1章 恩田 透水
第1話 ギャンブル
Vtuberはいつも画面のなかで正面を向いている。
清水 透はVtuberの横顔が見たい。
Vtuberは正面の顔だけでも、かわいい。(もしくは、カッコいい)
けれど、透は横顔が好きだった。
きっと、透と似た思いの人はたくさんいるはずだ。
Vtuberの尻が見たい。
Vtuberのつむじが見たい。
Vtuberのうなじが見たい。
正面からでは、見えない部分が、Vtuberにはきっとある。
それを見たい。
見つめたい。
許されるなら、触ってみたい。
舐め……は流石にダメ。
とにかく到達してみたい。
それがフェチズムってやつだ。
透は横顔が好きだから、小学校では、隣の席になる女の子を必ず好きになった。
授業中は黒板でも、先生でもなく、隣の席の女の子を眺めていた。
ノートの余白に、女の子の横顔を描いてみたりした。
ふっくらとした頬。
シュッとした顎。
ツンとした鼻。
パッチリのまつ毛に隠れた瞳。
ノートの落書きは動かない。
透が小学生のころ、Vtuberはまだ存在していない。
◇◇◇
透は長いテーブルの上に、お茶碗をポンと置く。
三人の面接官が、不思議そうにお茶碗を見つめた。
お茶碗には、種も仕掛けもない。
ただサイコロが三つ入っているだけ。
彼はマジシャンではなく、ギャンブラーだ。
「賭けをしましょう」
「か、賭け?」
「賭けに俺が勝ったら、オーデションは合格。負けたら、不合格」
株式会社ヒップドロップが運営するVtuber事務所『ニッポニア』には、未来のバーチャルタレントを育成するための施設がある。
施設の名前は『バーチャルアカデミー』。
今日は、バーチャルアカデミーの最終面接の日。
外は快晴で、絶好のオーディション日和である。
カバンの中には、履歴書、お茶碗、サイコロ3つだけ詰め込んだ。
心には確信が詰まっていた。
透は自分の運を信用している。
信頼ではない。
運に頼っているわけではない。
運を信じて用いるのだ。
だからこそ、オーディションの舞台では、自分の運を使用する。
オーディションは、株式会社ヒップドロップが所有する第二スタジオで行われている。
会場は教室程度の広さの部屋だ。
簡素な椅子が用意され、ポツンと長いテーブルが置いてあった。
空気は綺麗で、運を披露するには相応しい舞台だった。
「ええ、いいわ」
「チンチロ、分かりますか?」
「もちろん」
賭けに乗ったのは、面接官の内の一人。
おっぱいのデカい、メガネの女性だ。
大きな胸を張って、真ん中で偉そうにしていた。
オーディションを通じて、感じの悪い態度をとっている。
感じの悪い態度は、わざとだ。
透もそれに気づいている。
メガネの女性は、テーブルの上のお茶碗から、サイコロを握る。
「じゃあ、いくわよ」
「どうぞ」
「……えい」
可愛らしい掛け声と共に、メガネの女性がサイコロを振る。
彼女がVtuberになればいいのにと、透は思う。
サイコロはお茶碗のなかでカラコロと音を立てながら転がり、しばらくして止まる。
サイコロの数字は『3』『3』『5』だった。
出目は『5』だ。
「これはなかなかピンチじゃない?」
5に勝つには、6を出すか、シゴロ、アラシなどの役を出すしかない。
メガネの女性の言うとおり、たしかにピンチだった。
透はニヤリと笑う。
運を披露するには、ちょうどいい。
「……よく笑えるわね。ここで負けたら不合格よ」
「そうですね」
透はお茶碗のなかのサイコロを握る。
右手に、二つ。
左手に、一つ。
手のひらで、サイコロの感触を確かめる。
自分の内側にある運を、サイコロの表面に流し込む。
もちろん、ちょっとしたおまじないだ。
効果はあまりない。
「どちらから振ってほしいですか?」
「……好きにしなさいよ」
「じゃあ、右から」
右手のサイコロをゆらゆら揺らす。
お茶碗目掛けて、サイコロを放つ。
勢いよく放たれたサイコロは、お茶碗のなかを転がり、やがて止まる。
「うわっ」
サイコロの目を見て、思わず声が出る。
二つのサイコロの目は『1』と『2』
この時点で、残り一つのサイコロの目が何であろうと透の負けだ。
「……あなたの負けよ。特別な何かがないと、Vtuberとしては成功しない。成功しない人間を、合格させるわけにはいかないの。しっかりと働いて、親孝行しなさい」
「両親は死にました」
「……そう」
「親孝行は生きている間に済ませましたよ。それに、まだ負けていません」
「え?」
透の左手には、もう一つ、サイコロが残っている。
そのサイコロを天井に向かって投げる。
天井スレスレでサイコロは止まる。
止まったサイコロは、重力に逆らわず、お茶碗に向かって落下する。
落下の勢いがついたサイコロは、『2』の目のサイコロにぶつかる。
ぶつかったサイコロは、コロコロと回転する。
お茶碗のなかで、もう一度、目の抽選が行われる。
そして、『2』の目だったサイコロは『1』の目になる。
天から降ってきたサイコロも、『1』の目で止まる。
サイコロの目は『1』『1』『1』
ピンゾロ。
「僕の勝ちですね」
Vtuberの横顔を見るには、Vtuberになるしかない。
だから透は、Vtuberになりたい。
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