第11話 魔導書と、その所有者1
薬師寺清司が魔導書を受け継いでから8年、禁断の魔導書『死霊組成』が新たな後継者に受け継がれた話は、他の魔導書の所有者や後継者、彼等を見張る組織や護る者達の間で瞬く間に広がっていった。
初めの6年程は前所有が施していた広域結果などで、その正体が表舞台に現れる事がなかった。
だが前所有者の死によって結果の効力が弱り、徐々にその存在が知れ渡る事になったのだ。
何故新たな魔導書の所有者がこんなにも注目されるのか、それは『死霊組成』の前所有者"黒幽斎''が残した数多くの功績が原因だ。
魔導書の前所有者の"黒幽斎''は、何の組織にも属さずに単独での行動が主だった。
だが彼が残したその功績は、世界と世界を繋ぐゲートの術式の簡略化や、数々の失われた魔道具や術式の再生など多岐に及んだ。
何より、それまで満足に扱える者が居なかった『死霊組成』を、唯一完全な形で理解し扱えたのは彼だけだった。
『死霊組成』は彼等薬師寺一族のみに受け継がれて来た魔導書だ。
今から500年前に魔導書『死霊組成』の所有者だった人物が、異世界からこの世界に渡って来て薬師寺家を成した。
薬師寺家に受け継がれた魔導書とそれを扱う事が出来る能力は彼等に大いなる繁栄をもたらせた。
だがそれまで魔導書を受け継いで来た彼の先祖達の中で、魔導書『死霊組成』を完全に扱えた者は居なかった。
扱える力は魔導書のほんの一部の力だけ。初代から受け継がれて来た異世界の血がこの世界の血と交わる事で薄まった影響か、世界が変わった事による弊害が関係しているのか、詳しい事情はわからないが魔導書を扱う一族の者の力が弱まっていたのは事実だ。
それでも、まともに扱う事が出来なくとも、魔導書『死霊組成』が齎す恩恵は計り知れなかった。
そんな中で覚醒遺伝的に魔導書を扱う力を持っていたのが彼''黒幽斎''だったのだ。
魔導書に使われるのではなく、魔導書を支配し自らの意思で使ってきた彼"黒幽斎''こそが、真の意味でこの魔導書『死霊組成』の後継者でありマスターなのだ。
かの『ネクロノミコン』とかつては並び称されていた『死霊組成』だが、薬師寺一族の者が受け継ぐ様になってからは鳴りを顰め、その名が世に出て来る事は無かった。
だが黒幽斎が魔導書を受け継いでからは、かつての名声を取り戻し、その地位を断固な物として確立したのだ。
彼"黒幽斎''の代で、この魔導書『死霊組成』は完全と成った。それは紛れのない事実。
大方の予想では新たな魔導書の所有者は、
前所有者の"黒幽斎''より数段劣るとの見解が殆どだ。
"黒幽斎''が残した数々の偉業の前では、その次の後継者など霞んで見えるのは仕方がない事。
だがその様に見られていても、新しい後継者が魔導書を持っているという揺るぎ無い事実は否定出来ない。
魔導書の所有者は存在するだけで世界の脅威と成る。それはこの世界と並行して存在している2つの異世界でも同じ認識だ。
そのため新たに魔導書の後継者を巡って、取り込みに動く組織や抹殺に動く組織、故意に干渉せずに見守る組織に分かれた。
それはこの地球とて同じ事。彼を巡るイザコザは本人の知らぬ所で既に、国家間レベルの争いにまで発展していた。
すでに某国などは、彼を拉致するためのエージェントを日本に送り込んでいる。それでも特級の魔導具で身を固めた彼の所在を知り得た者はその中でも僅か数名。
それは魔導に精通しており魔道具などの扱いに詳しい者や、異世界から来た渡世者などだ。
この渡世者はスキルと呼ばれる特殊な力を使う事ができ、個々の戦闘能力も常人の数倍という脅威的な存在だ。
そんな危険極まりない渡世者が、かなりの数この世界の組織などで活躍している。
だが今現在、彼の元まで辿り着けた者はたったの一組織のみ。他の者は彼の持つ神話級の魔道具がその仕事を成し、彼の元に辿り着く事すら出来なかった。
彼を拉致または殺害しようとした組織の者は、不運という名の手痛いしっぺ返しを受けて、死んだか本国に撤退したか、どちらかの運命を辿る事になった。
その結果を受けて彼への手出しは危険。彼への接近はリスクを伴うアンタッチャブルという認識が、彼を取り巻く組織間の中で広がっていったのだ。
だがそれでもその愚かな行為を止める事なく、無謀な挑戦を続ける者達もいた。
「なにぃ! 送り込んだ工作員が全滅だとぉ!?」
部下からの情報を受けてある組織の幹部が驚愕の声を上げる。そして部下が持っていた報告書を荒々しく受け取ると、血走った目でそれを見る。
その報告書には彼等を乗せていた輸送機に隕石と思われる何かが衝突し、それに乗っていた元軍の特殊部隊員や、異世界渡世者で組織された部隊員15名が全滅したとの報告が載っていた。
「バカな、こんな出鱈目な話があるか! こ、こんな事が信じられるかぁ!!」
あまりにもふざけたバカバカしいウソみたいな話しに、怒り心頭な幹部の男が拳を机に叩き付ける。
そして再び報告書に目を戻すが、一文字一文字を確認する度に幹部の怒りがヒートアップしていく。
10年も掛けて集めた精鋭揃いの部隊が全滅したなどと云う戯事が信じられない。
彼は"灰色の魔手"と呼ばれる現代オカルトの秘密結社の幹部だ。この組織は異世界での莫大な利益を目的に、異世界への転移を模索する組織。
そのためゲートを開くことの出来る魔導書か、その所有者が欲しい。
そこで目を付けたのが魔導書を受け継いで間もないと思われている『死霊組成』の元所有者だ。
受け継いで間もない今なら用意に御する事が出来ると、元所有者を拉致、または殺害して魔導書を奪うという算段だったのだが……
「だから言ったじゃない、相手はキングクラスの魔導書『死霊組成』の所有者なのよ。貴方達が今までして来た様な力業では、彼に近く事すら出来ないって……」
褐色の肌に白銀の髪を持ち着物が変形した様な服を着た、ダークエルフと思われる異世界人が幹部の男に苦言を呈する。
その異世界人に言い返す事なく組織の幹部は、苦虫を噛み潰したような顔で報告書を睨み付ける。
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