深夜の口づけ
亜美ちゃんと智己くんと過ごして数日。
たまに亜美ちゃんが寝ている最中にママ、パパと呟いて涙を流すことがある。
当然だ。まだ幼く、大好きな両親を失ったばかりなのだ。
もっと甘やかしてあげたい。代わりにはなれない。でも少しは癒すことができるだろう。
寝たら起きないとはいえ、たまに一緒に寝てあげたほうが良いだろうか。
いや睡眠という意味で言えばどちらかと言えば智己くんの方が重症と言える。
以前途中で目が覚めてトイレに行って戻ってくると、智己くんがうなされているという事があった。
その時は抱きしめることによりまた落ち着いたが、放置すれば彼は起きてしまうだろう。
せっかくクマが無くなったのに逆戻りは困る。
彼は寝ているのでその時の記憶はない。だから感謝されることも無いのだけれど、大好きな人が苦しんでいるのに放置など出来ない。
いっそ三人で寝るというのもありでは?と考える。隣の和室は客室として使われている。
間宮さんと千紗がいない時はそれもいいかも知れない。それなら亜美ちゃんも寂しくないだろうし、智己くんの睡眠時間も確保できる。
うん。明日提案してみよう。
腕の中で寝ている智己くんをみる。
いつもは大人びていて冷静に周りを見ている彼だが、寝ている時は歳相応だ。頬をツンツンとする。
「ん…。」
ふふ。可愛い。
頬に手を添える。今日初めて彼からキスをされた。頬だけど二週間一緒にいて初めてだ。
これは大きな一歩ではなかろうか。
頬にはその熱がまだ残ってるような気もしている。熱く、心まで温めてくれる。
(口にされたら…もっと凄いのかな…。)
じっと彼の顔を見る。無防備な寝顔。胸に顔を引き寄せたから目元しか見えない。力を抜いて顔を近づける。顔との距離は10cmも無い。ドキドキと心臓が高鳴る。
その直前で顔を止めた。良くない。
初めては彼からしてもらいたい。
気を落ち着けよう目を閉じて、もう一度さっきまでしていたようにしようと思う。
すると、んっと智己くんの声がして唇に柔らかい何かが触れる。
(え、え…!?い、いや落ち着くのよ静香。手という可能性もある。まだ慌てちゃダメ!)
恐る恐る目を開ける。視界にはさっきより近い智己くんの顔。間違いなく触れているのは唇だった。ドクンと心臓が跳ねる。
まだキスとも言えないと思う。触れているだけだ。それでも触れている唇が熱い。
(これは卑怯だ。やってはいけない。)
頭で分かっていても抗えず、1cmも無い距離を埋めて私は唇を重ねる。
頭が真っ白になって、体が熱くなる。心臓が煩い。そっと唇を離す。触れるだけのキス。
幸せな気持ちが一瞬で消え、罪悪感が私の心を埋め尽くす。涙が出て、ぐすっと鼻を啜る。
その頬に手が添えられた。
「どうしたの?」
智己くんの声がする。更に涙が出る。言えない。待つと言っておきながら勝手にキスしたなんて言えるわけもない。
「私…最低な事を…。」
智己くんが私を抱きしめて頭を撫でてくれる。こんなことをしてもらう資格は今の私にはない。力を込めて離れようとすると、更に強く抱きしめられた。
力が抜ける。ダメだ。隠し事なんてもっと出来ない。
「寝ている智己くんにキスを…。」
ぽんぽんと優しく頭を叩かれる。恐る恐る智己くんを見ると困った時の顔をしている。当然だ。私は寝込みを襲うという最低な事をした。でも抱きしめる力は弱まらない。
「静香。」
名前を呼ばれて鼓動が早まる。
「避けてもいいよ?」
頬に手を添えられて顔が近づく。避けられるはずがない。目を閉じると柔らかい感触が唇に包まれる。力が入らない。そんなに長くはないはずだが、永遠と感じる時間を過ごした。
ぐすっと鼻を啜る音で目を開ける。すると静香が泣いていた。怖い夢を見たのだろうかと頬に手を添える。
「私…最低な事を…。」
よくわからないが抱きしめて頭を撫でてみる。
「寝ている智己くんにキスを…。」
あぁ。成程。彼女は俺の事が好きだ。そしてこの状況。彼女を責められる要素は何もない。
でも困った。この原因を作ったのは俺の曖昧な態度だ。
不安はある。失えばきっと耐えられない。でも彼女の好意を利用して曖昧な関係を続けるのは不誠実だ。
それに短い時間ではあるが、俺の心と体が彼女を求めている。
彼女を最優先には出来ない。でも大切には出来る。なら待たせてこれ以上傷付ける事はできない。
自信は後から付ければいい。今はこの子の涙を止めて、安心させてやればいいか。
「静香。」
名前を呼ぶと恐る恐ると言った感じで俺を見る桜と目が合う。
「避けていいよ?」
無理矢理はよくない。大事にしたいから。
静香が目を閉じる。その唇に自分の唇を重ねる。
頭がふわふわとする。初めてだから上手くできているかもわからない。
そっと唇を離すと、静香が上目遣いで俺を見て、腕を俺の頭に回してくる。
「もう一回…。」
目の端にはまだ涙が溜まっている。
こんな可愛すぎるおねだりに我慢できる男なんていないだろう。
唇を重ねる。離れては重なり、啄むように静香の方から唇を奪われる。どれくらいそうしていたのか静香の顔が離れた。
「本当はもっとムードとか場所とかタイミングとか色々あると思うんだけどさ…それはまたプロポーズの時に考えるよ。俺と付き合ってくれる?」
きっとこの子しかいないと確信している。
だってこんなにも心が惹かれるのだから。
「なるべく優先するよ。1番にはまだしてあげられないけれど…。」
酷い告白だ。緊張からか喉が渇いて、格好つける余裕もない。
俺の言葉に返ってきた返答は長い、長い口づけだった。そして唇が離れる。
「はい。よろしくお願いします。一番じゃなくてもいいので大切にしてください。」
そう言って微笑む静香の頭を撫でる。
「あぁ。大切にすし、幸せに出来るように努力するよ。」
彼女の言葉にそう返す。
「現地取りましたよ?約束です。」
静香の言葉に苦笑して、今度は俺から長い口づけをした。
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