第3話 淡い恋の予感

初めて彼女という人ができたらこんな感じなんだろうかと想像しながら、いつも電車に乗っていた。カップルは彼女を座席に座らせて、彼氏はつり革につかまり、お互いに向き合っているのをうらやましいと感じていたが、まさかその状況が訪れるとは夢にも思わなかった。


「幸田くん、やっぱり、私が立とうか?」

「え。いいですよ。そのまま、座っててください。混んでるので今更変更しなくても……。せっかく席が空いてたんですから」

「そう? 何か悪いなぁ。ありがとう」

「いえいえ。お気にせず」


 僕は、心中穏やかではなかった。まだ正式なカップルではないのに、何を調子乗って彼氏っぽいことしてるんだろうと頬をパチンとたたいた。


「幸田くん? どうしたの、大丈夫?」

「あ、いや。頬に蚊が来たかなって思って……」

(いつまで蚊の話を掘り下げているんだ、僕は)

「見せて?」

 

 なぜか本当に蚊が出たのかと気になった璃乃は煕の頬に触れてみた。ㇵッと気づいた璃乃は慌てて手をひっこめた。


「ごめん、余計なことしたね。こっちから見たけど、大丈夫そうだよ」

 

 少し恥ずかしそうな顔で言う。煕は気にかけてくれて嬉しく思った。


「……今日行った先のガチャガチャであるといいですね。目的の物」

「ハシビロコウね。私、それだけじゃなくて、ジンベイザメとか、シマエナガも好きだよ」

「あー、雪の妖精って言われてる鳥ですよね。確かに今人気出て来ましたね。UFOキャッチャーのぬいぐるみでも見たことあります」

「え、もしかして、幸田くん。UFOキャッチャーも好きなの?」

「はい。そうですね。たまにですけど、とりますよ。ぬいぐるみ」

「うそ、私も好きなんだ。お菓子取るのも好きだけどさ、好きなキャラクターとかあったらすぐ取りに行っちゃうの」

「そうなんですね。意外です」

「え、ん? 意外?」

「だって、菅原さんって高校生ではないですよね?」

 

 隣の席がちょうど空いて、自然の流れでそっと璃乃の隣に座る煕は、じっと見つめた。急接近になって、璃乃はドキッとする。


「あ、うん。高校生じゃないよ。なんで、わかったかな? 若いつもりでいたけど」

「服装が明らかに制服でもないし、ちょっと大人っぽいなぁって思ってて……それに」

 

 煕はそっと璃乃の耳もとで下がるシルバーピアスに触れた。耳に煕の指が触れて頬が赤くなる。


「これもおしゃれだなって思って……」

「あ! これ。うん、そう。自分で選んで買ったの。300円だったかな。結構おしゃれなもの多いから」

「……似合ってますよ」

「ちょっと、近いぃ。そんなお世辞言わなくても何も出ないよぉ」


 腕をぎゅーと押して体を離そうとする。想像より近づいていたことにびっくりした。


「お世辞じゃないっすよ。そのままを言っただけです」

 

 頬を膨らませて怒る煕が可愛く見えた璃乃は右頬を人差し指でつんと押した。風船のように縮んでいく。


「高校生って若いよね」

「菅原さんも若いですよね」

「大学生だけど、もうおばさんに突入した感じだよ」

「え? おばさん。おねえさんの間違いでは?」

「肌の調子とかぴちぴちじゃないし、きゃぴきゃぴできないしね」


 少し離れたところに3人組の制服を着た高校生を見てうらやましそうに思う。


「……おばさんって早いっすよ」

「だって、20歳なったんだよ?」

「別に、まだいけますよ。きゃぽきゃぽ?」

「きゃぴきゃぴ」

「ほら、言えた」

「バカにしてる?」

「全然」


 何気ない会話で吹いてしまう。璃乃は煕といてほほえましくなる。気にしていることがちっぽけであることに気づいた。


「今を大事に生きればいいじゃないですか」

「お、大人なこと言うね。少年」

「はぁ……そういうのはおばさんっぽいっすね」

「何だって?!」


 璃乃はありのままで過ごせる時間がありがたく感じた。普段は素を出すことが少ない。会って間もない煕と意気投合して嬉しく感じ

る。


「幸田くん、今日は思いっきり楽しませてもらうからね」

「お、おう!」


 何か挑戦状でも渡されたんじゃないかというくらいに気合いが入った。目的地の駅に着いた。いつの間にか自然の流れではぐれないようにと手をつないでいた。これっていいのだろうかと思いつつ、照れながら過ごした煕だ。

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