疎遠だった義姉妹のパーソナルトレーナーになったら物理的にも心理的にも距離が近すぎる件
小林夕鶴
第1話 義姉妹は今どこへ?
「それじゃあ、悪いけど日直は黒板を消しといてくれ」
そんな言葉を残して、足早に去っていく国語教師が教室のドアを閉めると教室内の空気が緩んだ。
4月も始まったばかり、新入生は高校という新しい環境に授業中は自然と力が入っていたのだろう。
パラパラと動き出し、さっそく部活動に向かうもの、数人で体験入部を検討するもの、ゆっくり帰宅準備をするものに分かれていく。
「優樹ー、急に解剖学?の本なんて取り出してどうした?みんな若干引いてるぜ」
そう優樹へ話しかける少年は薄茶色の髪の毛を立ち上げ、目を引くほど端正な顔立ちをしている。まるで物語の主人公みたいだ、と話しかけられた優樹は常々思っている。
「……ん、橘花くんか。塚本先生の肩が痛そうで、その原因を考えてんだ。もし五十肩ならほっておいてもいずれ痛みは引くけど……」
「橘花くんじゃなくて和也って呼べって」と距離感を訂正しながらも和也は続ける。
「つかもっちゃんの肩なんて普通だったろ。痛そうなそぶりもなかったし」
「ごめんね、友だちなんて出来たことないから慣れてないんだ」と悲しい発言をさも当たり前だという顔をしながら優樹は続ける。
「痛いところを見せないのは先生がプロだからでしょ。すごいよね。……あ、和也くんは?和也くんは膝の調子はどう?」
「“くん”もいらねぇよ」「さすが、雪子さんと優樹だな!去年痛めた膝もバッチリだ!今日もサッカーの部活後にサロンに寄らせてもらうな」
サロンとは優樹の母、雪子が開いている鍼灸サロンのことだ。理学療法士として病院、スポーツ現場で経験を積んだのち、鍼灸師としての資格もとり、3年前に開設したサロン。
東洋医学、西洋医学の両面からアプローチするため、地域では凄腕として度々話題に上がるサロンである。
「うん。待ってるね。その時にまた触診の練習をさせてもらってもよい?」
優樹は普段とは違うキラキラした目で和也に尋ねる。否とは言えない圧に和也は頷いて答える。
優樹も母の影響か、人体の神秘にどっぷりとハマり、気付けば運動学や解剖学の本を持ち歩き、道ゆく人たちの動作から身体の問題点を考える癖がついていた。
そのせいで、同級生からは気味悪がられ、中学校から現在までで友人と呼べるのは、たまたま部活中の怪我のリハビリのためサロンに通ってきた和也ただ一人である。
「優樹はもう帰るのか?」
「うん。今日決まった図書委員の仕事も来週からで良いみたいだし」
「あ!そういえば、この学校の図書館委員にすげぇかわいい先輩がいるんだってよ。アイドル顔負けだってさ。部活がなければ立候補したのにな」
「あはは、昨日はアイドル顔負けの美人な子が玄関前でダンスの練習してたって言ってたよ。アイドルだらけの高校になっちゃうよ」
「あ、信じてないだろ。入学したての今くらいアイドルとの出会いとか生き別れた姉弟との再会とか、急に令嬢からアタックされたりとかラノベのような夢を見ようぜ」
「……はは、生き別れた姉妹ね……」
なぜか目が泳ぐ優樹である。
「ん?もしかして、そんなラノベみたいなこと心当たりあるのか?」
「……いや、実はうちの母親は恋多き女性でね。小学生のときに一時的に妹がいたり、姉がいたりして……妹の方は低学年だったから名前もハッキリ覚えてないけど……」
「マジか。姉妹がいるなんて!めちゃくちゃ羨ましいじゃねぇか!」
和也はあまり母親についてはつっこんではいけないと瞬時に判断し、姉妹がいることのみ話題に上げる。
優樹もそんな友の心遣いに気付き、表情を緩めながらも答える。
「実際、どんな顔して会えば良いか分かんないって。当時は仲は良かったけど、ずっと会ってないし。妹が同学年で姉が一つ上だったけど、進学先の決定に影響しないようにってどの学校に通ってるかも教えてもらってもないし」
「へー、マジで妹も姉もどっちもいるんだ。2人姉妹の父親が雪子さんと結婚したのか?」
「いや、正解には妹の父親と結婚して2年で別れて、しばらくしたら姉の父親と結婚……これは実際には籍は入れてないみたいだけど1年間一緒に住んでたよ……現在はお察しの通り一人っ子にもどったよ」
「……マジか。……優樹の実の父親って……」
「顔も覚えてないときにすでに別れてるよ」
「……」
カバーの仕方が分からず目が泳ぐ和也であった。
「だから、ラノベみたいな恋はなくて良いんだ。恋愛には期待してないから」
母親のことは育ててくれた親としても、サロンを経営する職業人としても尊敬している。
ただ、その尊敬する母親の比較的奔放な恋愛を目の当たりにしていたからか、恋愛に関してはネガティブな影響を受けていた。
恋愛は続かない、恋愛には先がない、と。
しかし、その思いとは裏腹に高校の入学を機に優樹の物語は大きく動いていく。
優樹はふと思った。進学先の決定に影響が出ないようにと教えてもらえなかった姉妹の進学先を、なぜ今なお教えてもらていないのか。
全く違う学校に進学したから教える必要性がないのか、それとも……?
浮かんでは、すぐに意識から消えた些細な疑問である。
しかし、その答えは近々分かることとなる。
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