第二話「党の理想」

沙保里は瑠奈の心の変化を感じ取り、ゆっくりと立ち上がった。古びた骨が軋む音を立て、彼女は瑠奈をベランダへと誘った。外の冷たい空気が二人の顔に当たり、まだ静かに降り積もる雪が地面を柔らかな白い毛布のように覆っていた。沙保里は小さな鉢植えの花々を指さし、風にかき消されそうなほどの小さな声で言った。「見えるかい?これらの花……。謙虚で、決して自己主張せず、注目を求めない。それでも、寒さや嵐に耐え抜いて生き続けるんだ。それが、お前が学ぶべきことだよ、瑠奈。すべての戦いが力で勝てるわけではない。時には、最大の強さは忍耐や静かな抵抗にあるのだよ」瑠奈は無言のまま花を見つめ、その顔には何の感情も浮かんでいなかった。師の言葉の重みが空気を支配する中、別の部屋に置かれたあの容器が、彼女が既に下した決断を物語っていた。沙保里は瑠奈に向き直り、悲しみと理解が混じった目で彼女を見つめた。「お前は今すぐ行動しなければならないと感じているかな。でも、覚えておくんだ。時には最も強いことは『待つ』ことだと」瑠奈はうなずいたが、その思考はすでに別の場所にあった。彼女はもう待つことをやめていたのだ。


2176年11月7日、その日は緊張感に満ちていた。党の五か年計画が、国全体を生産と犠牲の狂気へと追い込んでいた。国は一丸となって崩壊しかけた経済を再建するため、絶え間ない努力と国家への忠誠を求められていた。工場は機械を量産し、労働者は限界まで追い込まれ、国家主導のプログラムは新しい未来の約束を掲げていた。しかし、この壮大な国家的プロジェクトの裏側では、党の中心に影が忍び寄っていた。腐敗、管理不行き届き、偽善が、かつて平等と正義を約束した党の土台をむしばんでいた。かつて冷酷な犯罪者だった古屋敷瑠奈は、今や党の中枢でのし上がりつつあった。彼女の黒いブーツは、大理石の床に鋭い音を響かせながら、党の会議室へと向かっていた。その建物は、誰にでも党の鉄の支配を思い知らせるかのように、巨大で威圧的な構造を誇っていた。長年、瑠奈は裏社会のためにすべてを捧げてきた。若さも、自由も、身体さえも。そして今、彼女は国家の兵士となり、国家の利益のために働く忠実な党員として仕えていた……。表向きは。だが、真実はもっと醜いものだった。忠誠の仮面の裏には、怒り、軽蔑、そして復讐の欲望が渦巻いていた。彼女はすべてを捧げたが、今や彼女が仕えている党が、腐敗し堕落していくのを目の当たりにしていた。


彼女は委員会室の扉の前で立ち止まった。冷たい空気に息が白く立ち上る。扉の両脇には二人の屈強な警備員が立っており、その無表情な顔が彼女を見つめていた。その向こうでは、総書記が国の未来について情熱的な演説をしていた。しかし瑠奈の未来は、まったく異なる方向へと進もうとしていた。彼女は演説を聞きに来たのではない。彼女は真実を、すべての醜悪な形で暴露するために来たのだ。彼女の手袋をはめた手には、大きな密封された容器の取っ手が握られていた。漏れ出す臭いは微かだったが、確かにあった。それは人間の排泄物の臭い、つまり汚物、腐敗、瑠奈が今の国家の象徴だと信じていた腐敗の臭いであった。彼女が入口に近づくと、一人の警備員が前に出て彼女の行く手を遮った。「それは?」彼は冷たい声で尋ねた。瑠奈は一切たじろがずにその視線を返した。「大麻ですよ」彼女は、毒を含んだような声で答えた。それを聞いた警備員の目は驚きに見開かれ、一瞬その権威は揺らいだ。「大麻?なぜー」彼女は鋭く言葉を遮った。「証拠。委員会に渡すための」警備員が反応する前に、彼女は容器を握りしめ、その重さに歩みを遅らせながらも、強引にその場を通り過ぎた。


彼女は党の中央建物の広い廊下を進んでいた。大きな木製の扉に向かう彼女の後ろには、重い容器が引きずられ、その音が響いていた。廊下は国家の体制に忙殺される官僚たちのささやきで満ちていた。虚ろな演説、果てしない書類作業、進展なき未来への空虚な約束。彼女が委員会室の大きな扉に近づくにつれ、内側からの声が一層大きくなっていった。中では総書記が演説の真っ最中で、その響く声は、党の五か年計画の成功と栄光ある未来を詩のように称賛していた。彼の一言一句の後に拍手が響く。彼女にはそのパターンがよく分かっていた。話し、間を取り、取り巻きが歓声を上げ、それを繰り返す。ただの儀式でしかない。毎日、毎年続く同じ虚しさ。彼女は扉を力強く押し開け、その音に驚いた群衆が一斉に振り返った。悪臭が彼女の周りに黒い雲のように漂っていた。総書記は太った男で、厚い口ひげが顔に広がり、師匠沙保里の家に今でも掛けられているスターリンの肖像と奇妙なほど似ていた。彼は壇上に立ち、両手で台を握りしめながら、突然の中断に目を細めた。部屋は一瞬で静まり返った。


「何のつもりだ?」総書記が苛立ちを含んだ声で尋ねた。瑠奈は一歩前に進み、手袋をはめた手で容器をしっかりと握っていた。


「証拠だが」彼女は大声で言った。その言葉は部屋中に緊張を引き裂いた。委員会の委員たちは座席で落ち着かずに動き、視線を瑠奈と総書記の間で行き来させた。何かが起ころうとしている、それは決して起こってはならないことだと感じ取っていた。


総書記は眉を上げ、口ひげが微かに動いた。「証拠?何の証拠だ?」その声には嘲りが混じっていた。まるで状況の不条理さに愉快ささえ感じているようだった。瑠奈の声は揺るぎなく、鋭かった。


「党の腐敗の証拠だ。お前の大切なノーメンクラトゥーラが、お前の目を盗んで、いや、むしろお前の承認を得て進めている大麻密輸計画の証拠だ」


部屋中にざわめきが広がったが、瑠奈は言葉を続けた。彼女はさらに一歩前へ進み、総書記に鋭い視線を投げかけた。「この容器には、その計画の残骸が入っている。だが、それだけじゃない。これが今のお前たちの党だ。汚物だ。廃棄物だ。お前たちはここで国家の輝かしい未来を説くが、外では民衆が飢え、富裕層は肥え太り、党のエリートたちは民衆の苦しみを利用して贅沢を貪っているんだ」


総書記の顔は暗く変わり、その声には怒りが満ちていた。「古屋敷さん、あなたは越えてはならない一線を越えた!」


「まだ始まったばかりだけど」瑠奈はすぐに返した。彼女は壇上に上がり、容器を講壇の横に置いた。


委員会の委員たちは、彼女が容器のプラスチックを一枚一枚剥がしていく様子を、恐怖に目を見開いて見つめていた。悪臭が彼らに届いたのは、中身が見える前だった。部屋中に広がる強烈な悪臭に、何人かの委員が口を押さえた。「何しているんだ!」委員の一人が叫んだが、瑠奈は無視した。最後の一枚を引き剥がすと、容器の中身が現れた。どろりとした人間の排泄物が溢れ出し、その臭気が部屋中に充満した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る