国には居なくなったのだ。
現に今も1千騎を超えるまでに増えた皇帝自慢の猛恐軍が、剣聖を捉える為だけに出陣して行く。
数千の兵と同等の力を持つ一騎当千の剣聖だが、一千騎の猛恐軍が相手では分が悪い。
『リモデリング.アーミー』で改造する兵は数より質が物を言う。そのため他の者は不必要以外の何者でも無いのだ。
「我が猛恐軍に剣聖が加わればより一層の強固な軍となろう」
人の生き死に微塵の興味もない皇帝は、数多の犠牲を他所に覇権の道を突き進むのだ。
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