魔法世界の転覆者

@OTTO_555

第1話「その男、危険につき森に拘束され」

 男は森に住んでいる。実際には“住んでいる”という安易な形ではなく“縛られている”と言う形が正しい。

 理由は単純に“罪を犯したから”だ。人を殺したから、悪の道に手を染めたからといった非道な理由ではなく、ただ国を怯えさせてしまったからだ。




 昔、国と国との戦争があった。

 互いの利益を奪い合う為の戦争があった。

 男はその戦争に、国の為にと血を流し戦う“戦士”として参加していた。

 その戦場で男は、己の技を巧みに振るい、勝利を猛る獅子となった。

 男のその背中に勇気づけられた仲間の戦士は少なくはない。だが同時に、男に対して畏怖の念を抱く者も少なくなかった。

 それもそのはず、男の戦い方は「異変」そのものだったからだ。

 「シジという男に気をつけろ。その男がいる魔力は魔力ではなくなる」

 そう仲間の戦士の間で馬鹿げた噂が流れるのは必然だった。

 他の戦線にいた者は、噂を聞いても訳が分からなかった。きっと、戦い疲れて病んだ戦士が言った戯言だろう、と嘲笑う者も存在した。

 だが事実、その男は魔力を異物へと変える―――。


               *


 森の木を切る為に斧を持っているその両手には、本来国を守る為の剣があるはずだった。

 日々を生きるその心の底には、愛国心に近しい希望があったはずだった。

 そんな物はもう無い、と男は語る。

 愛国心を掲げ、国の為にと人生を捧げ、主君に忠義を尽くすからこそ幸せが訪れるのだと思うのは驕りだ。国の為にと忠義を尽くしても、一度穢れがあると見なされれば、尽くした忠義もすべて汚物と見なされるのだから。

 その後の男はと言うと、国の命令に『忠義を尽くす騎士』としてではなく、『国に仇なす罪人』として従う。その姿はまるで、河川を漂う流木の様。

 権威も無く、力も無く、心は虚無に蝕まれ……。

 すでにその男の背には“戦士”としての誇りも輝きも見当たらなかった。


               *


 都市国家「トア」から東へ20km先に広がる森林。

 雄大な森と豊富な動植物。一つ深呼吸をすれば、森の清涼な空気が肺の中を満たし、たちまち心は癒されるだろう。

 それが一般の人間が感じるごく普通の感想。

 少し視点を変えて観ると、この森の特異性が見て取れる。

 本来、森という物には生息する精霊の特色による〝個性″という物が存在する。

 それは、土地の特徴や外の環境に森そのものが順応し、精霊が独自の環境形態を築き上げてできた結果がそれだ。

 だが、この森にはその〝個性〟という物が存在しない。

 森としての生態系は確立されているが、気や魔力の流れが乱れ、どこかその様子は弱々しい。

 精霊の存在は確認できる。だが、その動きはどことなく歪で不気味だ。

 木が立ち、川が流れ、草が生え、動物や虫と言った生物が生息するという森の特徴を無理やり紡いでできた環境。それはもはや、人為的で未完成な、森という形を模した模造品に過ぎない。

 では、なぜこのような変質的で奇妙な森が存在するのか。

 それは、都市国家「トア」が所有する、東へ20km先に広がる大きな森であり、罪人を収監する巨大な獣檻だからだ。

 そんな所に、なぜ私がわざわざ足を踏み入れたのか。それは、この森に収監されている罪人にちょっとした用があるからだ。

 数十分歩いていくと違和感が生じた。視線だ。視線を感じる。

 そういえばこの森には、罪人を監視する術式が組み込まれていたのだ。

 あちゃー、見つかったか……。

 そう思っていた矢先、感じたことが一つ。この視線、妙に気持ちが悪い。

 こちらの身体をジロジロと観察するこの視線は間違いなく男。そして、この森に収監されている人物の力を持ってすればこの森の監視術式は……。くそっ!

 気味の悪さに自然と歩みが早くなる。

 「早く行ってケリを着けないと」


 青空の下でのお昼時、獲物の罠作りに一息入れている最中に、森の南方で気になる違和感が1つ。はっきりとしない違和感だが、試しに目を向ける。目と言っても自分の目ではなく〝森の目〟を使って、だ。

 そっと目を瞑る。手慣れた感覚で意識を澄まして違和感を感知した箇所へと気を流し、再度目を開ける。すると、景色が入れ替わり森の中、枝に止まる鳥のような俯瞰した風景が広がる。

 国が俺という罪人を監視する為、秘密裏に張ったであろう森の術式を発見したついでにその一部を拝借し、普段はこうして獲物を探す手段として使っている。

 本来、この森の入り口となる所は、この〝森の目〟の持ち主である国「トア」のある東の方角となっているのだが、南からの侵入となると、建物の裏口にあたる所からの侵入だ。

 南方の森の中間部にあたる所で侵入者を発見。

 裏口からの侵入者、黒のローブを着ている所為か男なのか女なのか……これと言った特徴が見受けられない。

 東方「トア」の国がある入り口のように、道が整理されていない獣道。

 この森に来た目的は大体察しが付くが、まぁ森の猛獣を仕留める為では、まず無いだろう。

 よし、じゃあ……。

 森の目を閉じ、再び目を開ける。自分自身の視界に戻り、最初にやることと言えば……。

 「客人は迎えに行くのが常識だろ」

 男はすっと立ち上がり、森の南へと歩を進める。


 住処の家から歩いて20m、あの調子で来ているのであれば、もうそろそろ遭遇するはず。だが、その視界に侵入者の姿は無い。

 迷ったか? それとも俺の計算間違いか、と思い再度森の目で見る為目を閉じようとした瞬間、視界の右上から突発的で不自然な冷たい風が来た。

 「―――貴方か、先ほどまでジロジロと私を視ていたのは」

 目を見開くのが遅れ、声が聞こえた右側を瞬時に魔力で身体強化した腕でガードする。すると右腕に、鈍器のような武器で殴られた衝撃が走る。

 なんだ、これ! 重っ!

 想定していない威力に対応できず腕の骨がミシミシと軋む。まるで騎馬の後ろ蹴りに似た威力を感じる。身体強化していなければ簡単に折れていただろう。

 この威力はとてもじゃないが人間のそれではない。

 目を見開くと、〝森の目〟で視た黒のローブの侵入者が映る。そして、俺の右腕が受けているのは、鈍器ではなく侵入者の、しかも女の細い足だった。

 こいつ、一体!

 一瞬、見当違いによる驚きで反応が遅れたが、なんとか切り替えて対応する。

 右腕に受けた反撃のチャンス、逃すわけにはいかない。

 「ッ! 足が、くっ!」

 蹴りを受けた自分の腕を発生源にし、身体強化で腕に流した魔力を元に形成した青い蔓状の魔力で瞬時に自分の腕と相手の足をからめ取るように拘束する。

 「ハァ!!」

 右腕に拘束された相手の足を蹴りの力を受け流すように振り回して一息に投げる。だが、先ほどの蹴りでスイッチが入ってしまい、おもわず手加減無しで投げてしまった。

 ドン! と地上に衝撃が走る。人間相手にいささかやり過ぎたかと思った、がまぁそこは相手の自業自得と言うことで脳内処理。

 「あ! おいおい、大丈夫か御嬢さん。力加減するのを忘れていた。だがよ、さっきの蹴りはなんだ、お前さん馬かなんかか?」

 念の為安全確認を兼ねて立ち込める土煙に向かって叫ぶ。すると……。

 「失礼な! 女に向かって言うセリフじゃないですよ、それっ! 私だって列記とした女なんですから!」

 土煙の中からは元気な返事が返ってきた。丁寧な口調の中に怒りが見える。

 「そんな女が人間相手にこんな馬鹿力を発揮するか? 普通……んで、そんな元気な御嬢さんがこんな森に何の用だ。この森には猛獣しかいないぜ」

 黒のローブの女は、コホン、と咳払いをして上がっていた気を静める。

 「えぇ、どうやらこの森には猛獣の類しか存在しないようですね、貴方を含めて」

 ローブについた土埃を払い、ため息交じりで言った。

 「だけど、そんな貴方にお願いをする為に、今回私がこの森に来たということなんですよ」

やはりか、でも……。

 「一応言っておくが、俺はこの森に収監されている罪人だぜ? そんな俺に何をお願いしようってんだ」

 えぇ、と相づちをし、黒ローブの女は繋げるように言った。

 「国家転覆の危険要素を所持した“罪”により、国によって森に収監されているのは承知の上です。国に忠誠を誓い、しかし主君を怯えさせてしまった。そんなあなたを私達は必要としているのです……シジ=アニューゼ・ラインさん」

 主君を怯えさせたか……あながち間違いじゃないな……。

 国の為にと尽くした忠義が主君を怯えさせてしまった。だから俺はこの森に罪人という形で収監されている。

 「それを知って尚、この俺にお願いしに来たってことは……まさか」

 こいつら、俺を利用して国家転覆を謀ろうなんて思っているのかもしれない。だが、今は……。

 「いえ、貴方の考えているようなことを私達は望んでいません。ですが、それとは違う形であなたには私達の力になって欲しいのです。とりあえず、貴方の住処まで案内してください。説明することが山ほどあるので」

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