天才完璧だった幼なじみが十年後、私の前だけでダメになる話

紫陽_凛

第1話 転校生よ彗星のごとくあれ

 転校生ってのは彗星のごとく現れるもんだ。

 というのは転校したことない地元生まれ地元育ちジモティー歴十六年のあたしの言い分であり勝手な願いというか望みというか、「転校生って存在を消費したーい!」っていう消費者のやっぱり勝手な期待なんだよね。分かっていながら願ってしまう。

 転校生よ彗星のごとくあれ、そしてあたしをどっかへ連れてってくれ、ここじゃないどこかへと。


「このクラスに転校生が来るらしい」


 女子校の噂は瞬く間に広がり、慎ましやかなミッションスクールの上澄みを綺麗にさざ波立たせた。さざ波は静かだったけれど、厳しい校則とかシスターとか先生とかに揉まれて灰色に染まっているあたしたち生徒を少し色めき立たせるくらいには、存在感のある波だった。普段なら生徒指導室とか聖堂にするような尖った生徒の動向の他は、誰がよその学校の男子と付き合ってるとか、学年成績トップを競り合ってる二人が日常でも泥沼やってるとか、どうでもいい学園ゴシップが泡みたいに溶けて消えるだけなのに、それらも少し浮いて見えるくらい、世界はきらめいていた。

 いや、きらめいてんのはあたしの視界か。

 推しの漫画が完結して一年あまり。推しのアイドルが卒業して半年弱。新しい感動の使い方を忘れた――いや感動の使い道を決めあぐねていたこのあたしが、今、彗星のごとく現れる転校生に願いをかけている。どうか、このあたしの願いを叶えてくれる女性ひとであれ。

 でも転校してくるってことはどこかの学校を離れてきてるって事だよなぁ、普通だ。普通すぎる。普通すぎる発見なんだけれど、あたしはちょっとさみしくなる。小学校三年生の時に転校していったひなちゃんのことをちょっと思い出す。

 ひなちゃんは背が高くて、いつもおしゃれで、私と誕生日が半年違いで、それからおそろいの鉛筆くれたりした。あたしといつもいっしょで、あたしのことなゆちゃんって呼んでくれて、あたしのこと特別な女の子にしてくれた。

 転校生はひなちゃんみたいな子が良い。

 いや、高望みしすぎか。ひなちゃんはソシャゲでいうSSR。いやUR?


 無限に思える待ち時間が終わったらしく、扉が前触れなく開く。

 おしゃべりもせずに真面目に先生を待っていたあたしたちは、先生の後ろについてきた彼女を注視した。

 そいつは長い黒髪をばさばさに伸ばした、ちょっともっさりした女子だった。細すぎる手首がブレザーの袖から伸びている。スカート丈は長すぎるくらいで、寸法を間違えたみたいだ。あたしはあからさまにがっかりした。

 うん、がっかりした。超絶美少女とか、超浮世離れした雰囲気のある人とかだったらよかった。――このときまではそう思ってた。このときまでは。


「このクラスに新しく編入する日比生ひびきヒナさんです」


 紹介された女生徒は震える字で黒板にチョークをすべらせた。日比生ヒナというひよっひよの字が縦書きに、左に傾いていく。自己紹介を促された日比生ヒナは、ばっさばさに顔を覆っている前髪をかき分けて顔を出すと、顔を真っ赤にして言った。


「ひ、ひびき、ひびきひ、なです。前は東京にいました、よ、よろしく、おねがい、しまっしゅっ」

 

 「しまっしゅっ」て、いや今時こんな子いないよ。天然? ドジっ子か? 

 歓迎してあげなくもないよといいたげな、まばらな拍手の中にいて、あたしは自分の感情と戦っていた、いやまさか、そんなはずない。

 そんなはずない。

 そんなはずは。


雪芽ゆきめのとなりが開いてるから、しばらくはそこ使って。雪芽!」

 呼ばれて私は慌てて返事をする。日比生ヒナの顔がぱあっと華やいだ。

「あっ、なゆちゃん? なゆちゃんだぁ~」


 そんなはずない~~~~~~~~~~~!


「雪芽、知り合い?」

 前の席の月城つきしろが訊いてくる。いやわかんねえよ。この状況でうんって言える? どう思う?

「……多分?」


 そういうわけで――あたしこと雪芽那由他なゆたは、あたしの一番星に再会する。


 過去の。

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