第49話 アレンは一体何者なんだ カイル視点
「い、一体どうなっているんだ?」
僕は今、全ての授業が終わり、一人で教室の椅子に座っている。
窓の外では太陽が沈みかけ、赤い光が教室の壁に反射していた。
今日、僕はある令嬢――メルー・アマラ・タフワに体を少しぶつけられた。
それ自体は些細な出来事だった。
しかし、あの高飛車な態度と見下したような目つきが、僕の中で何かを弾けさせた。
だから僕は奴に力でねじ伏せてやったのだ。
その時の光景が、頭の中で鮮明に再生される。
あの弱弱しい声を聞くのは実に愉快だった。
腹を殴られ、床に倒れ込む彼女。
普段の威厳も高慢さも、一瞬で崩れ去った。
その顔が蒼白になっていく様子が、まるで劇場での演技を見ているかのように滑稽だった。
弱者は強者にねじ伏せられる運命なのだ。
それがこの世界の秩序。
僕はそれをただ実践しただけのこと。
――ところが、その一連の光景に割って入ったのが、アレンだった。
教室の中央に突如、白い光が現れ、アレンはそこから現れた。
まるで舞台の主役のように。彼は僕の腕を掴み、静止した。
その声は冷静で、確固たる意志が込められていた。
それが逆に僕の神経を逆なでする。
「あいつ、転移魔法を使っていたぞ。こんなの、悪役貴族のアレンが出来る魔法ではない。こんなの、おかしいだろ!」
そう呟きながら、僕は机を拳で叩いた。
あり得ない。
アレンが転移魔法を使うだなんて。
なぜならこの世界では、転移魔法は限られた特別な人間にしか使えないはずだ。
それこそ、王族や英雄に選ばれた者だけが持つ力。
だが、アレンはただの悪役貴族の一人だ。
彼にそんな力があるはずがない。
(いや、待てよ)
僕には二つの可能性が浮かんだ。
一つは、アレンが僕と同様に転生者である場合。
もしそうならば、彼は幼少期からこの世界での生き方を知り尽くし、魔法書を漁って転移魔法を習得したのかもしれない。
この世界の魔法体系は独特だ。
魔法のレベルは第一級から第十級までに分かれており、転移魔法はその中でも第三級以上に位置づけられる。
アレンの家系は、確か第三級魔法までしか使えないと聞いた。
だが、その枠を超えた何かを、アレンは手に入れたのかもしれない。
二つ目の可能性。
それは、この世界の設定がずれている、ということだ。
本来存在しないはずのシナリオが次々と生成されている。
――例えば、入学式の講堂で、第二王子のクロドが現れたこと。
本来ならクロドが姿を現すのは、もっと物語が進んでからのはずだった。
それが、まるで何かの力に引き寄せられるかのように、クロドは舞台に上がった。
「いずれにしても、アレンの好きにしていたら、この世界のシナリオがぐちゃぐちゃになってしまう。それは阻止しなくては」
僕の最高な人生を送るためには、アレンの存在は不要だ。
奴がこの世界でのびのびと振る舞うことが許されれば、僕が手に入れるはずの栄光が崩れてしまう。
それだけは、絶対に許せない。
「だが、今の僕の力ではアレンを殺せない……」
冷静に考えれば、アレンと僕の力の差は歴然だ。
アレンは幼少期から魔法の訓練を積み重ね、転移魔法という高度な技術すら身につけた。
一方で僕はつい最近、この世界に転生したばかり。
剣聖のスキルを手に入れたとはいえ、それを使いこなすには時間が必要だ。
だが、このスキルを極めれば、僕は英雄級、もしくは逸脱者と呼ばれる存在になる。
そんな力を手に入れれば、アレンを倒すことはもちろん、この世界のヒロインたちが僕の元に集まる未来も見えてくる。
「まずはこの『剣聖』の力に慣れる。そしてあの憎きアレンを殺す」
僕はそう決心し、席を立った。
だが、その瞬間、教室の扉が開く音がした。
「今の話、詳しく聞きたいな」
教室に入ってきたのは、フィオガルラ王国の第二王子、クロドだった。
彼は噂通りの冷酷で無慈悲な表情を浮かべ、まっすぐ僕を見据えている。
「ク、クロド殿下、僕に何か用でも?」
「ああ、お前に価値があると思ったからな」
その言葉に、僕は動揺を隠せなかった。
「どういう意味だ」
「カイル君の能力を使いこなすことができれば、あのアレンを殺すことは可能か?」
クロドの目が光を帯びた。
冷酷だが、確かな目的を秘めた目だった。
「な、なに!?」
僕の心臓が高鳴る音が教室に響いている気がした。
これが新たな展開の始まりだと、僕は直感的に理解していた。
―――
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