第12話 雨の駅の待合室で交わした言葉

待ち合わせ場所に20分前に到着していた璃乃は、スマホ片手に辺りを見渡した。電車で行こうと、駅の中の待合室ベンチで会おうと連絡取り合っていた。煕はまだ来ない。図書館で借りていた文庫本をバックから取り出して、静かに読んでいた。外は強めの雨が降り続いていて、いつもより肌寒かった。グレーのカーディガンを着直した。いつ来るんだろうと時々顔を上げて、改札口を見るが、降りたばかりの乗客でいっぱいになっていた。ふと見上げた瞬間に目が合った。


「あれ、璃乃さん?」

「坂本くん……今日って日曜日だけど、これから出かけるの? あ、デートかな」

テニスサークルで一緒の坂本斗煌だった。ちらりとこちらを見ていなければ、璃乃に気づくことはない。不思議だった。


「いやいや、デートじゃないよ。1人で買い物。デートできるような相手もいないさ」

(モテそうなのに誰も近寄らないのかな。なんでだろう。理想が高いとかかな)

 璃乃は斗煌のことを想像して考えるが、聞くのも恐れ多い。


「そ、そうなんだ。1人で買い物も楽しいよね」

「璃乃さんこそ、デートなの?」

「……へへへ、それは秘密ですね」

「秘密と言ってる時点で肯定してるよね。僕はお邪魔だね。んじゃ、またサークルで」


 想像以上にあっさりとした交わしだった。目が点になる璃乃に少し寂しそうな背中で斗煌は立ち去っていく。ぱたぱたと手を振る璃乃の肩にポンとたたかれた。


「ごめん、お待たせ」

 煕は猛特急で走って来たようで汗がびっしょりだった。せっかくおしゃれしてきた服が傘をさしていたにも関わらずびしょぬれだ。


「煕くん……そんな急がなくても待っていたのに。試合長引いたんじゃない?」

「う、うん。な、なんで分かった?」

「ほら」


 璃乃は煕の足元を指さす。靴下がサッカー専用のものなのに気づいた。履き替える余裕がなかったようだ。

ズボンで隠れていたはずなのに、璃乃はめざとい。


「あ、やば」

「どうする? 一回帰ろうか? それとも出かけた先で服買おうか?」

「せっかく待ち合わせしたし、ここから帰ったら、楽しみになくなるから」

「うん」

「行こう。服はお店で買う」

「そうしよう。私がコーディネートしてもいいの?」

「あ、うん。できればお願いしようと思った」

「なら、いいね。今日の服も問題ないけど靴下だけね」

「この際だから全部の服買うよ」

「上から下まで?」

「うん。璃乃さんの好みの服知りたいし……」

「…………」


 璃乃は恥ずかしくなって頬を赤くした。


「あ、ごめんなさい。今のなし」

「いや、大丈夫。いいの。嬉しかったから」

「俺、璃乃さん好きだから」

「……え、あぁ、うん。ありがとう。急に告白?」

「あ。はい」

「そ、そうなんだ」

「ダメだったですか?」

「だ、ダメじゃないけど、超恥ずかしい」


 駅の待合室は人が行きかっていてざわざわしている。誰も聞いてはいないだろうけども公共の場であることが恥ずかしかった。


「わ、私も煕くんが良いって思っていたから。嬉しい」

「あ、ありがとうございます」


 しばし頬を真っ赤にさせて、ぼーっとする。何も言えなくなった。2人とも急に恥ずかしくなる。


「あ、あの」

 煕が先に声をかけた。


「は、はい」

「手、つないでもいいですか?」

「もちろん」


 照れながらも、右手を差し出した。煕は恋人つなぎで指をぎゅっと絡めた。璃乃は背中に羽根が生えたように心が浮遊した。


「これ、やめますか」

「ううん。大丈夫」

「行きましょう」

「うん」

 

 2人はようやくベンチから立ち上がり、改札口に向かった。心は満たされていた。

 改札口の向こう側で一部始終を斗煌は見つめていた。彼氏はあの人なのかとがっかりした顔をしていた。

 発車ベルが響きわたっていた。

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