第2話 少女回想天国⇔現在
「なゆちゃんがいてびっくり~。でも嬉し~」
「あたしもひなちゃんが転校してくるなんて思わなかった」
校内案内をシスターに命じられたあたしは、日比生ヒナを連れて校内を回っていた。清楚なお姉様たちが薄ら笑いを浮かべながら目でヒナを追いかけていく。うわなにこれ、みたいな言葉が目から聞こえてくる。
当然、日比生ヒナはあんまりにも垢抜けないし、目立ちすぎる。ぶっちゃけちょっと臭う。それが、清廉なこの学園の空気にはそぐわない。日比生ヒナの隣で、居心地の悪さすら感じてるあたしが言うんだから間違いない。
「ねえ、ひなちゃん」
あたしはいきなり核心に踏み込んでいく。
「この七年で一体何があったの」
日比生ヒナはきょとんとして、
「この七年で一体何があったの?」
と繰り返して、その言葉を吟味するみたいに口を動かしたあと、
「……なんもないよ?」
そう、笑った。それがあんまりにも昔のひなちゃんを、あの花みたいに笑ってた天使みたいなひなちゃんを彷彿とさせるから、あたしはたまらなくて、唇を引き結んで拳を握った。
昔のあたしは、ひなちゃんが転校すると知った時に泣いて泣いて、もうこの世の終わりだと思ったから、彼女に宛てて長い手紙を書いた。九歳児の考えた心のこもった手紙なんてたかが知れてる、多分述語が八割くらい「ぜったいぜったい忘れないよ」で締められてる手紙だったと思うけれど、でもそのときのあたしは必死だった。この子に忘れられたくない、この子の中に残り続けられるならなんでもいい、その気持ちだけは思い出せる。
十枚もある便せんをひなちゃんは半泣きで受け取ってくれた。
今隣に居る背の低い暗そうな女子が、あのひなちゃんと同一人物であることはにわかには信じがたいんだけれど。
でもこうして話していると、どうしても面影がちらつく。そして断片みたいなそれらが雄弁に語ってくるのだ。
彼女はひなちゃんだ。確かに彼女だ。
大好きだった彼女だ、と。
「ね、わすれなかったね」
と日比生ヒナが言った。あたしは唐突に始まった会話を継げずに、思わずその長い前髪を凝視した。
「私も、なゆちゃんも、お互いのこと、わすれてなかったね。よかった」
「う、……うん」
変わり果てたひなちゃんを――姓が変わって外見が変わって、その過程ですっかり朽ち果ててしまったらしい「日比生」ヒナを、どう受け止めて良いか、あたしは分からずにいた。
「ねえ、前髪切ったらいいんじゃない」
変わってしまった日比生ヒナのことがわからないなりに、あたしは提案した。わかんなりにもできることはあるだろう。あたしは日比生ヒナの前髪にふれる。ほうっておけばその高い鼻梁にかかる前髪は、先ほどからヒナが邪魔そうにあっちへよけ、こっちへよけと場所を変えて、今は右耳にひっかかりそこねて右の頬へ垂れていた。
「校則には特に書かれてないけど、後ろ髪も。ちょっと短くして、梳いてもらえばいいよ。今の長さがいいなら、ヘアゴムでちょっと結ってみたりとか。きっとひなちゃんに似合うよ」
「……でも、私、ぶ、ぶきようだから、変になっちゃう」
「え?」
「びようしつに行くお金はないし」
舌っ足らずな言葉で、ヒナは悲しそうに言う。
「あー……」
やばい、思いがけず地雷を踏んだかもしれない。
金銭関係は触れちゃいけなかったっぽい。
「そ、それなら」
あたしは右へ左へと視線をさまよわせて、明らかに挙動不審になりながら、最善の解決策を探した。ええとええと。ええっと。
「あ、あたしが切ってあげようか!?」
え?
ゑ?
何言ってんのあたし。
人様の髪、切れると思う? こんな長い髪だよ? 無理無理。
はやくも後悔し始めたあたしをよそに、ヒナは大喜びで手をたたいた。
「いいの!? うれしい! ありがとう、ありがとう!」
まじか。いいのか。それでいいのか。あたし素人だけど。
無邪気な笑顔の奥に、昔のひなちゃんの面影が見えて、あたしは少し切なくなり、少し嬉しくなり、――そして少しほっとした。
そんで、自分で自分の心の動き? ってやつに驚いた。
思ったより、あたしはこの「日比生ヒナ」のことを好きみたいだ。
少なくとも、無関心ではないという意味で。
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