魔物の世界にある人間の街
たかみつ
第1話 透明部屋
単調なサラリーマン生活。
今日も、いつもと同じように超高層ビルと呼ばれているビルの中にある大手の企業のオフィスに向かっている。
僕が勤めているのはIT業務のアウトソーシングを主に請け負う会社で、まあ、他所様のIT関連の開発やらメンテを行なうのが僕の仕事だ。
依頼主の事情にもよるが、幸い、今僕が請け負っているこの仕事場ではそれほど無理難題を持ちかけられることもなく、定時から2時間後には仕事場を出られる。それでも2時間無報酬なんだが・・・ま、同業他社よりはマシかな。
大体、問題の発生しやすいのは夕方からなので、朝の出勤を遅くして欲しいのだが・・・まあ、それだと仕事を他社に取られるからという理由でその会社の出社時間から勤務することになっている。効率は良くない! でもまあ、楽しみはある。
「おはよう! 道長君!」
「ああ、おはようございます、洋子さんも朝の出勤が早いですね」
「まあね、これも私の仕事だからね」
僕専用に設置された机まで朝の緑茶を持ってきてくれる女性がいる。
えつ!コーヒーとかじゃないのか?って? ごめん、僕はコーヒーが苦手なんです。
カフェインとかの問題なら紅茶も緑茶も駄目だ!?ってことなんだけど、僕にとってはどうやらそういう問題ではないようで、緑茶以外は僕の体が受け付けてくれない。
朝からコーヒーなんて付き合いで飲まされたら、その日は昼過ぎまで・・・駄目だ!まったく仕事にならない。頭が回らなくなるし、キーボードを打ち込む指が勝手に打ち間違える。
付き合いで飲まざるを得ない打ち合わせの場合なんかは最悪だ。
まあ、そんなことは注意してれば良いことなんだけど、あとは胃薬に頼る。とにかく、今はこの洋子さんが淹れてくれる緑茶をすすりながら彼女の歩き回る後ろ姿を目で追っている。
「道長! お前・・・源※物語でもあるまいし、そんなんじゃセクハラで追い出されるぞ!~」
こいつにはいつだってそういう目で見られているから、文句を言われる。同じ派遣会社の同僚の健司だ。
「ははは、平気だろ? 彼女は高嶺すぎる花子さんだしな、こうして見てるだけだよ」
「まあな、違いない。でもよ、お前のお茶はそれ何だよ!特別だよな。そんなもの飲んでいるやつ他には誰もいない。」
「そうか? まあ良いじゃないか。せっかく出してくれるんだ、今時こんなの珍しいだろ? 『どうして!? 私たち女性がお茶の用意をしなきゃいけないのよ! お給料にその仕事は含まれていないよね!』なんて言われて、終いには、セクハラだのパワハラだの・・・ああ、そういうのには関わりたくないな」
夕方、まあ毎度のことだが、いろんなクレームや要望が舞い込んでくる。
・・・・が、それらはほとんど、「あんたらの使い方が間違ってるからだろう!」
などと、立場上言えるはずもなく、できるだけそういう予定外の使い方をしてもリカバリーできるように余計なコードを書き足していく。
あとで、僕が書き足した、本来は不要なコードをすべて削除して元に戻せるようなプログラムは別に用意してある。
ここを離れる場合にはきれいにしてから去ろうという腹積もりだ。
「道長さんお疲れ様、また明日お待ちしています」
「ああ、洋子さん、お疲れ様」
ということで、今、部屋の中に残っているのは、僕と健司、あとは、仕事終わりに社内で缶ビールで一杯やってる気楽な連中だけ。
いつもの光景だな。
さて、今日はあと1時間もあれば終わるだろう・・・
安アパートの自分の部屋に戻ってきた。ビールでもコーヒーでもない、お茶を飲みながら一口羊羹をちびちびかじっている。
このまま気を失って・・・あこがれの異世界へ! という様子は全くない・・・あるわけないよな。
アホなこと考えんと、はよ~寝よ!
朝早く目覚めた。聞き覚えのある窓の外の音、ここは高速道路沿いの格安物件。
まあ、馴染の安心する音だ。今日も僕は生きている、自分の生存確認?でもないが、その実感を得られる場所。良かった! まだ生きてる・・・
さて、出勤しよう! 時間だからな。
エレベーターで7階へ向かい、自分の机のある部屋のドアーを開けた・・・・
あれ? おかしい・・・
どうやら透明な小部屋に閉じ込められた? 透けて見えるのはいつもの社内の景色、健司ももう出社しているが、彼の隣には・・・あれ? なんであいつがいる?
健司の後輩、彼はなかなか優秀な奴だが、ここの担当ではないだろ?
まわりの声や音が籠りがちに聞こえている。
「これ、誰がこんなコードのパッチを当てまくったんでしょう?」
「そうか? 前の担当者だろうな?誰だっけ?思い出せない」
「まあ、良いです、この中に、パッチ消去、の復旧プログラムも仕込んであるようですから、これをRUNします。本体のプログラムには悪さをしないようですね。
誰ですかこんな用意周到で、かつ面白いコードを書ける人は・・・」
あれ? 健司? それ、僕が作った回避プログラムだし、そのパッチだって、お前も半分くらい作っただろう? 冗談? ひょっとして、覚えていないのかよ~?
しばらくそのままの状態で見聞きしていたが、どうやら、僕という存在自体がなくなってる? 僕、藤田道長という人物のかけらもこの会社にはないらしい。
じゃあ、今、この透明な部屋にいる僕は、一体誰だっていうんだ?
もっとも声を出してるつもりだが、どうやらこの透明部屋内だけのことらしい。ここから外へは声が届かないし・・・
おっ! ドアを開けて、この部屋の課長たちが続々と出社してくるが、不思議と、僕のいる透明部屋が無いかのように・・・ちゃんと自分たちの席に着いていってる。通り抜けられるのか?何だ? この部屋自体、向こうの連中からは見えてない? 存在がない?
あっ!あれは洋子さんだ。今日も定時出社だな。
・・・・待てよ!~ 洋子さんも?・・・違った。洋子さんは、この透明小部屋に入ってきた。そして僕と目を合わせた瞬間に口をパクパク。そして気を失ったように倒れこんでしまった。
もう! 必死で受け止めたが・・・どうしたっていうんだ?
彼女はいつものように、『おはよう道長君・・・』って言ってくれたんだと思うけど、声にはなっていなかった。
周りの連中からは見えないし存在も無いのだろう。この透明空間の中に、今、僕と洋子さんの二人だけがいるし、彼女は気を失っていて、部屋の中の壁に背を預けて床に座り込んでしまってる。まあ僕がそのように静かに下してあげたんだけど。
聞き耳を立てるが、会社の連中の話の中に、中村洋子という名前が一切出てきてない。
炊事場から、女子たちがそれぞれの飲み物を用意しては机に戻っていくが、その中に誰かのために飲み物を用意しているような女子は見当たらない。
どうやら、この透明部屋のようなものは、前にいた世界では無い場所? 別の空間?のようなところへ来てしまったようだ。ここがソレ、異空間? 別世界? なんだろう。
それに、彼女は気絶したままで、息はしているが目覚める気配さえない。
どうやら、彼女と二人きり・・・これからどうなるんだ?
空気が薄くなってきたんだろうな、僕も次第に意識が途切れるようになってきた。
なんだよ! 僕の人生、ここまでなのか ・・・・
*
<ウウウ~~~、ハッ!>
目が覚めた。まだ生きているようだ。
周りの景色が変わってる、ここはどこだ? でもまだ透明部屋の中にいるようだ。
あれ!? 洋子さんは? 彼女の姿が見えない。
(あははは、気が付いたようだね?)
うん? 誰かの声が頭の中に響いてくるが? 誰の姿も見えない。 気のせいか?
(ふふふ、大したものね、この空間でしっかりと意識を保っていられるなんて)
まただ・・・誰だろう?
(ふふふ、探してもさすがに私を見つけることは無理よ! ミチナガ?)
ああ、なぜ?僕の名前を知ってるんだ!? 誰ですか?あなたは・・・
(なかなか肝の座った人間だこと、面白いわね・・・私は※※※、あなたを導く者よ)
いやいや肝心なところが意味不明で分からなかったし、あれはどこの言葉だよ!
まあ良い、導くって? 僕をどこへ? どのように?導いてくれるのだろう? 前の世界というか会社には戻れるのだろうか?
(ふふふ・・・・)
姿も見えないままだが、いろいろ話して聞かせてくれた。
何故かは理由は話してはくれなかったが、僕を特定して選んでいて、あの日の朝、部屋の入り口に異空間を仕掛けておいた。あの透明部屋のことらしい。
すでに僕の気配を登録してあったので、僕が入ればそのままそこに確保される。
他の人間は無関係なので通り抜け状態。
でも、彼女がいた、洋子さん。
どうやら、僕との魔力波長の親和性が高いらしくて、僕と同じ扱いであの空間に閉じ込められてしまったらしい。
でも、それって・・・僕のセイだったんだ! ごめん洋子さん、って今更だけど。
それで、彼女の場合はそのまま意識を失ってしまって、早々と別世界に転送させられてしまったと。
予定外だったけど、能力値も普通よりも高くて使えると判断されたらしくて、詳しくは教えてくれなかったが、<回復>のスキルを与えられて別世界の人間の街に送られたようだ。
僕もその同じ別世界に送られるらしいが、僕の場合は彼女とは違った場所で、『魔物の住む世界へ』ということらしい。
僕は魔物に生まれ変わって? 送られるのでしょうか?
(いえ、そのままよ、人間として魔物の世界に送ってあげる)
いやいや、そう言われても・・・いわゆる、危険な魔物やドラゴンがいて、剣と魔法の世界ってやつなんだろうな。生きていけるのか?
(あなたには、<回復>とあと数個のスキルを与えてあげますから、人間として生き延びてみせなさい)
うん? 待てよ!? まさか?とは思うけど・・・神々のお遊びの駒?
(違うよ、あなたにどれほどの適応性があるか? どこまで成長していけるか?を確認したいだけ、それと私はあなたの考えるような神ではありませんよ)
まあ、お遊びと似たようなものに巻き込まれたってことには変わりないな・・・そんなイベントを主催してるのが、透明部屋を作り出し、人を別世界へ転送したり、人間にスキルを与えたり・・・そういうことが出来てしまう者たち?ってことか。
そして、元の世界には、既に僕と洋子さんの存在記録は無くなっていると言われた。かけらも無いらしい。
これでも、26年間頑張っていたんだけどな・・・そういう痕跡もゼロ。死んだ記録も生まれた記録も、すべての関連する記憶も何もかも無くなっているという。親兄弟親戚関係・・・もちろん何もなし。
そこまでして、何故? 僕が指名されたのか?・・・は、詳しくは教えてもらえなかったが、(たまたま・・・あらゆる可能性に対応できそう・・・)ということらしい。
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