第41話 二つの人影

「い、いたよ! ユキ達だ!」


 視界の奥、深い森の暗がりの中に二つの人影が倒れ伏しているのが見えた。


 俺たちは一瞬戸惑ったが、すぐに全力で彼らの元へ駆け寄る。


 木々の間をすり抜け、苔むした地面を踏みしめるたびに、どこか冷ややかな空気が纏わりついて来る。


 この森はただの木々の集合体ではなく、まるで意志を持つように俺たちを試すような空間だとすら思えてきた。


 近づいていくと、その人影がユキとゴウであることは疑いようがなかった。


 ユキの白い髪は泥にまみれてしまっているが、それでもかすかな光に照らされ、どこか神々しい雰囲気を放っている。


 ゴウの服も所々引き裂かれ、屈強な体が無残にも傷ついているのが見える。


 二人とも地面にうずくまり、荒い息を漏らしながらも、必死に意識を保とうとしている様子だった。


 その姿に、俺の胸が痛むと同時に、怒りがふつふつと湧き上がってきた。


 「大丈夫か、ユキ、ゴウ!」


 息を切らし、足元も気にせず俺はユキ達のそばに跪く。


 二人の顔を間近で見ると、無数の傷が浮かび上がり、血は乾ききらないうちに地面へと流れ出していた。


 ユキの唇は真っ青で、目にはかすかな意識しか感じられない。


 ユキの肩はわずかに震えており、その姿がどれほどの恐怖と痛みに耐えてきたのかを物語っていた。


 ゴウの目も虚ろで、いつも冷静で頼りがいのある顔からは、今はただ疲れ果てたような表情しか見受けられなかった。


 俺は自分の手が震えているのを感じた。


 俺がもっと早く魔物の存在に気付いて行動していれば、もしかしたらここまで傷つくことはなかったかもしれない、という後悔の念を呼び起こした。


 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 俺は二人を治療するために、すぐに意識を集中させる。


 魔力を両手に込めて祈りを捧げ、深く息を吸い込んだ。


 「まだ間に合いそうだ……! 《第4級魔法/ハイヒール》!」


 魔法の言葉が森の静寂に溶け込むと、俺の手から温かな光の粒子が立ち上がり、穏やかに二人を包み込んでいく。


 その光は、傷ついた肉体にしみわたり、少しずつ痛みを和らげていく。


 魔力がユキ達の体内に流れ込み、まるで温もりが彼らの魂に寄り添うように傷を癒していく。


 この瞬間、森の冷たい空気が和らぎ、俺たちだけが取り残されたかのような静けさが訪れた。


 光が弱まり、ユキとゴウの顔にかすかな生気が戻ってきた。


 最初に意識を取り戻したのはゴウで、ぼんやりとした表情のまま、自分の体を持ち上げようとした。


 俺を見つめる瞳にはまだ恐怖が宿っているが、少しずつ現実に戻ってきているようだった。


 「ア、アレン……逃げろ……まだあの女が……」


 かすれた声で紡がれた言葉に、俺の胸に冷たい風が吹き込んだかのような感覚が走る。


 ゴウの言葉には、まだ強烈な恐怖が宿っていた。


 俺はその恐怖を断ち切るように微笑みを浮かべ、冷静にゴウに伝えた。


 「あいつなら、もう俺たちが片付けた。心配は無用だ」


 俺が静かに告げると、ゴウは驚いたように目を見開き、それから安堵の表情を浮かべて息をついた。


 その瞬間、ゴウの肩がわずかに力を失い、安心したように全身が緩んでいくのがわかる。


 ゴウが抱えていた不安の重さを、その僅かな仕草から感じ取った。


 「そ、そうか……」


 ゴウは少し震えた声で呟きながら、まだ息を整えきれない様子だった。


 その横では、ユキもゆっくりと目を開け、ぼんやりとした視線で俺を見上げている。


 その瞳にわずかに浮かぶ涙を見たとき、俺の心が締めつけられるような痛みを覚えた。


 ユキが震える手を差し出すのを見て、俺は何も言わずその手をしっかり握った。


 「ア、アレン……」


 ユキの声はか細く、震えていた。


 その声には、今までに体験したことのない恐怖が染みついており、俺は胸の中で何度もその声に応えようとしたが、言葉が見つからなかった。


 俺の手を握るユキは、急に泣き崩れるように俺に抱きつき、涙を流し始める。


 ユキの肩越しに、微かな風が木々を揺らし、森の静寂が続いているのがわかった。


 「アレン、怖かったよ……!」


 「あ、ああ。俺も、怖かった……ぞ?」


 ユキが抱きついてきた瞬間、俺の体が硬直した。


 俺は前世でも恋愛経験など皆無だったため、こうした場面にどう反応すればいいのかもわからず、ただ自分の心臓の音がどんどん大きくなっていくのを感じる。


 ユキの温もりが伝わってくるたび、俺の顔も熱を帯びていくが、ユキの表情はそれどころではないようだった。


 頬を赤らめながらも、ユキは再び俺の胸に顔をうずめてきた。


「はいはい、そこまで~。アレン、もうこの森から出た方が良いんじゃない?」


 隣でルンが、俺たちの間に割って入るように軽く肩を叩き、視線を交わす。


 ルンの無邪気な笑顔が、この緊張感を一気に和らげてくれた。


 確かに、任務は終わったのだから、この危険な森に長居する必要はない。


 だが、ユキが俺の手を離す様子もなく、横でルンがやや不満げに唇を尖らせるのを見て、苦笑が漏れる。


「今度は俺から離れないようにしろよ。《第三級魔法/テレポーテーション・マジック》!」


 呪文を唱え、魔力の波が俺たちを包み込む。


 銀色の光がゆっくりとあたりに広がり、俺たちの周囲の景色が一瞬で変わる。


 次に目を開けたときには、見慣れた街の光景が目の前に広がっていた。


―――



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